6月26日(2012年)午前、消費増税を柱とする税と社会保障の一体改革関連法案民主・自民・公明3党提出修正案が衆院特別委員会で3党と国民新党の賛成多数で可決された。
民主党から小沢元代表や鳩山元首相等、消費税増税法案に57人の反対、16人が欠席もしくは棄権の大量の造反者が出た。
その前日の6月25日の衆院一体改革特別委員会質疑。
石原伸晃自民党幹事長「(関連法案の)やるべきことをやり抜いたら、解散の判断をするのか」
野田首相「適切な時期に国民の信を問うのが基本線だ」(YOMIURI ONLINE)
自民党が、公明党も同じだが、解散を交換条件に修正協議に応じてきたことが分かる。但し質疑の内容から、野田首相は確約を与えていない。
と言っても、自公が修正協議に応じてきたについては野田首相側から何らかの匂わせはあったはずだ。ご馳走の匂いすら嗅がせられずにホイホイと修正協議に応じてきたとは考えにくいし、自公にしてもそれ程お人好しではあるまい。
法案可決の6月26日から6日後の7月2日、民主党の小沢一郎元代表が消費税増税法案可決に反対して、衆院40人、参院12人のグループ議員と共に民主党に離党届を提出。
7月11日、最終的には49人が参加して新党「国民の生活が第一」を結成。
1ヶ月近い8月7日、「国民の生活が第一」、みんなの党等野党6党が、「消費税増税は、民主党の政権公約に違反するもので、野田内閣は信任に値しない」(NHK NEWS WEB)とする提案理由――消費増税を柱とする税と社会保障の一体改革関連法案参院可決・成立阻止に向けて内閣不信任決議案を衆議院に、野田首相に対する問責決議案を参議院に共同提出。
その翌日の8月8日、野田首相・谷垣自民総裁・山口公明代表が会談。ここで例の有名となった、誰かが「近いうちに」と言うと、「近いうちとはいつのことだ」と混ぜっ返しを誘うこととなった、「近いうちに国民を信を問う」というセリフが野田首相の口から発せられた。
この曖昧な解散時期提示は「国民の生活が第一」以下の野党共同提出内閣不信任案と問責決議案に対する自公の同調、可決を避け、法案の参院可決・成立へと持っていくためのカードであるのは誰の目にも明らかである。
解散をエサに野党共同提出内閣不信任案の否決と法案成立を釣ろうとしたと言ってもいい。
会談後の野田首相
野田首相、「(解散時期明示という)そういうやり取りはしていない。総理大臣として、解散の時期を具体的に明示するということは控えなければならない。そういう立場について理解してもらった」(NHK NEWS WEB)
要するに「総理大臣として、解散の時期を具体的に明示するということは控えなければならない」という口実で、法案が成立した暁には「近いうちに」というギリギリの時期提示で勘弁して貰ったということなのだろう。「総理大臣として、これ以上のことは申し上げられません」とか何とか言って。
この「近いうちに」の切札が功を奏したの言うまでもない。
8月9日、内閣不信任案野党共同提出から2日後、衆議院本会議で採決が行われ、自民・公明両党の殆どの議員が欠席の中、民主党内で一部議員の造反があったが、民主党等の反対多数で否決。
自公議員の欠席は解散を求めていた手前、反対票を投じるわけにはいかなかったことなのは誰の目にも明らかである。
要するに野田首相は解散の切札を「近いうちに」とチラッと見せただけで解散を乗り切ったのである。
“見せただけ”というのは今以て解散カードを切っていないからだ。近いうちに切ると見せかけて、実際には切っていないのだから、なかなかの強か者である。
ここには綱渡りに似た賭けがあるだろうから、強かなギャンブラーと評することもできる。
逆に谷垣自民党総裁は野田首相から解散カードをチラッと見せられただけで「国民の生活が第一」以下の野党共同提出内閣不信任決議案採決に欠席、野田首相の首をつないでやって、自身は9月26日自民党総裁選への立候補断念に追い込まれて、つながっていた総裁の首を斬り落とされてしまったのだから、野田首相の強かさから見たら、甘かったと言わざるをえない。
自民党内の早期解散要求派は谷垣総裁の対応を野田政権の延命に手を貸したと批判。そのせいか、自民党は8月20日になって、29日にも参院に首相問責決議案を提出する方針を固めた。
この理由は谷垣総裁が野田首相の解散チラリズム「近いうちに」を9月7日の今国会閉会までと見做していて、〈8月末までに解散がない場合は問責可決によって国会審議をストップさせ、解散せざるを得ない局面に首相を追い込む狙いがある。〉(MSN産経)ということらしい。
党内の野田延命加担の批判も要因となっていたのかもしれないが、野田首相が8月1日に古賀連合会長と会談、来年度の予算編成に意欲を見せたことも背景にあったに違いない、「近いうちに」が果たして実際に「近いうちに」なのか、矛盾するが、遠い先の「近いうちに」なのか、疑心暗鬼に駆られたということもあったはずだ。
自民党の問責提出方針に公明党も同調、8月28日夕方、野田首相に対する問責決議案を参議院に共同で提出。
