法曹人口増大に、市民は何を求めるのか?(黒猫さんのブログ)
受験回数制限の無い旧司法試験でも、超難関試験だった平成の始め頃ならともかく、現在では合格までに5年も10年もかけているようでは、合格してもほとんど意味がありません。受験勉強に必要以上の時間をかけるというのは、その間いくら努力したと主張したところで、就職上マイナス要素として考慮されることはあっても、プラス要素として考慮されることはありません。それが現実です。
なかなか手厳しい指摘だが、多分正しいだろう。時間的・経済的制約のないところで目的を達成するということは、趣味の世界ではありえても、仕事の世界ではありえない話だからである。
黒猫さんは、「何回か受験して合格できない人はそもそも法曹に向いていない」という見方に立ち、3回の受験回数制限はむしろ受験生のためになると示唆しているわけだ。実は、バーディーも、これに似た意見をロースクールの裁判官教官から聞いたことがある。いわく、「向いていない人というのは確実に存在するので、ロースクールにいるうちに撤退するのが得策」。
そういえば、芸大・美大なども、何年も志望校を受験する人がいると聞く。だが、芸術の世界は、「時間的・経済的制約」などという観念にはおさまらないものである。だから、これはこれでいいのだ。
受験回数制限の無い旧司法試験でも、超難関試験だった平成の始め頃ならともかく、現在では合格までに5年も10年もかけているようでは、合格してもほとんど意味がありません。受験勉強に必要以上の時間をかけるというのは、その間いくら努力したと主張したところで、就職上マイナス要素として考慮されることはあっても、プラス要素として考慮されることはありません。それが現実です。
なかなか手厳しい指摘だが、多分正しいだろう。時間的・経済的制約のないところで目的を達成するということは、趣味の世界ではありえても、仕事の世界ではありえない話だからである。
黒猫さんは、「何回か受験して合格できない人はそもそも法曹に向いていない」という見方に立ち、3回の受験回数制限はむしろ受験生のためになると示唆しているわけだ。実は、バーディーも、これに似た意見をロースクールの裁判官教官から聞いたことがある。いわく、「向いていない人というのは確実に存在するので、ロースクールにいるうちに撤退するのが得策」。
そういえば、芸大・美大なども、何年も志望校を受験する人がいると聞く。だが、芸術の世界は、「時間的・経済的制約」などという観念にはおさまらないものである。だから、これはこれでいいのだ。