ここで言う「格差二極拡大化」とは上下二極間で格差を拡大化することを言っているのではなく、上下に二極化している格差に対して上下それぞれに対策をプラスに拡大化することによって、逆に格差のバランスを取ることを言う。
例えば現在円高で苦しんでいる企業側に円高の不利益を解消するプラスの有利な政策を施すと同時に中・低所得層に利益となるプラスの政策を施して、企業の利益も拡大化し、中・低所得層の利益も拡大化させる、上下二極の拡大化策という意味である。
勿論、ときには本来的な意味でも使う。
2011年10月28日の当ブログ記事――《野田首相がモットーとしている「安全運転」と指導力の関係 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》に次のように書いた。
〈野田首相は「中間層の厚みをもった国にすること」を基本理念としていると言っているが、中小企業が大企業に従属しているように中間層は上層に従属している。それぞれが個別に存在しているわけではないし、個別に経済活動を行っているわけではない。
いわば「中間層の厚み」をもたらすには、上層を「中間層の厚み」以上の厚みで以って底上げしないと、「中間層の厚み」は実現できない。
支配と従属の関係から言って、順序はあくまでも上から下に向かうからだ。野田首相の基本的理念は下から上に向かう流れとなっている。
このことについては、前々から準備していたが、『現実直視からの格差二極拡大化社会のススメ』(仮題)と題して日を改めて記事にするつもりでいる。〉・・・・
『現実直視からの格差二極拡大化社会のススメ』と予定していた題名から、『現実直視から、格差二極拡大化社会を国の形とする』と変えたが、大層な題名であっても、例の如く中身は大したことはないことを最初にお断りして置かなければならない。
野田首相が唱える「中間層の厚み」の矛盾はトリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分を頭に置いていたことからの認識である。
トリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分とはその意味を既にご存知だろうが、2010年6月26日の当ブログ記事―《菅直人の“最小不幸社会”と小泉進次郎の“最大幸福社会”の参院選対決》に次のように書いた。
〈いずれの国の社会に於いても、人間社会では、社会の利益循環はトリクルダウン(trickle
down=〈水滴が〉したたる, ぽたぽた落ちる)を方式として成り立っている。企業が利益を上げて好景気を形づくり、それが社会の下層に向かって、上の段階により多く配分しながら順次下の段階に先細りする形で流れ落ちていく利益配分を骨組みとしている。ときには最下層に雀の涙程度しか届かない場合もあるし、全然届かないこともある。非情だが、矛盾そのもののこのような構造自体が厳然とした社会の利益配分のルールとなっている。
2008年9月のリーマンショック以前の02年2月から07年10月まで続いた「戦後最長景気」では、大手企業は軒並み戦後最高益を得たが、利益の多くを内部留保にまわして、一般労働者に賃金として還元せず、その結果個人消費に回らず、国民の多くには実感なき景気と受け止められるに至ったが、これなどは最下層にまで全然したたり落ちなかった口の最悪のトリクルダウン方式の利益配分となっていたことを証明している。
いわば戦後最長景気時には上層部で富の独占が起きてそこに利益を滞留させることとなって、下層部に通じる利益配分のパイプを空にしてしまった。
トリクルダウン方式とは平等な利益配分の否定を前提としている。いや、平等の概念そのものを否定し、差別そのものを基本概念としている。〉・・・・
トリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の理解に最も分かりやすい譬えは親の収入と子どもの小遣いの関係であろう。
子どもの小遣いは親の収入から出る。いわば親の収入を上とし、子どもの小遣いを下とした、上からの下への流れ(=トリクルダウンの利益循環、あるいは利益再配分)として子どもの小遣いは保証される。