翌8月29日、自民・公明両党提出の問責決議案が反対多数で上程されなかったのに対して野党共同提出の問責が自民党も加わって賛成多数で本会議採決が確定、採決の結果、公明党は欠席したが、自民党が加わったことで賛成多数で可決。
消費増税を柱とする税と社会保障の一体改革関連法案成立に協力・賛成していながら、問責で野田首相を否定した自民党の対応は分かりにくいと批判されたが、谷垣自民党執行部の主目的は野田首相に解散の切札を切らせて政権に返り咲き、谷垣総理大臣として国政に君臨することだから、さして矛盾があるとは言えないが、肝心の野田首相がのらりくらりと切札を切ると見せて切らないものだから、焦りに駆られて、つい野党共同提出の問責に飛びついてしまったといったところに違いない。
但し自公は早期解散を求める立場から、問責決議案可決を理由として以後の政府提出法案の審議に応じない方針に出て、国会審議が民主党議員のみの出席による審議はあったが、実質的な審議はストップすることになった。
そして9月7日の今国会閉会。
9月21日民主党代表選で野田首相再選。9月26日自民党総裁選で安倍晋三国家主義者が返り咲き。
首をつなげたのは野田首相であった。解散の切札を切ると見せかけるチラリズムのみで実際には切らなかった強かさは谷垣総裁の比ではなかったということなのだろう。夢に見たに違いない総理大臣の夢は安倍晋三に譲ることになる情勢にある。
安倍晋三とて、野田首相に解散の切札を1日も早く切らせて、再度の自民党政権、再度の安倍晋三総理大臣を夢見ているはずである。
「近いうちに国民に信を問う」が2ヶ月も経過し、「近いうち」が効き目を失ってすっかり色褪せていた。言葉の色褪に反比例して、同じ政権の座を降りるにしても1日でも長く政権を手放すまい、総理大臣の椅子を1日でも長く維持したい執念は野田首相の中でねっとりと光り輝かせているに違いない。
一方野田首相の方は赤字国債発行法案を可決・成立させないことには予算執行が滞ることになり、解散切札のチラリズムの媚態で迫ることなく、これ以上迫ったなら、下手をすると押し倒されてしまうと危険を感じたのかもしれない、自公に可決・成立の協力を求めたが、対して自公は衆議院年内解散の確約がない限り協力できないとの姿勢を保持、平行線を辿ることになった。
10月19日、野田首相は安倍自民党総裁、山口公明党代表と会談。
会談は解散の切札を挟んで攻防したようだが、物別れに終わった。2人が1人にかかって解散の切札を切らせることができなかったのだから、相手は相当に切らせまい、切るまいと必死になっていたに違いない。
これまではチラリズムが効いてきたが、「オオカミ少年」と同じで、何度も同じ手の繰返しとなると、相手は反応しなくなる。だからと言って、チラリズムを超えて解散の切札をテーブルの上に見せてしまったなら、自分の方から政権と総理大臣の椅子を投げ出すようなことになる。
《党首会談物別れで攻防激化へ》(NHK NEWS WEB/2011年10月20日 7時0分)
会談後の記者会見。
野田総理大臣「『近いうちに国民に信を問う』と言った発言の重みは自覚している。だらだらと政権の延命を図るつもりはなく、条件が整えばきちんと判断したいとあえて申し上げたが、理解をいただけなかった」
「発言の重みは自覚している」だと。事実自覚していたなら、「近いうちに」の一般的な意味での常識の範囲を超えるはずはない。チラッと見せただけの解散の切札に過ぎなかったから、いくらでも「近いうちに」の常識の範囲を超えることができる。自公がうるさく催促しなかったなら、来年の衆院任期まで居座るはずだ。
「だらだらと政権の延命を図るつもりはな」いと言っているが、決して「だらだら」ではない。チラリズムを巧みに用いてきたところから見ると、「のらりくらり」である。「のらりくらりと延命を図ってきた」。ドジョウと言うよりもウナギに近い。
また、「条件が整えばきちんと判断したい」と尤もらしげにに抜けぬけと言っているが、何を以て「条件」とするかを提示しなかったからこそ、物別れに終わったはずだ。記事が伝えている山口代表の発言もこのことを証明している。
山口代表「『近いうちに』の約束をどうするのか明確にすべきなのに、何もないのは非常に国民をバカにした話だ」
何を以て「条件」とするかを提示しないままなら、「近いうちに」のチラリズムが全然当てにならなかったのである。「条件が整えばきちんと判断したい」だけでは、「近いうちに」よりも遥かに始末の悪い、掴みどころの全然ないカラ約束同然ということになる。
「まだ整っていない」と言えば、無期限とすることだってできる。
ドジョウと言うよりもウナギに近いと書いたが、最早人間を誑(たぶら)かす狸である。
自民党最後の首相となった麻生太郎がそうなりたくない執念から解散を先送りしたのと違って、次期総選挙でほぼ敗北の情勢にあることから、1日でも政権期間を先延ばしに先延ばししたい、首相在任期間を1日伸ばしにしたい執念から、いわば1日でも短くするわけにはいかない立場から、野田首相をして強かにし、解散要求をのらりくらりとかわすなかなかのギャンブラーにしているはずだ。
国民よりも最後は自分である。