「千鳥を乗せ、俊寛を一人残して船は出てゆく。名残を惜しみながらひとり見送る俊寛。諦めたつもりでも、煩悩は消し難い。悟りを開いた出家でなく、ただの人の悲しい心で生い茂る蔦につかまり、松の木にすがり高台によじ登って、遠ざかる船に向かっていつまでも悲痛な声をかけるのであった。」
「錦秋10月大歌舞伎」昼の部の最初の演目は、「平家女護島」より「俊寛」である。
感想を言うと、ただただ菊之助の演技力が光る演目であった。
とはいえ、レシプロシテ原理の毒は相応に含まれており、”復讐”と”自己犠牲”がキーワードと言える。
「都で名誉も地位もある文化人として活躍していた俊寛が、失脚し、南海の荒涼とした鬼界ヶ島に流される。その屈辱的な日々。そして、赦免の通知にただひとり漏れた時のショック。一転して、都へ帰れることになったよろこび。妻東屋が平清盛によって惨殺されたことを知り、この世になんの未練もないと、自分の代わりに千鳥を乗船させようとする自己犠牲。いざ船が島を離れ、遠いところに行ってしまうと、涙は溢れ、言葉に言い尽くせない孤独が胸にせまり、後悔に近い感情まで押し寄せてくる現実。納得したはずの自己犠牲も、すぐに絶望的な孤独には堪え難くなる。しかし、激しい心の動揺がすぎると、再び心は平静にもどる。スローモーションの映画の一こまを見ているような、心の移り変わりの見事な芝居である。」(p131)
俊寛は、妻を惨殺された怒りもあって、半ば”復讐”として瀬尾を斬り殺した。
その上で、成経の妻となった地元の海女:千鳥を船に乗せてやる代わりに、自分が犠牲となって島に残ることを申し出たのである。
以上から、瀬尾は俊寛の妻殺害の代償として殺されたので、ポトラッチ・ポイントは5.0、俊寛は千鳥のため犠牲となって島に残ったので、1.0。
ポトラッチ・ポイントは、合わせて6.0:★★★★★★。
それにしても、菊之助による俊寛の心の揺れ動きの表現は見事。
船がだんだん遠ざかり、そのうち呼び声に対する応答も聞こえなくなる。
孤独感のためパニック状態に陥った俊寛は、生い茂る蔦につかまって高台によじのぼり、松の木にすがって遠ざかる船に向かっていつまでも声をかける。
演出上のポイントは、この際、松の枝を俊寛が手で掴むのだが、力が強すぎて枝がポキッと折れてしまうところである。
大道具さんも、毎日新しい松を準備しなければならないのである。