その逆は一般的には決してあり得ない。
親は上層に位置する大企業や大企業に準ずる企業に相当し、子どもは野田首相が言っている「中間層」、あるいは下層と言うことになる。
当然親である上層を明確なターゲットとして“厚みを持たせる”政策が必要となる。
だが、野田首相は上層の厚みを言わずに、中間層の厚みのみを言っている。
但し高度経済成長期に於いては十分に機能してきたものの、「戦後最長景気」に於いてトリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分が無効となり、機能しなくなった。
その理由は断るまでもなく、世界経済の過度のグローバル化が儲けを他に再配分する余裕を失わしめたことにある。世界各国との過酷な競争が中国やベトナム等のアジアの国々の低賃金、あるいはアフリカ諸国の低賃金を相手にした不利な価格競争への備え、いつ襲うかも分からない大災害による生産の機能停止に対する備え、同じくいつ襲ってくるかも予測がつかない突発的な金融危機等の経済危機に対する備えを強く迫って、その強迫が第三者への利益再配分よりも自己自身の利益擁護優先の自己防衛に走らせ、内部留保を選択させている。
トリクルダウンが機能しない状況は今後共続くに違いない。
だとしても、上層自体を分厚くしないことには国の経済自体が先細りしていくことになる。経済の先細りは対外的な政治的発言の先細りを伴う。
いわばトリクルダウンが機能しなくなったとしても、上層に“厚みを持たせる”政策を避けて通るわけにはいかないジレンマを抱えることになる。
現在の日本の上層に位置する大企業は過度の円高やヨーロッパの金融危機、アメリカ経済の低迷等の理由で世界の経済戦争に於いて苦戦を強いられている。
上層を分厚くしても、トリクルダウンの利益循環、あるいは利益再配分の機能が満足に期待できない今の時代に於いて、どのようにして中間層、さらには下層を分厚くできるのだろうか。
中間層が分厚くなったとしても、下層が中間層からのトリクルダウンのおこぼれを与ることができないとなったなら、下層は現在の八方塞がりの貧困を抱え続けることになる。
このことはついには“過去最多”の記録を塗り替えて、年々増え続けていく生活保護受給者の増加に特徴的に現れている。
野田首相が言うとおりに利益循環、利益再配分の原理を無視して分厚くした中間層から上層、下層に上下枝分かれさせた利益配分が可能だとするにしても、中間層とて厳しい経済環境に置かれているはずである。先ずは第一番に内部留保に留意し、自己防衛に走りかねない。
野田首相がこれまで発言した中間層の利益を優先させるとする、いわば“中間層自立型利益拡大論”を振り返って見る。
私自身が最初に耳にしたのはブログにも書いたが、あの「どじょう」のエピソードで有名となった8月29日(2011年)の民主党両院議員総会民主党代表選の演説であった。
野田候補「中産階級の厚みが今薄くなって、中産階級の厚みが日本の底力だったと思います」・・・
日本再生には「中産階級の厚み」を実現させ、「日本の底力」としなければならないと言っている。いわば日本の中産階級の活性をターゲットとした日本再生戦略だと言える。
野田首相は「中産階級」という言葉を知る限り、ここでしか使っていない。以後、「中間層」という言葉に置き換えている。「階級」という言葉は、多分、マルクス・レーニン主義的と見たのかもしれない。マルクス・レーニン主義については100%無知だが、そんな印象を感じた。
9月2日(2011年)野田首相就任記者会――
野田首相「理念としてはまさにこの国内においては、何度もこれまで申し上げてまいりましたけれども、中間層の厚みがあったことがこの日本の強み、底力でした。残念ながら、被災地も含めて中間層からこぼれ落ちてしまった人たちが戻れるかどうかが大事だと思います。そうした視点から、まさに国民生活が第一という理念を堅持しながら、中間層の厚みがより増していくようなこの日本社会を築いていきたいと思います」・・・・・
