強さってなんだと思います?
喧嘩が強い? 強靱な躰? そんなわけ無いよね、 強さは優しさそのもの。
そしてそれは人としての器の大きさでもある。
この二つは寸分違わず絶対比例していて、さらには表裏一体化して決して離れることが無い物でも有る。
でね、これは又 √強さ∝優しさ=3要素(我慢・忍耐・努力)という式でもある。
人はこの世に命を授かってから大人になるまで、ずっと心のトレーニングをしながら成長する。
いやもちろん、大人になってから老いて命が尽きる瞬間まで、それは続くのだけど・・・、
幼少期から大人になるまでの積み重ねがほぼ8~9割でね、 それ以降は経験が答えを導くことが出来ない時だけのトレーニングとなる。
何で上の式になるのか?というなら、 我慢も忍耐も努力も、これ全て人にとっては苦行で、 でも殆どの人はこうした苦行から逃げようとするもので、まあ、それが自然なんだけど。
逃げずに立ち向かう、逃げたくても逃げられない、いや、やせ我慢でも良いから踏ん張った、そうした人達だけしか得られない物をもらう。
多ければ多いほど、心がトレーニングされて強くなり そして経験が人の気持ちと心がを理解できる能力を創り出すから、優しくなる。
これは、自分以外の他人のあらゆる事(悲しみ、くるしみ、つらさ)を受けとめてあげることが出来る事そのものという事で、いわゆる器の大きな人だ。
こうした人と一緒にいると、 自分が吸い込まれるような感覚になる。
話さなくても良いようなことまで話してしまって、 でもって、 そうした人は余計なことは言わずに何時もニコニコしていて。
何より素晴らしいのが、知らない間に自分をどんどんと高いところへ引っ張っていてくれることで、こうした男性は、女性からすれば最高の人となるのは間違いないだろうとは思う。
こうしたのと、真反対に暴力的な人間は、ほぼ100%、器が小さい。
これは絶対に間違い無く言える事で、その理由はとても簡単。
3要素から自分が逃げる為の方法として簡単なのが、暴力的になる事だからだ。
当然、心のトレーニングも出来ないから、 本当の強さなんか無くて、格好付けと、 うわべだけの優しさを演じて誤魔化す。
身体の強靱さは、自分の心を磨くために存在する物で、けして人に向ける物ではない。
ほんとうの男なら、余計な虚勢無く、チャラチャラした飾り等も纏わずに、有るがままの姿でいる。
黙っていても輝いているから、人も集まるし、攻撃される事も無いから、身を守るひつようもない。
そんな男になりたい・・・・ と思いながら生きているんです、僕は