トランスミッター(心の通信) 超短編小説 BY 翔
風が暖かい、五月の太陽はすでに春を置き去りにし、ハイウェイの彼方へ放射状の光を放っている。
フルカウルが切り裂く大気は整流のガードから漏れると、渦流となって春の終わりを膝小僧と肩に届けながら後方へ。
丘と丘を繋ぐコンクリートの軌道に乗り、二つのタイヤが届けてくる心地よい振動は、少しだけ高揚する気持ちを心に届けつつ、同時に無心にもしてくれる。
気がつけば潮の香りに包まれ始めている僕、 「もうそんなところまで来たのかと・・・・」
左ウインカーを点滅させて ICを降りる僕、 料金所を過ぎてすぐの交差点を右に曲がれば海が見えてくる。
「このブルーを見ると幸せな気持ちになるのは何故?」そんな問いかけは、この交差点にさしかかる度に感じること。
「いつも答えは出ないよな・・・」 なんて考え、思わずクスリと笑いが出る。
軽くアクセルを煽り、 すこしだけスピードを乗せると一気に海岸通りに出る。
さっきまでブルーだった色は、真向かいの太陽で、ただキラキラと光り輝くシルバーへと変化し、まぶしさだけが瞳に刺さる。
左へと続く緩やかなカーブにさしかかると300kgある車体を右へリーンさせ、軽くハンドルに添えた腕でアクセルをコントロールする。
すこしだけ躯をハングアウトさせると、さっきとは違う空気の渦流がヒザに絡みつくのが判る。
羅針盤の軸が廻る様に、車体の角度はぐるりと変わり、海の色はシルバーからブルーそして瑠璃色へと変化。
同時に、広い海一面に広がる沢山のセイルが目に飛び込んでくる。
遙か沖を走るクルーザーには、ホワイトのセール。
ブーム角度から、どの方向から風が来ているかが読みとれる。
ビーチサイドを走る僕の真横には カラフルなウインドサーフィンのセイル達が飛ぶように舞い、格闘技に近いこのスポーツにセイラー達が情熱を燃焼させている。
ふと・・・・、僕がセイルと戯れる事になったきっかけがフラッシュバックしてくる。
幾人もの人達の顔が浮かんでは消えていき、 やがては思い出の彼方から来る、美しい横顔が心を支配する。
そう、生きる目的も意味も見言い出せない僕に、勇気と明日をくれた彼女。
今はもう存在しない、記憶の中の彼女が好きだったのがウインドサーフィンだった。
ただし、それは真冬の海で命を落とした彼という悲しい記憶と供に。
そんな想い出を引きずる彼女と出会ったのは、 友達数人と見に行った美しい夜桜。
酔いの廻っていた彼女と桜の木の下でぶつかった事が物語りの始まりだった。
反動で倒れて膝小僧をすりむいた彼女を近くの椅子に座らせ、介抱という程度の事では無いけど、
ハンカチを傷口にあてた時から僕たちのストーリー。
デートを重ね、将来を語り、笑顔を欠かさず見せる彼女だけど、心の片隅にいつも消えない記憶に気付いていた僕は、あえてそれに挑んだ、
ところが現実は激しく苦しいし、難しい。
「初心者向けです!」と渡された 小さなセイル、と大きなボードは簡単だった。
やがて自分のセットを買い込み、サイズをどんどん小さくしていくが、それよる極めて不安定なボードは情け容赦なく僕を海に落とし、大きなセイルは僕を吹き飛ばし海面に叩き付け、
有る時はマストが凶暴な凶器となり殴りかかってくる。
何度やっても上達しない僕に、ひたすら悔し涙しか出ない僕がそこにいた。
遙か沖で、余りの悔しさに耐えきれず、 頭上で輝くの太陽に「馬鹿野郎!」と何度も怒鳴った記憶は、自分自身への恥ずかしさと供に一生消えることは無いとおもう。
そんな僕が、爆発する自然のパワーを自分の味方へと導くことが出来る様になったのは全て彼女のおかげだ。
海は僕という人間そのものを大きく変えてくれた、いや成長をさせてくれた・・・・という方が正解だろう。
僕のそんな変化と供に、彼女の中の思い出は塗り替えられていくのが判った?、いやそう思っていただけかもしれない。
そんな彼女が 突然目の前から消え去ったのは、一昨年前のクリスマス。
デートの待ち合わせ場所で待つ僕の前に彼女は表れなかった。
少し離れたところから接近して真横を通り抜けた救急車。 そのもの悲しいサイレンは降り出した雪の彼方へもの悲しい音をなびかせつつ消えていった。
電話も通じず、やきもきする僕の元に知らされた現実は数日後の事だった。
目の前の信号が青から黄色に変わると、ギアを落とし、エンジンブレーキをきかせながら”停止線”を少しだけ又いで停まる僕。
その左には再びブルーへと色が変わった海
横断歩道をわたるサーファーと自転車、ハシャギながら渡る数人の女の子達のスカートは季節に素直で、 フワリと海風のよう。
歩道の信号が点滅を始めると、 一匹の犬が横断歩道を右から渡り始めた。
彼が老犬である事は、その歩みから容易に読み取れる。
一瞬、「きちんと渡りきれるのか?」と心配する僕だけど、それを無視するかのように反対側に渡りきると、彼はくるりと僕の方を振り返った。
何気なく、そして少しだけ心配して見送っていた僕の目は 彼の瞳とぶつかりシンクロする。
”ボーダー” その言葉が心の中に浮かび上がり、そのすぐ後に老犬は向こうを向くと、又行き先を捜すかの様に歩み始めた。
車体を発進させた僕の目には涙があふれ、シールドで隠されて、決して見えないそれは拭うことも出来ず、ただ一言 「ありがとう!」 と僕は呟く。
生きるということは、 常にラインの上に自分を置くことであり、 道路の停止線一つとっても、前と後では意味が違う。
努力で越えられない沢山の事はこの世に限りなく存在し、 それは人の心の奥底においては消して見えない物。
出るはずのない答えを求めてさまよう事等、 甚だ無意味だと、一瞬で彼は僕に諭してくれた。
「僕の存在は彼女にとってどんな存在だったのだろうか?」そう自問自答してきた僕だけど、彼のおかげで答えが出たような気がする。
「愛した彼女は、 いま幸せだろうか?」 この空の上で 雲の流れるエアストリームに乗る彼の姿を見つめているだろうか・・・・
長く続く海岸沿いの、砂浜に飛び出すように設けられた路端の小さなパーキングを見つけると、 バイクを乗りいれてエンジンを切る。
サイドスタンドを出してバイクを降りるとヘルメットを脱ぐ。
少しかわき始めた涙を手のひらで拭い、 海に向かって潮の香りを胸一杯に吸い込みつつ大きく背伸びをしてみる。
「来週は車にボードとセイルをもってここに来よう」、そう誓う僕。
晴れそして雷と大雨、 その後の虹と夕焼けの太陽、一つの人生が終わるかのように、
凍えていた僕の心は いま、この瞬間、凍り付いた春を通り抜け、太陽と供に夏へシフトしたのだと・・・・、
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