この主張だと、「中間層の厚み」は中間層自らがつくった現象だと聞こえる。中間層を自立型存在と看做していて、上層の活力あっての「中間層の厚み」だと、両者の上下関係性からの発言とはなっていない。
9月13日(2011年)第178回国会に於ける野田首相所信表明演説――
野田首相「かつて我が国は『一億総中流』の国と呼ばれ、世界に冠たる社会保障制度にも支えられながら、分厚い中間層の存在が経済発展と社会の安定の基礎となってきました。しかしながら、少子高齢化が急速に進み、これまでの雇用や家族の在り方が大きく変わり、『人生の安全網』であるべき社会保障制度にも綻びが見られるようになりました。かつて中間層にあって、今は生活に困窮している人たちも増加しています。
諦めはやがて、失望に、そして怒りへと変わり、日本社会の安定が根底から崩れかねません。『失望や怒り』ではなく、『ぬくもり』ある日本を取り戻さなければ、『希望」と『誇り』は生まれません。
社会保障制度については、『全世代対応型』へと転換し、世代間の公平性を実感できるものにしなければなりません。具体的には、民主党、自由民主党、公明党の三党が合意した子どもに対する手当の支給や、幼保一体化の仕組みづくりなど、総合的な子ども・子育て支援を進め、若者世代への支援策の強化を図ることが必要です。医療や介護の制度面での不安を解消し、地域の実情に応じた、質の高いサービスを効率的に提供することも大きな課題です。さらに、労働力人口の減少が見込まれる中で、若者、女性、高齢者、障害者の就業率の向上を図り、意欲ある全ての人が働くことができる『全員参加型社会』の実現を進めるとともに、貧困の連鎖に陥る者が生まれないよう確かな安全網を張らなければなりません」・・・・
ここでも「分厚い中間層の存在が経済発展と社会の安定の基礎となってきました」と、上層との上下関係で把えずに「中間層」を自立型としていて、自らの力で分厚さを獲得したが如き説明となっている。
いわば上層の分厚さを存在させずに中間層から下層へのトリクルダウンの利益循環、利益再配分と社会保障制度の改革を通じて、「貧困の連鎖に陥る者が生まれないよう確かな安全網を張らなければなりません」と、中間層から下層へのトリクルダウンに期待をかけている。
ここで断っておくが、いくら理想形の社会保障制度改革を成し遂げたとしても、活発な経済を基本的な元手としないことにはどのような社会保障制度も機能しないということは言うまでもないことであろう。
このことは消費税増税に関しても同じことが言えるはずだ。
「社会保障と税の一体改革」であろうとなかろうと、活発な経済をバックグラウンドとしなければならないということである。
ところが、活発な経済をバックグラウンドとし得ず、低迷した経済が税収の落ち込みを誘い、赤字国債ばかりが増えている。その結果の先進国最悪の財政状況ということだが、そこで消費税増税によって税収を増やして社会保障制度を通じて利益再配分に役立てるということだろうが、野田首相が言うように中間層の厚みが薄くなって下層へと落ちこぼれているとするなら、活発な経済抜きの消費税増税は下層に位置することとなった元中間層+元々の下層が属性とせざるを得ない乏しい活力をなお奪って死活問題としない保証はなく、矛盾した政策となる。
尤も政府は次のような論理武装で矛盾を解消しようとしている。11月22日(2011年)、閣議後の記者会見。
安住財務相「まずは社会保障をどうするかという『見える化』をやってもらうことが重要であり、それに見合った財源が消費税ということになる。預かった税金を年金、医療、介護などに戻すということになるのだから、社会保障の制度設計が決まれば、消費税率やいつから上げるかということは自然と決まってくる」(NHK NEWS WEB)・・・・
「預かった税金を年金、医療、介護などに戻すということになる」と、消費税として支払ったカネが支払った分、さも循環するようなことを言っているが、ここには一部ウソがある。
活発な経済活性なくして循環は長続きしない。例えトリクルダウンが機能しなくても、上層を分厚くする政策によって税収をふやさなければならない。消費税増税の場合の低所得層対策として所得に応じて現金を給付する「給付付き税額控除」を検討しているようだが、逆進性対策と言うよりも、単に消費税増税分が免除されるだけのことであって、そこに活発な経済の介在がなければ、下層の現在の苦しい生活は現状維持で終わる。
