東電福島第1原発敷地内の放射能汚染水を貯めておく貯水槽から水漏れが生じて、放射能汚染水が地下水と共に海に流出している問題で、8月7日、政府は原子力災害対策本部会合を開催。本部長は我が安倍晋三総理大臣。
《首相 汚染水問題で対策を指示》(NHK NEWS WEB/2013年8月7日 16時45分)
安倍晋三「汚染水問題は、国民の関心も高く対応すべき喫緊の課題だ。東京電力に任せるのではなく、国としてしっかりと対策を講じていく。
スピード感を持って東京電力をしっかりと指導し、迅速かつ確実に重層的な対策を講じてほしい」――
そして安倍晋三は経済産業省、その他に対して早急に対策を講じるよう指示したという。
経産相は早速、「スピード感を持って」と言うことなのだろう、8日に染水対策を話し合う会議を開催し、《福島第1原発の敷地内の地盤を凍らせて地中に壁をつくるための工事費について、今後、予算措置を講じることを含め、具体策を検討することにしてい〉と記事は伝えている。
安倍晋三の発言は、今さら、何をほざいている、である。「東京電力に任せるのではなく」と言っていることは任せてきたことの対応語であろう。
福島第1原発の放射能汚染水を貯め込んでおく地下の貯水槽から高濃度の放射性物質を含む汚染水の水漏れが見つかったのは今年の5月である。そのため、貯水槽に保管している2万3000トンすべてを地上用タンクを製造・設置して移し、保管する作業を進めることにした。
当然、すべて移し替えるまでに汚染水の漏出は続く。
問題は漏出汚染水が原発敷地内に滞留し、海に流出していない状況にあるのか、あるいは地下水に紛れ込んで海に流出している状況に見舞われているのか、いずれかが問題となる。
東電は海への流出はないとしていたが、国はその時点で絶対あってはならないこととして東電の作業を監視していなければならなかったはずだ。監視する責任を負っていた。
監視責任の措置として原子力規制委員会と資源エネルギー庁それぞれが汚染水対策検討の会合を立ち上げ、専門家を交えて議論していたということだが、7月22日、汚染水の海への流出が判明、国の監視は役に立っていなかった。いわば責任を果たすことができていなかったことになる。
もししっかりと監視し、その責任を果たしていたなら、安倍晋三の「東京電力に任せるのではなく、国としてしっかりと対策を講じていく」という、東電に任せていたことの対応語でしかない言葉は口が腐っても出てこなかっただろう。
だが、現実は「国としてしっかりと対策を講じていく」ことなく東京電力任せとなっていて、いわば東京電力へのほぼ丸投げ状態となっていて、今回の事態に至った。
「スピード感を持って東京電力をしっかりと指導し」とは何と白々しい言葉なのだろう。このような白々しい言葉を尤もらしげな顔をして吐くことができる。
「スピード感」は最初から持っていなければならないもので、今更ながらに口にする言葉ではない。
「迅速かつ確実」にして「重層的な対策」にしても、東電の対策と併行して、それを指導する形で実行していかなければならない対策だったはずで、問題が重大化するのを放置しておいて、重大化してから言うべき言葉ではない。
大体が東電は事実と異なる情報発信、放射能測定値等の記録の過少申告情報、公表せずに、後になってから公表する情報の一時的隠蔽等々の前科があり、そういった体質の企業であることは周知の事実となっているのである。
東電が企業体質として抱えるこのような周知の事実に対しても「東京電力に任せるのではなく、国としてしっかりと対策を講じてい」く責任を負っていたはずだ。
だが、口先ばかりで、満足な対策を講じてこなかった。
例えば、「NHK NEWS WEB」記事の解説を借りて説明すると、今年5月、2号機海側の放射能濃度観測用井戸地下水から高濃度の放射性物質が検出され、連動するように港の海水でも放射性物質の濃度が上昇したが、東電は汚染水の海への流出を認めなかった。
