野田首相の過去の内閣編成謳い文句のウソにウソを重ねた、国民目線なしの第3次改造内閣謳い文句のウソ

2012-10-02 05:04:44 | Weblog

 野田第3次改造内閣の顔ぶれがなかなか評判がいい。

 先ず代表的な評価を見てみる。
 
 自見庄三郎国民新党代表「実務的で精力的。若々しく、エネルギーに満ちた内閣だ」(MSN産経

 人間歳を取ると、5歳年下の人間を見るだけで、能力とは無関係にその存在感に眩しさを印象づけられるようだ。だから、若い女の子を見ると、手を出さないでは我慢できなくなる。

 その他、高い評価としては、「在庫一掃セール」、「たらい回し人事」、「幕引き内閣」等々がある。

 野田首相は昨日の第3次改造内閣組閣記者会見で陣容編成の目的を次のように発言している。

 野田首相「今般の内閣改造は、山積する内外の諸課題に対処する上で、政府・与党の連携を一層深め、内閣の機能を強化するために行うものであります」――

 渡部恒三民主党最高顧問は次のように評価している。
 
 渡部恒三民主党最高顧問「国民から見て、未来に輝かしい希望を持てるような人がいないが、『あの大臣では困ったな』という人もいない。『60点内閣』か『まあまあ内閣』だ」(同MSN産経

 「国民から見て、未来に輝かしい希望を持てるような人」を配置していない代わりに、「あの大臣では困ったな」という人も配置していないと言っている。

 何て言ったって民主党最高顧問の渡部恒三の慧眼である。内閣を無難に運営することを目的とした陣容であって、国民に希望を抱かせる目的の組閣ではないと見抜いたというわけである。

 あるいは最初からそういった目的の改造内閣であることを知っていて、単に解説してみせたのかもしれない。

 「『あの大臣では困ったな』という人もいない」と言っていることは、これまでの野田内閣では「あの大臣では困ったな」という人がいたということを意味する。

 いわばこれまでの野田内閣は万全の陣容・万全の態勢ではなかったということになる。だから、内閣を無難に運営できることを目的とした改造内閣が必要になった。

 但しである。野田首相自身は万全の陣容・万全の態勢であることを常に宣言してきた。

 どちらの言っていることが正しいのだろうか。

 野田内閣は2011年9月2日発足。この内閣陣容を自身は「適材適所」だと表現した。

 【適材適所】「人の能力・特性などを正しく評価して、ふさわしい地位・仕事につけること」(『大辞林』三省堂)

 要するに野田首相は初組閣に当たって、所属各議員の能力・特性などを正しく評価して、それぞれに相応しい大臣職に就けた。

 当然、自らの能力・特性などが正しく評価され、それらの資質に相応しい大臣職に任命された一人残らずの議員は評価通りの力を発揮した。

 このような結果を予定調和として、初めて適材適所は正当性を得る。

 一人でも評価が外れたら、いわば適材ではない人物が一人でもいたなら、適材適所はウソとなる。

 閣僚人事はそれ程にも責任は重いということであろう。

 国家運営に関わってくることだから、少なくとも一人でも期待外れをつくり出してはいけないという責任感と気概を以って人事に当たらなければならないはずだ。

 逆に全ての閣僚任命に於いて適材適所を結果責任とすることができたなら、その内閣は力を発揮し、国益向上に貢献、国民の支持も上がるはずだ。

 だが、2011年9月2日発足の野田内閣は各陣容が適材適所であったにも関わらず、約4ヶ月しか経過していない2012年1月13日に内閣を改造。陣容に不足を感じたからこその改造内閣であったはずだ。

 いわば適材適所だと宣言した内閣は適材適所ではなかった。

 このことは2012年1月13日の第1次改造内閣記者会見の発言が証明する。

 野田首相「最善かつ最強の布陣を作るための、今回は改造でございました」

 要するに最初の内閣は「最善かつ最強の布陣」ではなかったと、適材適所を否定している。

 ということは、野田首相には「人の能力・特性」等に対する評価能力を欠き、「ふさわしい地位・仕事につける」人事マネジメント能力を欠いていたことを約4ヶ月の内閣運営で既に露見させてしまったことになる。

