野田首相の海自観艦式訓示は政治の機能を念頭に置いた軍隊の機能要求だったのだろうか

2012-10-16 03:29:36 | Weblog



 野田首相が一昨日2012年10月14日、神奈川県相模湾で行われた海上自衛隊観艦式で訓示を述べている。自衛隊の観艦式は昭和32年以降、ほぼ3年に1回行われ、今年で27回目だそうだ。

 首相官邸HPから訓示内容を全文引用して、言わんとしていることの妥当性を見てみる。重要と思える言葉は文字を強調した。

 《2012年度自衛隊観艦式 野田内閣総理大臣訓示》(2012年10月14日)

 昨年の航空観閲式に続き、本日の観艦式において、観閲官として多くの隊員諸君に直接訓示をする機会を得たことは、最高指揮官たる内閣総理大臣として、大いなる喜びとするところです。
 本艦「くらま」を中心とする艦艇、航空機の威風堂々たる雄姿。統率の行き届いた一糸乱れぬ艦隊運動。そして士気旺盛な隊員諸君の規律正しく、真剣な眼差し。今日、私はこれらを目の当たりにして、この国に自衛隊があることの誇らしさを、改めて心に刻んでいます。

 この観艦式が、諸君の日頃の訓練の成果を示し、諸君がその胸に秘めた使命感と覚悟を一人でも多くの国民に知っていただく重要な機会となることを信じて止みません。

 海洋国家・日本の「礎」である海。我が国最大のフロンティアである海。我が国の海を守るという諸君の職責は、日本人の存在の基盤そのものを守ることに他なりません。

 今年は海上自衛隊の前身である海上警備隊が発足してから、60年という節目を迎えました。我が国をめぐる安全保障環境は、かつてなく厳しさを増していることは、改めて諸君に申し上げるまでもありません。「人工衛星」と称するミサイルを発射し、核開発を行う隣国があります。領土や主権を巡る様々な出来事も生起しています。その一方で、自衛隊の活躍の場面は、我が国周辺のみならず、世界各地にまで拡がるようになりました。我が国の平和と独立を保ち、国民の安全を守るという自衛隊創設以来の使命の核心は不変ですが、新たな時代を迎え、その使命は少しずつ形を変え、重要性を増しています。

 そのような中にあって、本日は諸君に3つのことを求めたいと思います。

 まず、諸君に求めたいのは、部隊の力を磨きあげよ、ということであります。
 
 新たな時代にあって、諸君は様々な新しい任務を与えられ、難しい任務を与えられ、厳しい場面に遭遇することも増えると思います。それを立派に果たし切る力を平素から養って下さい。「防衛大綱」に従って「動的防衛力」を構築し、磨きあげて下さい。いざという時、何が求められるのか、それぞれの部署で徹底的に検証し、訓練に励んで下さい。

 諸君は、単に存在することだけで抑止力となるのではありません。鍛え抜かれ、磨き抜かれた諸君一人一人の日々の努力があってこそ、防衛力が具体的な裏付けを持っていくのであります。

 2つ目に諸君に求めたいのは、果敢に行動する勇気であります。

 かつてない状況のもとで、これまで経験したことのない局面、プレッシャーを感じる場面に向き合うこともあるでしょう。

 しかし、皆さんは国家の安全を守る最後の拠り所です。国防に「想定外」という言葉はありません。困難に直面した時にこそ、日頃養った力を信じ、冷静沈着に国のために何をするべきかを考えた上で、状況に果敢に立ち向かって欲しいと思います。いつの時にでも局面を切り拓く力は、最後は諸君一人一人の勇気にかかってくることを忘れないで下さい。

 そして、3つ目に諸君に求めたいのは、「信頼の絆」を広げていくことであります。

 先の東日本大震災での災害派遣では、「すべては被災者のために」という思いで災害対応に当たった10万の隊員の真心が、国民に深い感動を与えました。被災地で、自らは数週間カンメシしかとらず、炊き出しのご飯や豚汁を被災者に提供し続けた隊員諸君の心は、被災者との心の絆を深めたに違いありません。

 また、米軍と自衛隊が共同対処したトモダチ作戦の成功は、日米同盟に結ばれた日米両国の絆を固く結びつけました。これからの日米の動的防衛協力を深めていく大きな拠り所となっていくことでしょう。

 さらに、諸君の同僚が、遠くソマリア沖・アデン湾において海上交通の安全確保の任に当たっていることは、我が国の海運に携わる人々との絆を強めるとともに、世界各国との絆も深め、日本という国全体への信頼を高めてくれています。

 そして、厳しく危険な任務を遂行するに当たって、常に諸君を支えてくれる家族との絆への感謝の気持ちも常に抱き続けてほしい。そう願います。

 最後に、海軍の伝統を伝える「五省」を改めて諸君に問いかけます。

 至誠にもとるなかりしか。
 言行に恥づるなかりしか。
 気力に欠くるなかりしか。
 努力にうらみなかりしか。
 不精に亘るなかりしか。

 諸君なら、この「五省」の問いかけを胸に、国を守るという崇高な使命を必ずや果たしてくれると信じます。常に国民に寄り添って、優しき勇者であり続けてくれると信じます。

 今こそ、国民の高い期待と厚い信頼に応える自衛隊であるために、諸君が一層奮励努力されることを切に望み、私の訓示とします。

 インターネットで調べたところ、「五省」とは旧海軍で将校生徒の教育を行っていた江田島海軍兵学校に於いて使用していたもので、五つの自省、自らを省みる「自戒の言葉」として求めたものであったという。

