後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

仏教のことを少し調べてみる、大悲心陀羅尼とは?

2016年05月07日 | 日記・エッセイ・コラム
好奇心のある限り人間は生きていると言います。そこで今日は、日本人が1500年以上、付き合って来た仏教というものをほんの少しだけ考えてみます。
ここで「付き合った来た」と書いたのは仏教を信じない人もお墓詣りやお葬式や法事など、この世の義理で仏教とかかわるからです。そして現在でも京都や各地の有名なお寺には参拝者が沢山押し寄せているのです。そのようなお寺では袈裟を掛けた僧侶が観光客に仏像の説明をしています。お守りを売っているお寺もあります。日本人は宗教を信じなくても仏教と無意識のうちにかかわって生活をしているとも言えます。ですから外国人は日本を仏教国だと言うのでしょう。
それでは仏教とはどんな教えなのでしょう?それを手っ取り早く理解するためには「般若心経」の意味を解説したホームページを検索してみれば良いのです。
この般若心経はお釈迦さまが舎利子(シャーリプトラ)という弟子へ仏教とはこういう教えなのだよと教えているのです。その内容は深く広大ですが、一言だけ取り出してみます。
それは「我々の生存は空(くう)であるということなのです。夢幻のごときものを、あたかも真実であるがごとく思いこんでいる誤ちをおかし、それを正さないで、真実に目覚めないでいるのです」という言葉です。
そしてこの世のもの全てのもの(色)は空なので無常なのです。色即是空なのです。そしてその逆も真なのです。空即是色です。
この般若心経というお経はほとんどすべての宗派のお葬式や法事で読経される一番重要なお経なのです。般若心経については数多くの解説本が本屋さんにありますから今日はこれでお終いにします。
私が理解出来ないお経が一つあります。それも大変重要なお経でお葬式や法事では多くの宗派で必ずのように僧侶が読むものです。それは大悲心陀羅尼というお経です。
このお経の半分は意味の分かる漢文で書かれていて、あとの半分は意味不明のサンスクリット語を音訳しで漢字に直してあります。従って意味の解明はほとんど不可能なようです。
玄奘三蔵法師は翻訳すると原語の意味が変わってしまうのだと言って漢訳しなかったという説もあります。それでは大悲心陀羅尼を簡略化して見てみましょう。
大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)は正式には千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼というそうです。観自在菩薩(観音さま)の大慈悲をあらわした経典だそうです。
陀羅尼とは「総持・真言」と訳され、一切の功徳を総(すべ)て持つという意味です。
翻訳とはいかに名訳ではあっても、しょせん翻訳には原語の深い意味は損なわれるものです。お経にあっては当然でしょう。
玄奘三蔵法師は陀羅尼を「五種不翻」(ごしゅふほん)といい、翻訳をすると原意からはずれる故に中国語に翻訳しないで、サンスクリットの発音のまま漢字にしたのです。この陀羅尼はインドで創作されて以来外国語に訳されることなく元の発音のまま伝えられてきています。
元の発音と言っても長い期間伝わっている間に少しずつ変化していき、中国、朝鮮、ベトナムなど各地で行われている発音は大分違っているようです。
日本で唱えられているものは漢字で表記されていますが、漢字のもつ意味はお経の意味と全く関係なく、漢字は発音だけを現す道具になっています。従って漢字をいくら眺めていても意味は全く理解できません。
もともと遠い地方の昔の発音の咒文ですから意味が解る筈がありません。


そのお経の読みと推察される意味は以下のようなものです。
ナムカラタンノートラヤーヤー
仏・法・僧(三宝)に帰依したてまつる

ナムオリヤーボリョキーチーシフラーヤー フジサトボーヤーモコサトボーヤー
モーコーキャールニキャーヤー
大慈悲尊・聖観自在菩薩摩訶薩に帰依したてまつる

エンサーハラハーエイ シュータンノー
一切の恐怖の中にあって衆生を救いたもう観自在菩薩に帰依したてまつる

トンシャーナムシキリート
そのお方に帰依したのち

イモーオリヤーボリョキーチーシフラーリントーボー ナームー
ノーラーキンジーキーリー モーコーホートーシャーミー
私は聖観自在菩薩の威神力を持つ大慈悲の真言を唱えます

サーボーオートー ジョーシューベン オーシューイン サーボーサートーノモー
吉祥なる一切の望ましいものを成就せしめ 一切の鬼神の悪行が及ばない

ボーギャー モーハーテーチョートージートー 
一切の迷いの世界を浄化する真言を唱えたてまつる 

エン オーボーリョーギールーギャーチー キャラーチイー 
オーン 光明である智慧ある尊よ世間を超越する尊よ

イーキリモーコーフジサートー サーボーサーボーモーラーモーラーモーキーモーキー
偉大なる聖観自在菩薩よ いざいざ 導きたまえ導きたまえ、憶念したまえ憶念したまえ

リートーイン クーリョークーリョー ケーモートーリョートーリョー
真言を速やかになしたまえなしたまえ 完成したまえ完成したまえ

ホージャーヤーチー モーコーホージャーヤーチイー トーラートーラー
偉大なる勝利の尊よ 大勝利の尊よ 保持したまえ 保持したまえ

中を省略します。そして以下の意味不明の文へと続くのです。

モーラーノーラーソモコー シラスーオモギャーヤーソモコー

ソボモコシドヤーソモコー シャキラーオシドーヤーソモコー

ホドモギャシドヤーソモコー 

ノラキンジーハーギャラヤーソモコー

モーホリシンギャラヤーソモコー

ナムカラタンノウー トラヤーヤー ナムオリヤーボリョキーチーシフラーヤー ソモコー

シテドー モドラー ホドヤー ソーモーコー(終り)

