明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



乱歩作品で、誰が演じても不満が残る登場人物の筆頭は黒蜥蜴と小林少年であろう。拙著でも、避けるべきは重々承知のうえ、誘惑に勝てず、黒蜥蜴を人形にすることで作品化した。昨日大乱歩展に出品されている、乱歩が愛蔵した村山槐多の『二少年図』を観ていて、この少年を、赤いホッペの小林少年にすべきであった。私ならそうすべきだった、と思ったのである。  思ったところで、他の団員をどうするか、という問題がある。粘土で全員作ったとして、ポーズが変えられない人形ゆえ、撮影できるカットも少なく、労多くして、ということになるし、今時の子供を使って実写で撮影しても難しいだろう。実際、後に世田谷文学館で、世田谷の風景の中で作家像を撮影するという企画のおり、地元の坊ちゃん嬢ちゃんを集めて少年探偵団にしたてて撮影を試み、「お前らいい加減にしろ!」という目に合っている。05年の雑記(某日2、18、19。13には名張エジプト化計画のことが。
ところですっかり忘れていたが、実は昨日、大乱歩展に向かう途中の渋谷駅で、村山槐多といえば信濃デッサン館の館主、窪島誠一郎氏を見かけた。昔も一度、地下鉄で座席に坐る、氏の前の吊り革に掴まったことがある。話しかけたいのは山々であったが、私、村山槐多が好きで、槐多作って撮影しています、とでもいえばいいのであろうか。なんだそれは?いわれた方も困るだろうが、自分で口にしてあまりにつまらなそうな説明を、したくないがためにこのHPを作った私である。

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