F・スコット・フィッツジェラルドのあまりに早い遺作となってしまったThe Last Tycoonが著者の遺稿を再現した版から上岡伸雄訳で作品社より初邦訳刊行された。
今読んでいるが、大変読み応えのあるすぐれた訳なので、今日と明日のGetUpEnglishはこの作品の読みどころを紹介してみる。
第1章でモンロー・スターについて語られる場面だ。
He had flown up very high to see, on strong wings, when he was young. And while he was up there he had looked on all the kingdoms, with the kind of eyes that can stare straight into the sun. Beating his wings tenaciously— finally frantically — and keeping on beating them, he had stayed up there longer than most of us, and then, remembering all he had seen from his great height of how things were, he had settled gradually to earth.
彼は若いときに強い翼を羽ばたいて、とても高く飛んだのだ。そして太陽をまともに見つめられる目で、あらゆる王国を見下ろした(新約聖書ルカ伝5~6節、悪魔がキリストに世界中の国々を見せ、「この国々の権力と栄光をあげよう」と言った話より)。粘り強く――最後は死に物狂いに――翼を羽ばたき続け、私たちの誰よりも長く空にとどまった。そして、その高所から物事の仕組みについて見たことをすべて記憶し、ゆっくりと地上に降りてきたのである。
このあたりの訳文に、モンロー・スターがいかにして冷徹な経営者となり、利益に対する鋭い嗅覚を磨いていくかがよく表れている。
franticallyはぜひ覚えておきたい。
次のように使われる。
○Practical Example
Avengers were frantically searching for Thanos and the infinity stones and finally found he was in a farm on the planet.
「アベンジャーズはサノスとインフィニティ・ストーンを必死に探し、彼がその惑星の農園にいることをつかんだ」
『ラスト・タイクーン』はこのあとの描写が実にすばらしい。
The motors were off, and all our five senses began to readjust themselves for landing. I could see a line of lights for the Long Beach Naval Station ahead and to the left, and on the right a twin-kling blur for Santa Monica. The California moon was out, huge and orange over the Pacific. However I happened to feel about these things — and they were home, after all — I know that Stahr must have felt much more. These were the things I had first opened my eyes
on, like the sheep on the back lot of the old Laemmle studio; but this was where Stahr had come to earth after that extraordinary illuminating flight where he saw which way we were going, and how we looked doing it, and how much of it mattered. You could say that this was where an accidental wind blew him, but I don’t think so. I would rather think that in a “long shot” he saw a new way of measuring our jerky hopes and graceful rogueries and awkward sorrows, and that he came here from choice to be with us to the end. Like the plane coming down into the Glendale airport, into the warm darkness.
ぜひ上岡訳でお楽しみいただきたい。
F・スコット・フィッツジェラルド
上岡伸雄編訳
本体2,800円
46判上製
ISBN978-4-86182-827-0
発行 2020.10
【内容】
ハリウッドで書かれたあまりにも早い遺作、著者の遺稿を再現した版からの初邦訳。映画界を舞台にした、初訳三作を含む短編四作品、西海岸から妻や娘、仲間たちに送った書簡二十四通を併録。最晩年のフィッツジェラルドを知る最良の一冊、日本オリジナル編集!
(…)本書に収めた「監督のお気に入り」、「最後のキス」、「体温」の三作など、フィッツジェラルドはハリウッドを舞台にした短編の執筆を試みている。これらは生前出版されなかったが、並行して一九三九年秋から長編『ラスト・タイクーン』を書き始め、短編で扱った素材を長編のほうに投入している。この久々の長編に対して彼がいかに情熱を傾けていたかも、手紙を通して伝わってくるだろう。なにしろ【あの:傍点】フィッツジェラルドが酒を断って取り組んでいたのだ。
本書は、このように手紙から彼のハリウッドでの生活をたどりつつ、その生活から生まれ出た作品を味わえるように構成されている。(「編訳者解説」より)
【内容目次】
ラスト・タイクーン
ハリウッド短編集
クレージー・サンデー
監督のお気に入り
最後のキス
体温
ハリウッドからの手紙
スコッティ・フィッツジェラルド宛 一九三七年七月
テッド・パラモア宛 一九三七年十月二十四日
ジョゼフ・マンキーウィッツ宛 一九三八年一月二十日
ハロルド・オーバー宛 一九三八年二月九日
デヴィッド・O・セルズニック宛 一九三九年一月十日
ケネス・リッタウアー宛 一九三九年九月二十九日
シーラ・グレアム宛 一九三九年十二月二日
マックスウェル・パーキンズ宛 一九四〇年五月二十日
ゼルダ・フィッツジェラルド宛 一九四〇年七月二十九日
ジェラルド&セアラ・マーフィ宛 一九四〇年夏
(ほか全24通)
編訳者解説
【内容目次】
F・スコット・フィッツジェラルド(Francis Scott Fitzgerald)
1896年生まれ。ヘミングウェイ、フォークナーらと並び、20世紀前半のアメリカ文学を代表する作家。1920年、24歳のときに『楽園のこちら側』でデビュー。若者の風俗を生々しく描いたこの小説がベストセラーとなって、若い世代の代弁者的存在となる。同年、ゼルダ・セイヤーと結婚。1922年、長編第二作『美しく呪われた人たち』を刊行。1925年には20世紀文学を代表する傑作『グレート・ギャツビー』を発表した。しかし、その後は派手な生活を維持するために短編小説を乱発し、才能を擦り減らしていく。1934年、10年近くをかけた長編『夜はやさし』を発表。こちらをフィッツジェラルドの最高傑作と評価する者も多いが、売り上げは伸びず、1930年代後半からはハリウッドでシナリオを書いて糊口をしのぐ。1940年、心臓発作で死去。享年44。翌年、遺作となった未完の長編小説『ラスト・タイクーン』(本書)が刊行された。
上岡伸雄(かみおか・のぶお)
1958年生まれ。アメリカ文学者、学習院大学教授。訳書に、アンドリュー・ショーン・グリア『レス』、ヴィエト・タン・ウェン『シンパサイザー』(以上早川書房)、F・スコット・フィッツジェラルド『美しく呪われた人たち』(作品社)、ジョージ・ソーンダーズ『リンカーンとさまよえる霊魂たち』(河出書房新社)、シャーウッド・アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』(新潮文庫)などがある。著書、編書も多数。