@憂国の亡命者、ボルサイテス博士
ボルサイテス博士に会ったのは1976年、ベネズエラの首都カラカスであった。ソ連領リトアニアからの亡命者という。何時もの笑顔が時々、フッと消えて、深い悲しさを漂わせた表情を見せる。
カラカスにある鉄鋼分野の国立研究所の研究部長であった。「日本―ベネズエラ鉄鋼技術共同会議」を主宰してくれた。
ポーランドの北にあるリトアニアは完全な独立国だった。第二次大戦中にソ連が武力占領し、併合した。30年前の家族離散の悲しい出来事を昨日のことのように話す。ソ連はいつかは崩壊する。そうしたら祖国に帰り政治家になる。と言う。
ベネズエラの奥地の鉄鉱山の見学へも同行してくれた。リトアニアからの亡命者の眼前には祖国の林とはあまりにも違う熱帯の林が豊かに広がっている。暑く乾いた風が熱帯樹林を騒がせている。往復の車の中で、祖国の白樺林の新緑や紅葉の美しさをしきりに説明してくれる。
「ソ連はいつかは崩壊する!」、彼が断言した通り、1989年ベルリンの壁が崩壊した。リトアニアも独立した。 すぐに、ボルサイテス博士が祖国へ帰って国会議員になったという。そんな噂が流れて来たのはベルリンの壁崩壊から数年後のことである。
彼の為に、リトアニアに栄光あれと念じつつ、時々ベネズエラでの日々を思い出している。(この稿の終わり)