人里離れた山林の中に自分の小屋を建てるという夢を長い間持っていました。それが実現したのは38歳の時でした。1974年です。山梨県の甲斐駒岳の麓の山林の中です。
この小屋に行き続けて、もう46年になりました。現在84歳の私にとっては我が人生で一番長続きした趣味になりました。写真をお見せいたします。
1番目の写真は小さな私の小屋です。6畳と4畳半の2部屋だけです。電気は引いてありますが水道やガスは来てません。小屋を建てるとき、大工さんが木造にするとすぐに腐って倒壊してしまうと言って、鉄筋コンクリートの小屋を作ってくれました。それは実に正解でした。木製の内装の部分はすぐに腐ってしまったのです。床の全面を防水コンクリートにしました。
2番目の写真は窓の外の大きな樹々の写真です。薪ストーブの煙突からの煙が薄く流れ、それに晩秋の日の光が斜めに射し込んでいます。遠方の森からケーンという雉の鳴き声が響いて来ます。
この小屋に行くには大月で山梨県に入り笹子峠を超え甲府盆地を横断しす。
行き続けて46年になると山梨県が私の第二の故郷のようになりました。
山梨県には魅力的でご紹介したい所が沢山あります。
今日は山梨県立の立派な美術館と文学館をご紹介したいと思います。特に山梨県立の美術館は倉敷の大原美術館ほどではありませんが地方では珍しく充実しているのです。ミレーに代表されるバルビゾン派の絵画を多数蒐集、展示しています。
そして同じ敷地に大きな文学館があり樋口一葉や太宰治や芥川龍之介や夏目漱石などの肉筆の原稿が展示してあります。樋口一葉の両親は甲州の出身だったのです。
2017年の11月に撮って来た山梨県立美術館の写真を示します。
3番目の写真は山梨県立美術館です。1978年の開館以来、「ミレーの美術館」として有名です。
所蔵品の総点数は現在約1万点で、常設展示は年4回展示替えを行っています。
4番目の写真は常設展示の絵画の例です。この写真は美術館のHPです。
5番目の写真は美術館の2階から見た西側の庭で岡本太郎の大きな彫刻が展示してあります。周囲に甲斐の山々が見えます。
6番目の写真は美術館の前の広場です。岡本太郎やザッキンやムーアの大きな彫刻が野外展示されています。この広場を挟んで文学館があります。
7番目の写真は美術館の南側の庭の紅葉です。ここは何時もは美しい水を湛えた池になっていますが、間もなく冬が来るので水を抜いています。
美術館の展示品をもう少し詳しく説明します。
まず美術館は広い第一の常設展示室から始まります。そこにはミレーの絵画が多数展示してあります。1975年の開館以来、毎年買い集めて来ただけあってミレーの絵画が数十枚展示してあるのです。ミレーの絵画の収集としては国内随一です。
題二展示室はバルビゾン派の風景画だけを集めて展示してあります。パリの近くのバルビゾンに住んでいたコロー、ミレー、テオドール・ルソー、ドービニー達のことをバルビゾン派と言います。これにクールベを加えてもよいと思います。写実的に描いた美しい自然の風景画です。1830年から50年位の絵画です。これの終わる頃、重なるようにして印象派が隆盛するのです。バルビゾン派の絵画は私たちにも分かり易く大変好まれます。
第二展示室の終りの部屋には静物画だけが展示してあります。静物画も深い精神性が感じられ、なかなか良いものです。
このように展示がミレーの農村風景、バルビゾン派の風景画、そして静物画と3つに分類して展示してあるところが良いのです。下手に印象派の絵が混じっていない点が学芸員の見識です。
西洋の絵画は中世の暗い宗教画から15世紀のルネッサンスで、モナリザを描いたレオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロの絵画へと人間中心のものに変貌しました。
そして雑に言えば、バルビゾン派の絵画へ、そして印象派の絵画から近代抽象画へと発展していったと言えます。
この美術館では並行して、「狩野芳崖と四天王 ー近代日本画、もうひとつの水脈ー」という特別展を開催していまた。狩野芳崖の《悲母観音》(明治21年 東京藝術大学蔵)は是非見たかったのですが、展示期間が12月2日~17日なので見ることが出来ませんでした。
さて山梨県立文学館ですがこちらは平成元年十一月三日に開館いたしました。樋口一葉や芥川龍之介、飯田蛇笏等の資料を収集し保存し、展示しています。
2017年の11月に訪れた時は太宰治の妻だった津島佑子の特別展を開催していました。
津島佑子の母、石原美知子は井伏鱒二の媒酌で太宰治と結婚しました。家内は石原美知子に関心があります。
展示は甲斐出身の石原美知子の祖先の人々を描いた津島佑子の大作「火の山-山猿記」の全原稿です。ビデオによる講演の肉声もありました。家内はたいそう感動した様子でした。
展示では父の太宰治にはほとんど触れず、「津島佑子」を独立し卓越した作家としていました。父の有名さに頼らない学芸員の見識が立派です。尚、津島佑子は1947年生まれ、2016年没で本名は里子です。
この文学館には樋口一葉などの資料の他に、山梨の俳人、飯田蛇笏、飯田龍太の詳細な資料が常設展示してあります。
以上、今日は山梨県立美術館と文学館をご紹介しました。甲府は新宿からJR中央線の特急に乗ると2時間で行けます。秋の陽の輝く小さな旅に丁度良いと思います。是非お出掛けになっては如何でしょうか。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