 真に適材適所を結果とすることができていたなら、内閣改造は必要ではなかったはずだ。

 当然、最初の組閣で「適材適所」と言ったことは少なくとも結果的にはウソとすることになった。

 他者評価能力を欠き、人事マネジメント能力を欠いた指導者が一度ウソをついた人事を次は事実とすることができるのだろうか。

 もし党内力学から、他の実力者の押し付けで適材適所とは言えない、あるいは「最善かつ最強の布陣」から外れるような人物を大臣に付けなければならなかったということなら、野田首相の指導力が問題となる。

 また、例え後者であったとしても、自身の他者評価能力に基づいて「適材適所」と言い、「最善かつ最強の布陣」と言ったはずだから、言葉のウソ・ホントに対する責任は免れることができるわけではない。

 2012年1月13日の第1次改造内閣で、「最善かつ最強の布陣」だと、その適材適所を誇ったものの、約4カ月と20日経過しただけで、「最善かつ最強の布陣」でありながら、2012年6月4日、再度内閣改造を行なっている。

 プロ野球にしたって、「最善かつ最強の布陣」なら、誰かが怪我をして登録メンバーから外されなければ、チームメンバーは1シーズンは続くものである。

 内閣改造は「最善かつ最強の布陣」ではなかったことの証明でしかなく、「最善かつ最強の布陣」の謳い文句はウソに過ぎなかったことになる。

 野田首相は一度のウソではなく、二度までウソをついた。
 
 2012年6月4日、野田首相は第2次改造内閣組閣に関して記者会見を開いている。

 野田首相「今回、内閣の機能強化という視点の下で改造を行わせていただくこととなりました」

 要するに「最善かつ最強の布陣」はウソの適材適所だったから、内閣機能が不完全状態にあった。そこで内閣機能を強化するために内閣改造が必要となった。

 野田首相が第2次改造内閣で、内閣機能強化を謳い文句どおりに実現させることができたとしたら、断るまでもなく、その改造内閣は当分続くことになるし、続かなければならないことになる。

 人事は短期間でそうそういじるものではないからだ。

 ところが、2012年6月4日第2次改造内閣発足から4ヶ月足らずの2012年10月1日、要するに昨日、第3次改造内閣を発足させることになった。

 同10月1日の記者会見で次のように改造の目的を発言している。

 野田首相「今般の内閣改造は、山積する内外の諸課題に対処する上で、政府・与党の連携を一層深め、内閣の機能を強化するために行うものであります」

 「政府・与党の連携を一層深め」と言っているが、政府・与党の連携は常に緊密でなければならないはずで、緊密化達成は野田首相自身の他者評価能力や人事マネジメント能力、これらの能力を下敷きとした何よりも指導力が問われるのであって、実際には満足できる程の緊密関係とはなっていなかったということは、野田首相自身の指導力等の各能力の問題となる。

 しかも第2次改造内閣記者会見で、「今回、内閣の機能強化という視点の下で改造を行わせていただくこととなりました」と言って、内閣機能強化の内閣改造だと謳いながら、今回も内閣機能強化を謳っている。

 つまり4ヶ月間、内閣機能強化という点で野田首相は無為無策のまま過ごしてきたことになる。

 「適材適所」もウソ、「最善かつ最強の布陣」もウソ、前回の「内閣の機能強化」もウソということなら、今回の「内閣の機能を強化」も当然、ウソにウソを重ねたウソと見做さざるを得なくなる。

 僅かな上下の変動はあるものの、野田内閣支持率が低空飛行状態にあることも各内閣陣容編成の謳い文句をウソとしていたことの結果値であろう。

 大体が第3次改造内閣の閣僚継続率44%・交代率56%のあまりにも酷すぎる変動である。大方が指摘しているように民主党最後の政権ということで、野田体制構築功労者を主要閣僚以外は万遍なく配した内閣改造だから、こういった閣僚継続率44%・交代率56%の結果を招いたということなのだろう。

 主要閣僚以外は功労者の万遍のない配置が目的だから、渡部恒三が言うように「国民から見て、未来に輝かしい希望を持てるような人がいないが、『あの大臣では困ったな』という人もいない。『60点内閣』か『まあまあ内閣』だ」といった全体評価となったはずだ。

 いわば今度の組閣は国民に目を向けた組閣ではなく、党内の野田体制構築功労者に目を向けた組閣だった。

コメント (2)
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