その現状維持も一定の段階での固定化ではなく、年々悪くなっていくという同じ状況を繰返していく進行形の現状維持となりかねない。
いわば今でも生活が苦しい。それを余分に払ったらなお苦しくなるが、余分に払う分を免除しますというだけのことであって、今でも苦しい生活が変わるわけではないし、経済の低迷が続く限り、雇用状況も収入も改善されるわけではないから、元々生活に余裕のない中・低所得層にしたら、進行性の疾患のようにジリ貧状態になっていくしかない。
また如何にして「中間層の厚み」を増すかの解決策にしても、社会保障制度の『全世代対応型』への転換、子ども手当や幼保一体化を通した世代間公平性の実現、医療・介護制度面の不安解消と質の高いサービスの提供、若者、女性、高齢者、障害者の就業率の向上による『全員参加型社会』等々をスローガンにいいこと尽くめの美しい世界の実現を描いているが、すべては消費税増税を前提としていて、増税に成功して税収を上げたとしても、赤字国債の償還と社会保障給付費の年間の2兆~5兆の伸びが数年で食い尽くしかねない税収であって、早々には簡単には実現しない難題であるばかりか、雇用機会増加の契機となる上層に位置する大企業の景気が著しく回復する活発な経済活性が障害者に限ったことではない、特に若者の「就業率の向上」と税収増に貢献するのだが、あくまでも中間層を自立型に見立てて優先順位、重点順位をそこに置いているから、乏しい具体性をなお乏しくして、奇麗事に傾きがちな色彩を帯びた政策の数々に映る。
9月23日(2011年)野田総理国連総会一般討論演説――
野田首相「日本は、これまでも途上国の『国づくり』や『人づくり』を通じて、豊かな社会の実現に協力してまいりました。日本は自らの体験として、経済成長を実現する原動力が、強力な中間層であることを熟知しています。厚みのある中間層を育てるためには、一人ひとりが能力を向上させ、その能力を遺憾なく発揮できるような社会基盤の形成が必要です。このような視点に立ち、日本は引き続きODAを積極的に活用し、発展途上国支援に取り組んでまいります」・・・・
「日本は、これまでも途上国の『国づくり』や『人づくり』を通じて、豊かな社会の実現に協力してまいりました」と言うこと自体が既に奇麗事の描写となっている。確かに途上国全体の経済的な豊かさの構築――経済発展には貢献しただろう。だが、「豊かな社会の実現」という言葉は一切の矛盾を排除している。貧富の格差、教育の格差、男女格差、就業の格差等々の決して否定することはできない社会的矛盾を現実とし、内包させておきながら、「豊かな社会の実現」だとする鈍感なゴマカシがある。
様々な社会的矛盾が伴っていながら、「豊かな社会の実現に協力」したとすることができる合理的判断能力に矛盾した認識性が野田首相が掲げるいいこと尽くめの政策スローガンの実現の実体を象徴しているとも言える。
またここでも「経済成長を実現する原動力が、強力な中間層」だと断言、中間層を自立型に置いているが、その原動力が大企業等が所属する上層ではなく、「中間層」だと、トリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の原理とは無縁の主張を行なっている。
9月30日(2011年)野田首相記者会見――
野田首相「あの、私なりの理念は、たとえば所信表明演説などでも述べましたけれども、やっぱり中間層の厚みが今、薄くなってきて、しかも下にこぼれてしまったというか、まあ言い方ちょっと気を付けなければいけませんが、戻ることができなくなっている人たちが多くなっているという状況を打開をしていくと、中間層の厚みをもった国にすることが底力のある国であるというのが基本的な理念で、そういう国にしたときに、この日本に生まれてよかったと思える国の基本ができると思いますし、その先にはもっとプライドをもってこの国に来て良かったなと、そういう国にしていきたいという理念があるんです」・・・・
