人物を制作する場合、当然写真資料を参考に作るわけだが、ネット上の画像はもとより、書籍に掲載されている写真でも、存外多いのが裏焼された写真である。つまり左右が逆になった写真である。写真師による夏目漱石のワシ鼻の修正を見破った私であるから、髪の分け方、さらに洋服のボタンなどチェックするのは当然のことである。本日から作り始めるはずの人物をネットで検索してみると、それこそほぼ半分といってよいほど左右様々である。こんなひどいのは始めてである。これには原因があった。 この人物の肖像写真といえばこれだろう、というウイキペデイアにも使われている画像を眺めていると、外套のボタンが左側に着いている。ところがそれに書かれた“Copyright ”の文字は正像である。これが実は間違いの元である。田村写真の田村さんに見てもらうと、時代からするとダゲレオタイプだろうとのこと。つまりダゲレオタイプとしては正しい。当時は写真は鏡に写ったように逆になるもの。それが常識である。それがどうしても我慢できない、たとえば日本の侍の中には着物を逆に着、刀も逆に差して正像に写ろうとする人達がいた。武士の魂を逆に差す訳にはいかないというところであろう。 私はある有名作家のお宅で、この人物像を2種目にした。一つはブロンズ、一つは陶製のトロフィーである。どちらも髪の分け目が逆の、ダゲレオタイプを鵜呑みにした逆像であった。つまりトリックを考える人達が、こんな単純なトリックに引っ掛かった像を貰っていた訳である。髪の分け目が左右逆なだけだろう、などと思うのは大間違いである。隣の人の鏡に写った顔を見れば、そこには見慣れぬ人がいる。特にこの人物、かなり顔が歪んでいる。鼻筋もやたら曲がっているので逆像ではまったく違う顔なのである。どいつもこいつも世界中、シビアさが足りない連中ばかりである。 さて私はというと、今日始めて左右反転した実像を知った。しかし逆像が頭にこびりついてしまっているので、制作に入るには一度アルコールできれいに拭い去る必用があるだろう。そんな荒療治が必用なんて、何かを作るというのは大変なことであるなあ。制作開始は明日からにしよう。シミジミとしながらK本の敷居をまたぐ私であった。
『世田谷文学館』展示中
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