さて今日の疑問は何故半分意味不明のこのお経が多くの宗派で重要視され毎日のように読まれているのでしょうか?
私は般若心経は仏教の教理であり、大悲心陀羅尼は仏教への信仰告白だと思います。
「 一切の恐怖の中にあって衆生を救いたもう観自在菩薩に帰依したてまつる」という文句を形を変えて繰り返されています。ここに仏教の宗教性が明確に示されていると私は理解しています。
仏教のことに詳しい皆様のお教えとご指導を頂けたら嬉しく思います。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

今日の挿し絵代わりの写真は身延山久遠寺の写真です。
4月20日に撮った写真です。





===参考資料===========
千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼

南無喝囉怛那哆羅夜耶。南無阿唎耶。婆盧羯帝爍鉗囉耶。菩提薩埵婆耶。摩訶薩埵婆耶。摩訶迦盧尼迦耶。唵。薩皤囉罰曳。數怛那怛寫。南無悉吉利埵伊蒙阿唎耶。婆盧吉帝室佛囉楞馱婆。南無那囉謹墀。醯唎摩訶皤哷沙。薩婆阿他豆輸朋。阿逝孕。薩婆薩哷那摩婆薩哷。那摩婆伽。摩罰特豆。怛姪他。唵。阿婆盧醯。盧迦帝。迦羅帝。夷醯唎。摩訶菩提薩埵。薩婆薩婆。摩囉摩囉。摩醯摩醯唎馱孕。俱盧俱盧羯蒙。度盧度盧罰闍耶帝。摩訶罰闍耶帝。陀囉陀囉。地利尼。室佛囉耶。遮囉遮囉。摩摩罰摩囉。穆帝隸。伊醯伊醯。室那室那。阿囉參佛囉舍利。罰沙罰參。佛囉舍耶。呼盧呼盧摩囉。呼盧呼盧醯利。娑囉娑囉。悉利悉利。蘇嚧蘇嚧。菩提夜菩提夜。菩馱夜菩馱夜。彌帝唎夜。那囉謹墀。地利瑟尼那。婆夜摩那。娑婆訶。悉陀夜。娑婆訶。摩訶悉陀夜。娑婆訶。悉陀喻藝。室皤囉夜。娑婆訶。那囉謹墀。娑婆訶。摩囉那囉。娑婆訶。悉囉僧阿穆佉耶。娑婆訶。娑婆摩訶阿悉陀夜。娑婆訶。者吉囉阿悉陀夜。娑婆訶。波陀摩羯悉陀夜。娑婆訶。那囉謹墀皤伽囉耶。娑婆訶。摩婆唎勝羯囉耶。娑婆訶。南無喝囉怛那哆羅夜耶。南無阿唎耶。婆盧吉帝。爍皤囉耶。娑婆訶。悉殿都。漫哆囉。跋陀耶。娑婆訶。

今日は鎌倉の海を見に行きました

2016年05月07日 | 日記・エッセイ・コラム
昨日は新緑美しい奥多摩湖へのドライブを楽しみました。今日も晴天ですが、明日から数日天気が悪くなるという天気予報です。そこで今日は鎌倉の海を見に行くことにしました。
府中から中央高速道路に入り、八王子ジャンクションで圏央道に曲がります。
厚木サービスエリアで昼食を買い、圏央道をひたすら南下して茅ヶ崎海岸で一般道に出ました。
そこからは湘南道路を東に走り、辻堂、江の島を通過し、稲村ケ崎の有料駐車場に入りました。
その場所は、石垣の下が浜辺になっています。車を浜辺へ打ち寄せる波に直角に止めると、波の音が大きく聞こえます。窓を開けると磯の臭いのする潮風が吹き込んで来ます。
海岸の潮風を楽しみながら車中で家内と簡単な昼食を食べました。
沖の方からかなり強い風が吹きつけていて、浜辺には白波が次々と砕けていました。
沖の方を見ると広大な大洋が何処までも続いています。嗚呼、これが海というものだとしばし眺めていました。そして昨日見た奥多摩の風景を思い出していました。何か海を満喫したような気分になります。

今日は土曜日なのに道路が非常に空いています。そこで、稲村ケ崎から、いきなり長谷寺の前の道路に車を乗り入れました。
戦前からある柴崎牛乳店の前の小路を左に入り鎌倉文学館の下の住宅街を通ります。家内が生まれ育った家のあたりです。そして吉屋信子記念館の前を通って又バス通りに出ました。鎌倉はお寺の散策も良いのですが、何気ない住宅街も昔風で良いものなのです。
その後は八幡神社に続く段葛の道路で、鎌倉名物の「鳩サブレー」の本店でそれを買ってから帰路につきました。
帰りは行った道筋を忠実に戻りました。道路が空いていたので往復200Kmのドライブが爽快でした。10時に家を出て午後2時30分に帰宅しました。
今日残念だったことはカメラを忘れたことです。そこで2月5日に撮った鎌倉海岸の写真をお送りします。