アーミッシュとは、ペンシルバニア州、オハオ州などの中西部に散在しているキリスト教の一派。禁欲的な質素な生活を守り、職業は農牧業のみ。電気・ガス・水道、自動車、耕運機、電信電話など近代文明の産物は一切使用しない。義務教育はないし税金もない。
あるのは合衆国の徴兵のみ。それも看護などの後方勤務に限る。アメリカの市民権は認められ、白人ではあるが、異質の文化を守り、孤立した村として散在している。1989年にオハイオ州コロンバス市に住んでいた時、訪問音し一泊して来た。車で二時間の所にあるという。まったく想像を絶する原始キリスト教のような生活をしている。アメリカ人の「深い内面」の面白さの一つと思うので以下に探訪記を書く。
@「現存する中世の村人たち」ーーアーミッシュ村の風景ーー
アーミッシュの村に入ると、「路上で黒塗り箱型の馬車が近付いたら徐行すべし」という意味の絵看板が増えてくる。周りは一面の実り豊かな麦畑。その間に牛馬がのんびり草を食む牧場が散在し、素朴な木造一階建ての農家が栃の大樹の木陰に見え隠れしている。
看板通り、黒塗りの箱形馬車が近付いて来る。慌ててブレーキをかけ、徐行しながらすれ違う。手を挙げて挨拶をすると、黒いシルクハットをかぶり、襟の小さな黒い背広を着た老人が目を上げないで、手をわずかに振って挨拶を返す。
麦畑では刈り取った麦束を馬車に積み上げている。農夫はさすがに上着を脱ぎ、黒いチョッキ姿で汗を流しながら一心に働いている。
アーミッシュに車で観光に行った場合のマナーを大学の同僚が教えてくれた。
「御土産店、喫茶店、民宿の前以外の道端に絶対車を停めないこと。馬車が見えたら急いで減速し徐行せよ。必ず挨拶をすること。しかし相手の目を見たりしない。もちろん話し掛けてはいけない。女性は黒い長い服を着ているが、車と馬車がすれ違う時、前から覗き込んではいけない。アーミッシュ専用のスーパーマッケットがあり、黒い馬車がたくさん止まっているが、スーパー店内へ入ってはいけない。ソーッと遠方から眺めるだけにすること」「御土産店では村への入場料のつもりで多めにチーズやヨーグルトを買って上げなさい」
@人生の豊かさの質とは
夜は木造2階建ての民宿に泊まる。部屋にはローソクしかないが、外の方が明るい。窓から見ると、満天の星空。星明りで外が明るい。「夕食ですよ」と呼びに来る。食堂には電気がついている。新鮮なホーレン草のサラダと鶏肉のソテーのみだが、自然栽培なので実に美味しい。もちろんビールや酒類は一切ない。
布に包んだ温かい焼きたてのパンが籠に入って出てくる。そばに座ってくれている女主人にいろいろ聞いた。電気は来ている。冷蔵庫、洗濯機、井戸水汲み上げポンプ、食堂と調理場の電燈に限って電気を使っているそうである。アーミッシュの人の職業は農牧業しか許されていないので、民宿やスーパーマーケット、御土産店などの経営者は普通のアメリカ人である。
「ところで、あすアーミッシュの人々の生活を見たいし話も聞きたいので、誰か紹介してくれませんか」と頼んだ。すると女主人が、「泊り客はそういうことをよく頼みます。でも丁重にお断りしています。アーミッシュの信仰中心の日常生活を邪魔しない。それが人として正しい接し方と思いますよ。」と答えた。そして続けて聞く、「日本にもキリスト教徒がいるのですか」
私は、五島列島の隠れキリシタン二百六十年の歴史や現在のキリスト教信者の話をした。ふと気が付いたらもう十時を過ぎていた。ローソクの炎の揺れる暗い部屋へ引き揚げ、星明りの窓の外をもう一度見てベッドへ潜り込む。アーミッシュの村は静けさに満ち、時がゆっくり流れている。ここには間違いなくクオーリテー・オブ・ライフの一つのタイプがある。しばらく帰っていない日本の人々の生活を想い、日本の「人生の豊かさの質」を考えている。尚、アーミッシュの村々の様子の写真はこの記事のすぐ下の「中世のヨーロパの農村生活を続けているアーミッシュ宗派の人々の写真」に御座います。あわせてご覧下さい。(続く)
今日も皆様のご健康と平和をお祈り致します。 藤山杜人