この小屋に行き続けて、もう46年になりました。現在84歳の私にとっては我が人生で一番長続きした趣味になりました。写真をお見せいたします。
1番目の写真は小さな私の小屋です。6畳と4畳半の2部屋だけです。電気は引いてありますが水道やガスは来てません。小屋を建てるとき、大工さんが木造にするとすぐに腐って倒壊してしまうと言って、鉄筋コンクリートの小屋を作ってくれました。それは実に正解でした。木製の内装の部分はすぐに腐ってしまったのです。床の全面を防水コンクリートにしました。
2番目の写真は窓の外の大きな樹々の写真です。薪ストーブの煙突からの煙が薄く流れ、それに晩秋の日の光が斜めに射し込んでいます。遠方の森からケーンという雉の鳴き声が響いて来ます。
この小屋に行くには大月で山梨県に入り笹子峠を超え甲府盆地を横断しす。
行き続けて46年になると山梨県が私の第二の故郷のようになりました。
山梨県には魅力的でご紹介したい所が沢山あります。
今日は山梨県立の立派な美術館と文学館をご紹介したいと思います。特に山梨県立の美術館は倉敷の大原美術館ほどではありませんが地方では珍しく充実しているのです。ミレーに代表されるバルビゾン派の絵画を多数蒐集、展示しています。
そして同じ敷地に大きな文学館があり樋口一葉や太宰治や芥川龍之介や夏目漱石などの肉筆の原稿が展示してあります。樋口一葉の両親は甲州の出身だったのです。
2017年の11月に撮って来た山梨県立美術館の写真を示します。
3番目の写真は山梨県立美術館です。1978年の開館以来、「ミレーの美術館」として有名です。
所蔵品の総点数は現在約1万点で、常設展示は年4回展示替えを行っています。
4番目の写真は常設展示の絵画の例です。この写真は美術館のHPです。
5番目の写真は美術館の2階から見た西側の庭で岡本太郎の大きな彫刻が展示してあります。周囲に甲斐の山々が見えます。
6番目の写真は美術館の前の広場です。岡本太郎やザッキンやムーアの大きな彫刻が野外展示されています。この広場を挟んで文学館があります。
7番目の写真は美術館の南側の庭の紅葉です。ここは何時もは美しい水を湛えた池になっていますが、間もなく冬が来るので水を抜いています。
美術館の展示品をもう少し詳しく説明します。
まず美術館は広い第一の常設展示室から始まります。そこにはミレーの絵画が多数展示してあります。1975年の開館以来、毎年買い集めて来ただけあってミレーの絵画が数十枚展示してあるのです。ミレーの絵画の収集としては国内随一です。
題二展示室はバルビゾン派の風景画だけを集めて展示してあります。パリの近くのバルビゾンに住んでいたコロー、ミレー、テオドール・ルソー、ドービニー達のことをバルビゾン派と言います。これにクールベを加えてもよいと思います。写実的に描いた美しい自然の風景画です。1830年から50年位の絵画です。これの終わる頃、重なるようにして印象派が隆盛するのです。バルビゾン派の絵画は私たちにも分かり易く大変好まれます。
第二展示室の終りの部屋には静物画だけが展示してあります。静物画も深い精神性が感じられ、なかなか良いものです。
このように展示がミレーの農村風景、バルビゾン派の風景画、そして静物画と3つに分類して展示してあるところが良いのです。下手に印象派の絵が混じっていない点が学芸員の見識です。
西洋の絵画は中世の暗い宗教画から15世紀のルネッサンスで、モナリザを描いたレオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロの絵画へと人間中心のものに変貌しました。
そして雑に言えば、バルビゾン派の絵画へ、そして印象派の絵画から近代抽象画へと発展していったと言えます。
この美術館では並行して、「狩野芳崖と四天王 ー近代日本画、もうひとつの水脈ー」という特別展を開催していまた。狩野芳崖の《悲母観音》(明治21年 東京藝術大学蔵)は是非見たかったのですが、展示期間が12月2日~17日なので見ることが出来ませんでした。
さて山梨県立文学館ですがこちらは平成元年十一月三日に開館いたしました。樋口一葉や芥川龍之介、飯田蛇笏等の資料を収集し保存し、展示しています。
2017年の11月に訪れた時は太宰治の妻だった津島佑子の特別展を開催していました。
津島佑子の母、石原美知子は井伏鱒二の媒酌で太宰治と結婚しました。家内は石原美知子に関心があります。
展示は甲斐出身の石原美知子の祖先の人々を描いた津島佑子の大作「火の山-山猿記」の全原稿です。ビデオによる講演の肉声もありました。家内はたいそう感動した様子でした。
展示では父の太宰治にはほとんど触れず、「津島佑子」を独立し卓越した作家としていました。父の有名さに頼らない学芸員の見識が立派です。尚、津島佑子は1947年生まれ、2016年没で本名は里子です。
この文学館には樋口一葉などの資料の他に、山梨の俳人、飯田蛇笏、飯田龍太の詳細な資料が常設展示してあります。
以上、今日は山梨県立美術館と文学館をご紹介しました。甲府は新宿からJR中央線の特急に乗ると2時間で行けます。秋の陽の輝く小さな旅に丁度良いと思います。是非お出掛けになっては如何でしょうか。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)