明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



横溝というと未だに研究本が出されているように、金田一耕介のイメージが強い。金田一の頭を掻き回すしぐさは、もともと横溝自身の癖であり、作中の設定では背も低いので、いっそのこと横溝を金田一にすることにした。撮影場所は作家、映画関係者が好んで使用したことで有名な旅館『和可菜』の前である。といっても、左側に黒塀がわずかに写っているだけだが。  大正時代、乱歩に誘われ神戸から上京した横溝が住んだ牛込神楽館は、乱歩が住んだ築土八幡からわずか数百メートルの距離で、お互い頻繁に行き来したようである。その丁度真ん中あたりに位置するこの細い路地を、徘徊好きの乱歩が利用しなかったはずがない。散歩ブームの昨今、この路地も人の通りが激しい。当初、平日の人が少ない時刻に撮影しようと考えていたが、ここを『悪魔の手毬歌』で金田一とすれ違うおりん婆さんが、歩いていたら面白いだろうと作り始めると、ただでさえ楽しそうでない横溝と、杖ついてうつむいた老婆では、都営地下鉄のフリーペーパーの表紙としては、妙な空気である。そこで予定を変え、できるだけ横溝世界とは違和感のある、携帯片手に路地を探索中の女の子を入れて、婆さんとのバランスを取ることにした。今の神楽坂と横溝世界の融合という、かなり“腕力”のいる作業であったが、出来てみると、婆さん女の子、どちらがいなくても物足りないような気がするから可笑しなものである。
『中央公論Adagio17号 横溝正史と牛込神楽坂を歩く』

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