後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

中南米征服の悪行を謙虚に謝罪したフランシシスコ法王

2015年07月19日 | 日記・エッセイ・コラム
今日は日曜日なので宗教に関する短い話を書きます。
宗教にご関心の無い方々は昨日、三鷹市花と緑の広場で撮ってきた花の写真をお楽しみ下さい。
さて、カトリック教会の不思議は自分が通っている小さな教会が直接、ローマ法王の傘下にあるような感じがすることです。ですから何かというとフランシスコ教皇の動静が伝って来るのです。最近は法王は中南米に行っていました。出身地のアルゼンチンへは行かずに中南米が主な訪問地でした。各地で熱狂的な歓迎を受け、大勢の信者を集めたミサを捧げました。
そしてボリビアではかつてスペインやポルトガルが南アメリカを武力で征服し植民地にしたことを謙虚に謝罪したのです。この謝罪は先住民団体の代表らを前にした演説で行われました。
以下に朝日新聞のニュースを転載します。
「 南米を訪問中のローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は9日午後、ボリビア東部サンタクルスで、15世紀以降のスペインなどによる中南米征服の歴史に触れ、「謙虚に謝罪したい」と述べた。教会の布教の一方で先住民の虐殺や奴隷労働があった負の歴史について、歴代法王より踏み込んだ表現で謝罪した。
 先住民団体の代表らを前にした演説で、法王は「神の名の下に、先住民に対したくさんの深刻な罪が犯された」と発言。「はっきりと言いたい。アメリカ大陸征服の際、先住民に行われた犯罪行為について謙虚に謝罪したい」と語った。
 会場には、先住民出身のボリビアのモラレス大統領も同席。会場は大きな拍手に包まれた。一方で、法王は「先住民の側に寄り添って布教を続けた司教や司祭がいたことも覚えていてほしい」とも付け加えた。
 スペインやポルトガルによる中南米の植民地化の歴史では、キリスト教の布教が強く関わった。1992年には、スペインやポルトガルによる中南米の植民地化の歴史では、キリスト教の布教が強く関わった。1992年には、当時の法王ヨハネ・パウロ2世がドミニカ共和国で過去の征服を謝罪した。」(朝日新聞デジタル版:2015年7月11日、アスンシオン=田村剛)
この謝罪は1992年の法王ヨハネ・パウロ2世の謝罪に続く2度目の謝罪ということを強調したいと思います。
日本人のなかには西洋人を非難する場合によく南北アメリカでの原住民の虐殺行為を取上げるする人がいます。
しかし良心的な西洋人はその負の歴史を現在でも重荷として背負っているのです。
ローマ法王が謝っても許されることではありません。
しかしヨーロッパ人が公式の場で真摯に謝ったのはヨハネ・パウロ2世が初めてなのです。
その歴史的謝罪は1992年でした。スペインやポルトガルの南米侵略から実に500年後です。謝罪までに500年もかかったのです。
人間は愚かな存在ですが、法王ヨハネ・パウロ2世とフランシシスコ法王の謝罪は人類の将来に明るい光になるのではないでしょうか。明るいニュースと思いましたのでここにご紹介致しました。
今日は台風が去り、全国が晴れます。しかし猛暑になるそうです。

皆様のご健康と平和を心からお祈り申しあげます。後藤和弘(藤山杜人)