例えトリクルダウンが機能しなくなっていても、その機能を回復させて上層の底力を以てして中間層の厚みを確保し、中間層の底力へと反映させて下層にまで波及させ、国全体の底力とするという上から下へのトリクルダウンの原理に則るか、あるいは機能しなくなったトリクルダウンの原理にもはや頼らずに上層から中間層、下層まで底上げを図るとするのか、いずれかの論理によってではなく、果たして可能なのかどうか、中間層を出発点として、国全体の底力としたいと言っている。
11月11日(2011年)野田首相記者会見――
野田首相「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村、そうしたものは断固として守り抜き、分厚い中間層によって支えられる、安定した社会の再構築を実現をする決意であります」・・・・
「中間層」に対する熱いばかりの絶対信頼の信仰を前面に押し出して、矛盾のない日本の社会・制度の実現を描き出している。
税収不足と不的確な諸政策がもたらすことになっている税収を超える過剰な財政支出が医療制度に於いても農業に於いても様々な矛盾を内包させ、日本の社会を破綻状況に近づけている。
そのための各種行政改革であり、各種規制緩和であり、各政策に関する立案能力の向上でありながら、基本とすべきその方面の改革が、消費税増税を納得させる口実に利用はされているが、実質的には後回しの状況となっている。
11月15日(2011年)野田首相参議院予算委員会答弁――
野田首相「この国難を乗り越えて、この国に生まれてよかったという国をつくるためには分厚い中間層をつくることだと思います。
これは日本の底力でありました。で、その中間層を支えるために持続可能な社会保障、不安を取り除いてそれを支える税を当てていくという今の方針とTPPは、これまだこれから交渉参加に向けての協議でありますが、兎に角成長を果たさなければなりません。
成長がなければ、今日より明日が良くなるという発想は生まれてきませんので、そのために経済の再生を死力を尽くして行こうって言うことであります」
野田首相「分厚い中間層をつくっていくということは基本的にはやっぱ成長分野があって、中間層が厚くなっていくっていうことが必要になるというふうに思います」・・・・
ここで初めて「成長」が中間層発ではなく、中間層よりも「成長」を先に持ってきて、あるいは「成長」を上に置いて、「成長」の恩恵を以てして中間層を厚くするというトリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の原理に即した主張に変えている。
誰かに矛盾を指摘され、注意されたのか、今まで言ってきたことの否定に相当する。
但し既に述べたように世界経済のグローバル化の加速がトリクルダウンの利益循環、あるいは利益再配分を無効化し、機能不全とさせているという事実を覆すことはなかなかに困難なゆえに、この困難を乗り超えなければ、野田首相がここで初めて触れた成長を前提に置いた「分厚い中間層」の実現も不確かな約束となりかねない。
過度の円高が企業の国際競争力を失わせている。輸出産業のみならず、国内産業であっても、安い外国製品の移入によって経営が脅かされるに至っている。輸出産業、国内産業共に安い外国製品に太刀打ちするためには工場を海外に移転し、安い人件費と安い原料を得て、外国製品と価格の点で遜色ない安い製品をつくらなければならない。
トヨタ自動車の豊田社長は円高で国内操業が不利な状況に置かれていながら、2010年10月18日に「日本でのものづくりにこだわりたい。余程のことがない限り海外には行かない」(asahi.com)と記者団に宣言していたが、2011年11月9日付「毎日jp」記事によると、海外での現地生産比率を高める取り組みの一環として中国市場向け新型「カムリ」等に搭載の新型エンジン生産を中国広州市の工場で開始したと伝えている。
内需主体の小売業でありながら、ヤマダ電機が中国や韓国など海外家電メーカーからの商品調達を強化する方針だと「asahi.com」が伝えていた。