ところが、その後、井戸の地下水が海の潮位と連動して上下していることが判明、観測用井戸地下水からの高濃度放射性物質検出の5月から2カ月経った7月22日になって、東京電力は汚染水の海への流出が続いていたことを初めて認めた。
東電は海への流出の情報公開が遅れた理由の報告書を7月26日、外部の専門家で作る社内改革の委員会に提出している。《東電の対応に厳しい批判》(NHK NEWS WEB/2013年7月26日 17時40分)
報告書「風評被害を懸念したため、リスクを積極的に伝える姿勢より、最終的な根拠となるデータが出るまで判断を保留することが優先された。
(地下トンネル内の汚染水は事故直後から把握していたが)具体的な対策検討が不十分だった。経営層全体のリスク管理の甘さや会社の考え方と社会との間にずれがあった。不安や懸念を生む場合でもリスクの公表を優先する」(下線部分は解説体を報告文に変更)
廣瀬東電社長の記者会見。
廣瀬社長「リスクを社会に伝える取り組みを進めているが、全く不十分で大変申し訳ない。事故の教訓を生かした対応ができておらず、安全文化も変わったとは言えない状況で、痛恨の極みだ」――
国による前々から言われていた東電のこのような企業体質に対する放任が東電の放射線汚染水の海への流出対策の遅れを招いた一因ともなっているはずだ。
ではどのくらい流出しているのか、経産省が8月7日、概算を公表している。《汚染水流出 概算で1日300トンか》(NHK NEWS WEB/2013年8月7日 19時49分)
第1原発の地下には毎日約1000トンの地下水が山側から流れ込み、このうち約300トン程度が高濃度放射性物質が検出された井戸の周辺を通り、汚染水となって海に流出していると推測している。
残りの700トンのうち、400トンは1号機から4号機の建屋地下に滞留、300トンは汚染されずに海に流出している計算だそうだ。
記事によると、東電は汚染水の海への流出防止のため、護岸沿いの地盤を特殊な薬剤で壁のように固める工事や雨水の流入防止用に地表をアスファルトで舗装する工事を進めているが、こうした工事が完了しても60トン程度は流出すると計算している。
東電敷地内の地表をいくらアスファルト舗装しても、敷地山側に降った雨が山肌に滲みて地下水となってアスファルト下を通って、放射能物質と混ざって汚染水と化すことを考慮した60トン程度の流出ということなのだろう。
経産省のこの概算は東京電力の地下水位などのデータを参考にしたもので、流出量や汚染の程度等、詳細な分析値ではないとしている。
また流出が始まった正確な時期は把握できず、事故直後から続いている可能性は否定できないとしているという。
地下水が放射性物質の海への運び屋を担っている犯人であるなら、事故直後からの可能性は十分に考えられる。
この経産省の概算について東電は8月7日の夕方、記者会見を開いている。
今泉典之東電本部長代理「実際どれくらいの汚染水が海に出ているのかはっきり言えない。『300トン』という数字は聞いていないので、確認させてほしい」――
東電自身が調査し、確認するということなのだろうが、「『300トン』という数字は聞いていない」ということは東電関係者は加わっていない経産省の概算作業ということになる。
経産省が概算をこの時期に公表したのは単に公表できる時期がこの時期だったということなのかもしれないが、問題はこのような概算作業に立ち向かっていながら、東電の地下水位等のデータを参考にしただけで、東電関係者を加えていなかったばかりか、概算作業の過程で、概算できたデーターを順次東電に情報提供して、汚染水対策の役に立てなかったことである。
少なくとも汚染水対策に「スピード感」を持たせるべく働きかけるべきだったが、働きかけなかった。単に「1日300トン」という海への流出量の計算等にとどまった。
要するに経産省の概算作業の例を見ても分かるように、国はこの間、東電を厳しく監視し、必要に応じて「スピード感を持って東京電力をしっかりと指導し、迅速かつ確実に重層的な対策を講じ」てこなかった。
