明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



2・26事件の決起将校の中心人物に磯部浅一一等主計がいる。(事件当時は免官され立場は民間人であったが)三島の『英霊の声』は2・26事件の決起将校たちの魂が、天皇への純粋な心から決起したのにもかかわらず、陛下に叛徒といわれたと嘆き、特攻隊の英霊がすめろぎ(天皇)が人間となったことに憤るというものだが、執筆中は何かが乗り移ったように筆が走ったそうで、当時の丸山明宏に誰かがついているといわれ、三島は「磯部か!」といって顔色を変えたという。 2・26事件の背景には青森などの農民の窮状があったが、天皇は「農民は苦しいとはいえ、自ずから彼らにも楽天地がある。自分もヨーロッパに旅行した時、自由な空気を吸ったときは、なんとも楽しかった。だから、農村には農村なりの楽しい愉快なものがあるだろう」。といっていたというから、つまり娘を売りに出すような悲惨な実態を何も知らされていなかったわけで、これでは決起将校の気持ちが判るはずもない。よって将校は天皇の逆鱗に触れ、反乱軍とみなされ処刑されたわけだが、磯部は密かに獄中から持ち出された手記に「今の私は怒髪天をつくの怒りにもえています。私は今は、陛下をお叱り申し上げるところにまで、精神が高まりました。だから毎日朝から晩まで、陛下をお叱り申しております。天皇陛下、なんという御失政でありますか、なんというザマです。皇祖皇宗におやまりなされませ」とまで書いた。尊王討奸(天皇を尊び天皇の悪い取り巻きを討つ)と立ち上がったはずがなんともやりきれない結末である。

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