明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



運送会社を定年のKさんは、退職金、年金など金はあるが、やることがないので飲む、打つ、買う。昨日は午前4時まで一緒に飲んだ。昔からなんであの人と付き合っていられるんだ、といわれがちな私だが、当然、何か良いことがないと付き合ってはいられない。おおよそ女性の話に終始し、同じ話しを何時間も繰り返し聞かされる。ロレツが回らないので、半分くらいしかいってることが解からない。しかしこのニコニコレロレロしている小さいオジサンは、本当に嬉しそうで楽しそうなので、それを見ているこっちもつられて笑ってしまうのである。嬉しそうで楽しそうな少女を見ているだけで楽しい、ということは想像が出来るだろう。これがオジサンだ、というところが問題なだけである。だけということもないが。 Kさんは好きな女性の前で別な女性の話をしてしまう癖がある。ご丁寧に一緒に写した携帯写真を見せながら。そしてそれをすっかり忘れる。私に口止めしておきながら、いずれみんなKさんの口から聞くことになる。今度始まったら止めてやるよ、といっているが、苦笑している女性の隣で、嬉しそうに身振り手振りを交えてレロレロしているKさんを見ていると、止める気になれないで放っておいている。近々故郷の九州に旅行するというのが最近の関心事で、酔っ払って中学校の同級生のまり子ちゃんに電話をしてしまい、数十年ぶりに会うことになったそうである。それもどうかと思ったが、今日は酔っ払って電話したらご主人が出て、迷惑がられるどころか、まり子も楽しみにしていますので、といわれたそうで、さすがKさんだと感心した。そして今年60歳のまり子ちゃんの話が延々と続いた。 しかし仕事はしないで飲んでばかり。飲むと肴をつまむこともしない。身体にいいわけがなく、大泥酔のあと、回復にまる二日かかる。写真は回復に二日半かかった時のものである。まるで射殺死体のようで面白くて撮った。この日は九州行きの飛行機チケットを二回落として私がその度ポケットに捻じ込んだのであった。

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一日  


高校時代の友人から何年ぶりかに電話。家はたいして離れていないのに、会おうといってもなかなか会えなかった。堅気のサラリーマンゆえ忙しければしかたがないと思っていたのだが。聞くと昨年9月に脳出血で手術したそうである。会社の検査でいくらか血圧が高い、といわれた数日後に様子がおかしいと救急車で入院、緊急手術。手術直後は喋ることも動くこともできなかったそうで、一から、それこそ子供からもう一度始めたような感じだったらしい。それ以前会えなかったのは体力がなくて、という。柔道部のお前が?握力自慢だったろう。男子高校では、廊下で相撲を良く取った。同級だった尾崎直道ともやったが、柔道部にはどこか掴まれるとほとんど勝てなかった。私が大ファンの放駒理事長、元魁傑は柔道出身だったが、嫌いな琴桜スタイルでないと勝てないところが私のジレンマであった。 Sはその後も頭痛が起き、間もなく放射線治療に入るという。電話の最初はたしかにいままでのSと違って、何かを確かめるような口調であったが、最後の方には、たまに単語が思い出せないことを別にすれば、昔と変わらない会話であった。積極的に会話を続ければ良くなるだろうと思えた。馬鹿話で良ければいつでも付き合うぜ。私は最近、馬鹿々しい会話の効能を感じている。馬鹿な話でケラケラしたぶん、一人閉じこもっての制作に集中できるというものである。
昨日某所から入ってきた、ある人物の死亡情報。一夜明けてもどこにもそんな気配がない。ガセだったのであろうか。

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