6時頃オキュルスに到着すると、オープニングパーティーは思ったとおりすし詰め状態。Kさん等地元の連中と外でワインをいただく。見たことがある顔を散見するが、とにかく人が多く挨拶もままならず。結局自分の作品の前にたどり着くこともなく『中央公論Adagio』で主な文章を書いていた藤野さんと、専門学校で18からの友人Hと居酒屋へ。 藤野さんとはアダージョの打ち上げ以来である。当初3年の予定が4年続いたということだそうで、お互い手探り状態だった創刊時や苦労したことなど懐かしく話す。 たまたま三人とも同い年だったが、そんなことより、知り合いで私に負けず劣らず方向音痴の男、というと浮かぶのは実はこの二人なのである。藤野さんは常に磁石を持ち歩いており、始めは取材用のプロのツールくらいに思っていたが、ある日個室がごちゃごちゃと区切られた、潜水艦の内部みたいな居酒屋で打ち合わせしていたとき、トイレに立った藤野さんが帰ってきたと思ったら目の前を通り過ぎたのを見て、私はピンときて、ひょっとして御同類? 方向音痴の男だけが3人集まることはまずない。なにしろ音痴の感覚を解説せずに済むのだから話が早い。つまり、普通はこういう話に至った場合、音痴で失敗したエピソードを披瀝することになるのが常だが、全員音痴となれば、その必要はない。Hは方向音痴に関してかみさんに随分ないわれようで、私に一度弁護してくれというが、やなこった。子供とかみさん乗せて運転するお前が悪い。一方の同じくライターの藤野さんのかみさんは、逆に一度確認して以来、そのことにはまったく触れないという。 結局3人の共通点は、道を間違えたら戻ってやりなおせば済むことだ、という性格のようである。じゃなかったら心安らかに方向音痴のままでいられる訳はない。しかしこの態度が助手席に坐るHのかみさんの神経に触ることも良く判るのである。
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