「七疋のシェパァドとグレートデン」は、いわば掛詞のように重層的な意味を含んでいるようである。
これは、「七」、「シェパァド」、「グレートデン」に分解して考えるのが良いだろう。
(1)「七」
日本人であれば、「七」と聞いた瞬間に「北斗七星」を連想するはずである。
この「北斗七星」である「七疋のシェパァドとグレートデン」を、「良人」はむしょうに愛しており、いつも引き連れているわけである。
ということは、「良人」は、「北極星」に相当することになる。
では、日本における「北極星」とは何か?
(2)「シェパァド」
英語の呼称「ジャーマン・シェパード・ドッグ」は、ドイツ原産の軍用犬である。
「鏡子の家」の中にも、ドイツ製品が出て来る。
「人形を飾り棚に置かうとして、鏡子はふと、かたはらの玩具の家に目をとめた。独乙製の玩具で、精巧な家の模型で、なかに電気がついて窓々に灯をともし、いかにも小さな夜の団欒がうかがはれるやうな具合に出来てゐる。その玄関の扉がほんの少しあいてゐる。鏡子が何気なしに、人差指の赤い爪先で扉をあけると、中に紙屑がいつぱい詰つている。
『こんなものを屑入れに使ってゐる。紙屑籠はどうしたのだらう』と考へて、引き出した小さな紙片の一枚の、丹念に丸めてあるのをほぐしてみると、幼ない鉛筆の字で、一面に「パパ パパ パパ」と書いてある。」(決定版 三島由紀夫全集 第7巻p189)
「良人」は、娘に「独乙製」の「家」を買い与えていた。
そういえば、かつてある国が、ドイツの陸軍・官僚制や法制度を模範とした立憲君主制国家の建設を目ざしていたのではなかったかな?
「昔から「ボアハウンド」(ボア=イノシシ)として改良され、野生のイノシシを狩るための猟犬として活躍していました。」
これもドイツ原産だが、猟犬である。
つまり、軍事に対して経済を象徴しており、「文化防衛論」の中にそれを示唆する記述がある。
「私見によれば、言論の自由の見地からも、天皇統治の「無私」の本来的性格からも、もつとも怖るべき理論的変質がはじまつたのは、大正十四年の「治安維持法」以来だと考へるからである。すなはち、その第一条の、
「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制ヲ否認スルコトヲ目的トシテ・・・・・・」
といふ並列的な規定は、正にこの瞬間、天皇の国体を、私有財産制ならびに資本主義そのものと同義語にしてしまつたからである。この条文に不審を抱かない人間は、経済外要因としての天皇制機能をみとめないところの、唯物論者だけであつた筈であるが、その実、多くの敵対的な政治理念が敵の理念にしらずしらず犯されるやうに、この条文の「不敬」に気づいた者はなかつた。」(決定版 三島由紀夫全集 第35巻p45)
そういえば、かつてある国が、「西欧に追いつき追い越せ」とばかりに、資本主義の発展をひたすら目ざしていたのではなかったかな?
・・・というわけで、「良人」が何を指しているかが分かったと思う。