このことは国内の景気低迷による給与収入の伸び悩みや格差拡大に対応した措置であり、円高までを利用してより安価な商品を提供することで同業者に対抗、自社利益の一層の獲得を図るということでもあるはずである。
だが、この手の自社利益の獲得は当然のことだが、国産品の座を奪うことになり、国内企業の海外移転と同様に雇用減少という逆説を生む。雇用減少はなお一層の収入の減少と格差社会のなお一層の拡大を次の段階とする。
勿論、政府は手をこまねいているわけではない。企業の海外移転に歯止めをかけ、国内の雇用悪化防止対策としての国内立地補助金の拡充等に2011年度第3次補正予算案に福島対策1700億円を含む5000億円を計上しているが、企業の海外移転=国内の産業空洞化は止まりそうにない。
9月5日(20011年)付「MSN産経」記事によると、民間信用調査会社の帝国データバンクが円高に対する企業の意識調査を9月5日発表している。
輸出企業約2000社のうち12.6%が「海外の生産拠点を拡充・新設する」と回答。
12.0%が「海外生産比率を上げる」と回答。
23.4%が「海外調達を増やす」と回答。
4.7%が「国内生産を縮小する」と回答。
円高と円高に影響を受けた国内産業の空洞化の最大の被害対象は国内雇用ということになる。その上厚生労働省が企業の反対に関わらず方針としている希望者全員65歳まで雇用の義務づけと、パートに対する厚生年金適用拡大方針は国内立地よりも海外移転への誘惑をより強くさせるだろうから、国内雇用のジリ貧はなお一層の格差拡大を悪循環させかねない。
当たり前のことだが、日本の景気を回復させてGDPを上昇させるるには先ずは上層に位置する大企業とそれ以下が海外移転せずとも円高に対抗して国内操業し、利益を上げることができる経済構造に持っていかなければならない。だが、この利益が「戦後最長景気」時と同じように内部留保として滞留し、トリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の原理を作動させずに個人所得に十分に反映されないとしたら、GDP上昇のもう一つの主要な要因となる個人消費は、少なくとも中間層以下に於いての伸びは特に期待できないことになり、全体としてのGDPの押し上げはどっちつかずの状態となる。
当然、「戦後最長景気」のときのように大企業とそれに準ずる企業の一人勝ちの状況はつくり出せても、野田首相が期待しているようには中間層は分厚くならない。
大企業とそれに準ずる企業の一人勝ちとは金持ち、あるいは高額所得者の一人勝ちを相互対応とする。中間層以下は利益再配分のおこぼれに与ることができないということである。
と同時に政府税収の伸びは個人消費からの税収を欠いたものとなり、財政再建は消費税を主体とした各種増税への志向、あるいは社会保障給付費の圧縮といった住民サービスの抑制を常に傾向とすることになり、そのことによるさらなる消費抑圧が国内産業を圧迫するといったジレンマを抱えることになる。
勿論、大企業は内部留保を吐き出し、人件費にまわせという声は上がっている。だが、東京都の東日本大震災大量発生の帰宅困難者対策として都内企業に3日分程度の水や非常食の備蓄を求めるとする来年都議会提出方針の「帰宅困難者対策条例」は企業の内部留保に相当する備えであろう。
東日本大震災、ヨーロッパの金融危機、タイの洪水等々といつ見舞うかもどの程度の被害となるかも分からない災害に対する防備でもある。為替変動に対する備えもある。
世界的な経済グローバル化の時代に於いて大企業とそれに準ずる企業が海外移転せずとも円高に対抗して国内操業し、利益を上げることができる経済構造とは新興国の低い法人税率と海外の安価な人件費と安価な原料に対抗しうる国内の低い法人税率であり、安価な人件費と安価な原料獲得を條件とすることによって成り立ち可能となる。
法人税率はさておき、国内に於ける安価な人件費と安価な原料入手の保証は当然の流れとして所得の格差拡大に拍車をかけることになる。可能な限り海外から安価な原料を調達し、いつでもクビを切ることができて雇用調整が可能な非正規社員大量採用という形で安価な人件費を可能な限り調達する流れでやってきたことからの現在の格差二極拡大化であり、今後とも続いていくなお一層の拡大が大企業とそれに準ずる企業が海外移転せずとも円高に対抗して国内操業し、利益を上げることができる経済構造ということになる。