 野田首相は色々と欲張って要求している。政治の、自衛隊という軍隊に対する要求である。

 だが、政治が軍隊に要求する前に国民が政治に要求しなければならない資質の類でもあるはずである。

 いわば政治が軍隊に要求する前に国民に対して政治が応えなければならない資質の類であろう。

 政治がこれらの資質を国民に対して応えているなら問題はない。果たして応えていると言えるだろうか。

 例えば「我が国の海を守るという諸君の職責は、日本人の存在の基盤そのものを守ることに他な」らなくても、このことを軍隊の職責とする前に政治が「日本人の存在の基盤そのものを守る」役目を職責としていなければならないはずだ。

 また、「皆さんは国家の安全を守る最後の拠り所です」と言っているが、「国家を守る最初の拠り所」は政治が果たすべき役割であって、政治が機能しないことには軍隊が安全を守るべき国家の体をなさないことになるのは自明の理である。

 いくら優秀な軍隊であっても、軍隊の機能は往々にして政治の機能の影響を受けて機能不全に陥ることになるからだ。

 例えば政治が外交戦略やその他に於いて無能であったなら、軍隊はその無能の負担を負うことになって、軍隊の機能は阻害されることになる。

 このことは軍隊に限ったことではない関係性であろう。

 最近の例で言うと、尖閣諸島国有化に関わる対中領有権紛争で日本の政治が無能であるがゆえに中国の一連の反発に対してもまともに中国と向き合って解決する術を持てないまま、中国の対日経済圧力によって日本の経済に負担をかけ、その経済機能を阻害している面があるはずである。

 戦前の戦争に於いては軍上層部の無能と政治の無能が勝ち目のない戦争を招いて各戦闘部隊の機能の発揮どころである戦術に負担をかけ、徒に人命と軍需物資を消耗させ、敗戦によって国土の破壊を導いた。

 将棋の駒を生かすのも死なすのも指し手の戦略にかかっている。政治が機能し、軍上層部が機能して初めて兵士は機能する。あるいは戦闘は機能し、そのような政治の機能と相呼応した軍隊の機能が国家の安全を守ることができる。

 何よりも最初に政治の機能を持ってこなければならないはずだ。

 2010年11月4日の尖閣諸島沖中国船衝突事件でも対中外交に主導権を発揮できず、中国の顔色を窺う、恐る恐るの従属外交を展開するのみであったし、今年の4月13日の北朝鮮ミサイル発射でも情報把握に混乱をきたし、発射とその失敗の経緯を正確に把えることができなかったばかりか、発射を知らせる全国瞬時警報システム(Jアラート)にしても各地で障害を起こした。

 このような政治の機能不全の前で軍隊が機能を求められたとしても、十全な力を発揮し得るだろうか。

 国内政治に於いても満足に機能しない状態が続いている。このことは福島を含めた被災地の復興の遅れや経済の長い停滞となって現れている。

 政治が機能しないのに対して軍隊のみが機能した場合、軍隊の発言力が強まり、時にはシビリアンコントロールを離れて暴走する危険性を抱えかねない。

 政治が機能してこそ、シビリアンコントロールは機能する。

 戦争にしろ、軍事介入にしろ、平和維持軍派遣にしろ、政治に決定権があるのであって、軍隊にあるのではない。軍隊は政治の決定権下にある。

 このような政治が機能していない中での欲張った要求となっている海上自衛隊観艦式訓示である。

 果たして野田首相は政治が機能していないことを認識していて、軍隊の望むべき機能を要求したのだろうか。

 野田首相は海上自衛隊員に「海軍の伝統を伝える『五省』」を問いかけているが、軍兵士が体現する前に政治が体現しなければならない姿勢であるはずだ。

 政治は軍隊に問いかける前に、国民が問いかけるまでもなく、政治が応えているだろうかと自省心を働かせて自戒としなければならない姿勢の数々であろう。

 もし政治が自ら体現していない姿勢でありながら、軍兵士に問いかけたとしたら、偽りも甚だしい。

 至誠にもとるなかりしか。
 言行に恥づるなかりしか。
 気力に欠くるなかりしか。
 努力にうらみなかりしか。
 不精に亘るなかりしか。

 日本の政治は果たして大きな声で胸を張って、「このような姿勢を自らの姿勢とすることはなかったし、今後共姿勢とすることなない」と答えることができるのだろうか。

 無意識のうちに政治の機能不全、政治の弱さの埋め合わせとして旧大日本帝国海軍を模範として頭に描いた強い軍隊、勇ましい軍隊、機能する軍隊を求めたとしたら、政治の軍隊への依存を内なる衝動としていると言えなくもない。

 領土を守るのも主権を守るのも国民の生活を守るのも、日本の経済を守るのも先ずは政治の機能である。軍隊の機能を要求する前に政治の機能は常に先頭に立っていなければならない。

 野田首相は政治の機能をすべての先頭に立たしめているのだろうかという自戒のもとに訓示に当たったのだろうか。

 そういった自戒は一切無く、単純に観艦式だからと言って、自身が頭に描く理想的な軍隊の在り様をあれこれ要求したということなのだろうか。

 どうも後者に思える。

 だとしたら、最高指揮官としての資格のない首相が最高指揮官として訓示したという滑稽な倒錯図となる。

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