10月3日(2011年)日銀発表の9月の「生活意識に関するアンケート」は個人の景況感を示す指数をマイナス62.4とし、前回6月調査より2.9ポイントの下落としている。
景気判断は――
「景気は良くなった」――1.7%(6月調査1.9%)
「変わらない」――33.7%((6月調査36.2%)
「悪くなった」――64.1%(6月調査61.4%)
景気判断の根拠について見てみると――
「自分や家族の収入の状況から」――47.9%(6月調査45.4%)
「勤め先や自分の店の経営状況から」――3 5.4%(6月調査37.2%)
「マスコミ報道を通じて」――32.5%(6月調査29.7%)などとなっている。
景況感とは景気が1年前より「良くなった」の答の割合から「悪くなった」の答の割合を引いた指数だから、個人消費は景況感に対応していることになり、また消費抑制の誘因ともなる。
その一方で高額消費は好調だとマスコミは伝えている。一般的な国民が景気が悪くなっていると把えて財布の紐を閉めている状況に反して数千万円もする超高級車が堅調な売れ行きを示していて、外車メーカー各社は最近、日本での新型車を相次いで発表しているという。
一方が消費を推し進め、もう一方が消費を抑制するこの状況も格差二極拡大化の顕著な兆候を示す事例となる。
また「asahi.com」記事が伝えているが、今春入社大卒初任給平均が前年比2.3%増・2年ぶり増加の20万2千円で、2001年の調査開始以来、初めて20万円台に乗ったのに対して高卒初任給前年比0.8%減15万6500円は7年ぶり減ではあるが、世界的な貿易自由化への傾斜が企業の国際間競争を激化させて経済の一層のグローバル化を促すことになり、各企業は自己防衛本能を強化して内部留保に務めざるを得ないだろことを踏まえると、大卒・高卒の初任給格差拡大は国民全般に亘る将来的な一層の格差二極拡大化波及への予兆となり得る現象と言えないことはない。
記事は大卒初任給の上昇は大企業を中心に企業業績がリーマン・ショックからの回復基調にあり、優秀な人材を確保しようと初任給を上げる動きが広がったことが原因だとしているが、そのことだけでは終わらない、優秀な人材と優秀ではない人材との格差二極拡大化を答としているはずである。
厚労省幹部「高い技術や知識を持つ大学生は企業の奪い合いになっており、高校生との初任給の差が広がっている」
大学生と高校生の間の格差拡大のみで終わらず、大学生間でも格差拡大は生じる。より必要とされる人材が経済的に優遇されるエリートとして高い場所に位置づけられ、それ以外の人材の必要性は下方向への段階化を受ける。
皮肉なことに人事とその待遇に関してはトリクルダウンの原理が厳格に作動して、上から順に下へと向かって先細りする形で見事に形成されていく。
このようにトリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の原理が機能しなくなって以来、日本の世界に対する全体的な経済的地位が例えジリ貧であろうとなかろうと、大企業が軒並み戦後最高益を出す利益を上げようが上げまいが、格差二極拡大化が国を覆うことになった。
このことを逆説するなら、政治は格差解消と言い、格差解消に向けて様々な政策を打ちながら、格差二極拡大化によって国の経済を成り立たせてきたことになる。
世界第1位の経済大国アメリカを典型的な例とすることができる。インターネット上には〈アメリカでは20%の富裕層が社会全体の富の93%を独占して、残りの80%の人々が7%の富を分け合っている〉という言葉が氾濫している。このような格差が経済大国世界第1位の座を保証していたのである。
とすると、現在日本の民主党が推し進めようとしているように短絡的に格差解消を図る政策は却って企業活動の自由度を奪って、国の経済的地位を脅かしかねないことになる。
次の記事がアメリカに於ける富の独占の傍証となる。《米国の最富裕層の収入、約30年で3倍に増加》(ロイター/2011年 10月 26日 13:52)
1979~2007年の納税後の平均実質家計収入の伸び率(米議会予算局の報告書)。
最高所得層(人口の1%) ――275%の伸び率
高所得層(人口の19%) ――65%の伸び率
中間所得層(人口の60%)――40%以下の伸び率
最低所得層(人口の20%)――18%の伸び率
伸び率が大きければ、独占という形を取る。中間層以下も伸びているが、2008年9月のリーマンショックに端を発した世界同時不況以降、マイナスに転じている中間層以下が多いはずだ。
このことはまたトリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の原理が機能していない状況、無効となった状況を示しているはずだ。
グローバル化の名の下の世界規模の物流、あるいは国際競争力獲得の名の下の海外立地が世界の隅々にまで経済の広範囲化を加速させていく今後の時代に対応させてこれまで以上に格差二極拡大化によって国の経済を成り立たせなければ国が立ちゆかないと言うことなら、そのことへの異議申立てとして発生した世界中に拡大した反格差デモの拡大(2011年10月中旬時点で82カ国951カ所に広がっている)ということなのだろうが、また反格差デモは格差二極拡大化が世界中を覆っていることの証明でもあるが、社会の格差二極拡大化は否定し難い現実だと直視し、格差二極拡大化に立ちつつ、国の政策を上層・中下層に二極化させて対応、上層の利益に最大限に応じて先ずは上層を富ませ、トリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の無効化を勘案して、野田首相の中間層を分厚くの主張に反するが、中下層以下の利益に配慮する政策を二番手とすることで国の経済を成り立たせる以外に方法はないのではないだろうか。
以上を纏めると、大企業とそれに準ずる企業がトリクルダウンの利益循環機能、あるいはトリクルダウンの利益再配分機能を無効化したゆえに中・低所得層に利益が行き渡らず、格差二極化が拡大している。政治がそれを是正すべく上層の利益圧縮の格差解消政策を施すと企業活動の足を縛ることになって経済が縮小し、それが雇用の収縮等を招いて逆に中・低所得層の利益を吸い上げることになり、却って格差二極化是正の障害となる。
政治が中・低所得層救済策として社会保障給付等に向けてカネを流すと、財政を圧迫し、上層と中・低所得層との共倒れとなりかねない危険性から消費税増税を図るとしても、10%やそこらでの増税では追いつかない悪化した財政事情を抱えていて、さらなる増税が景気悪化との悪循環に陥って、格差二極化は残ることになる。
では、どうしたらいいかと言うと、最初に触れたように格差二極拡大化の現実を踏まえながらも、いわばその現実を否定せずに受け入れて、上下に二極化している格差に対して上下それぞれに対策を拡大化することによって、逆に格差のバランスを取る政策を現状の迷路を脱する方策とすることが賢明ではないだろうか。
少し前に触れたように、上層の利益に最大限に応じて先ずは上層を富ませ、トリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の無効化を勘案して、中・低所得層の利益に配慮する政策を二番手とする方法である。
言葉を替えて言うと、上層方向、中・低所得層方向にそれぞれに向けた政策を両方向それぞれにプラスマイナスの関連性を持たせながら、格差二極拡大化の許容の範囲内で上層の利益を保証する一方で中・低所得層に可能な限りの利益を付与し、トリクルダウンの利益循環、あるいはトリクルダウンの利益再配分の無効化の代償とする政策である。
では具体的に上層、中・低所得層それぞれに対してどのように政策を進めていくべきか、考えてみる。
《現実直視からの格差二極拡大化社会を国の形とする(2) - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》に続く
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