もし講じてきたなら、2カ月後に放射能汚染水の海への流出を認めるといった遅滞は生じなかったろうし、少なくとも東電が汚染水の海への流出を認めた7月22日から2週間も経った8月7日になって政府が原子力災害対策本部会合を開催、本部長の安倍晋三が対策の指示を出す事態はもっと早くに行われていたはずだ。
原子力災害対策本部会合開催が遅れたのには経緯がある。
東電が汚染水の海への流出が続いていたことを初めて認めた7月22日から2週間経った8月6日、政府が原子力災害対策本部会合を開催して東電の汚染水対策を討議した8月7日の前日、内堀福島県副知事が原子力規制庁を訪れて森本英香次長と面会し、福島第一原発の汚染水の問題や廃炉に向けた取り組みに関する要望書を手渡している。
《福島県 国が汚染水対策指導を》(NHK NEWS WEB/2013年8月6日 15時47分)
要望の内訳は――
○国が前面に立って責任を持ち、廃炉への取り組みを着実に進めること。
○汚染水の海への流出を防ぐ対策や地下のトンネル等に滞留している汚染水の処理などについて、東京電力への指
導を徹底すること。
内堀福島県副知事「対策を講じた結果、逆に地下水が上昇し、新たな流出のおそれが生じるなど、場当たり的な対応を大変心配している」
森本英香次長「ここまでの事態になるとスピード感が大切なので、しっかり対応したい」――
内堀副知事は経済産業省の赤羽一嘉副大臣とも面会、要望書を手渡し、要望のすべてを終えてから、記者たちに発言している。
内堀福島県副知事「海への流出の認識が非常に遅れたことによって、東電の対応は後手に回った。国が一体となって、先手を取って対策に乗り出し、スピード感を持って結果を出してほしい」――
原子力規制庁の森本英香次長も、「ここまでの事態になるとスピード感が大切なので、しっかり対応したい」と、安倍晋三と同様に「スピード感」という言葉を使っているが、自身が言っていることの矛盾に気づいていない。
スピード感はありとあらゆる対策に最初から必要不可欠・大切な行動要素であり、「ここまでの事態にな」ってから「大切」となる行動要素ではない。
それを、「ここまでの事態になるとスピード感が大切なので、しっかり対応したい」と言っていることは、国が「スピード感」を持たせた対応、しっかりとした対応を怠ってきたことの証明としかならない。
内堀福島県副知事が原子力規制庁を訪れて要望書を手渡した8月6日と同じ日、福島県や原発周辺の自治体の担当者や原子力専門家等が構成員となっている福島県廃炉監視協議会も第1原発を視察している。勿論、放射能汚染水の海への流出という事態を受けた視察である。
《汚染水 福島関係者が緊急視察》(NHK NEWS WEB/2013年8月6日 18時50分)
協議会のメンバー1「問題が起きてから手を打つ対症療法だけでなく、先を見据えた対策を取るべきだ」
協議会のメンバー2「対策を打つたびに新たな問題が起き、モグラたたきのような状況が続いている。問題がいつ収束するのか方向性を示してもらいたい」
小野明第1原発所長「自分たちの目線ではなく、世間や県民の目線でものを考えないとだめだ。できうる対策を早急に進めていく」――
安倍晋三の「スピード感を持って東京電力をしっかりと指導し」が今更言うべき言葉でないと同様に、小野明所長の「自分たちの目線ではなく、世間や県民の目線でものを考えないとだめだ」にしても、今更ながらに言うべき言葉ではない。
最初から、「自分たちの目線ではなく、世間や県民の目線でものを考え」ていたなら、今頃になって上記発言を口が裂けても言うことはしなかったろう。
要するにこれまで「世間や県民の目線でものを考え」ずに、「自分たちの目線で」考えてきた。そのことにこの場に及んで気づいた。
廣瀬東電社長が「リスクを社会に伝える取り組みを進めているが、全く不十分で大変申し訳ない」と言っていることと同じで、社内文化(=企業内文化)でのみ対応し、社会文化(=企業外文化)で対応してこなかったということなのだろう。
要望書提出や視察といった動き、批判や抗議の声が出て初めて国をして腰を上げさせることになり、東電任せにしてきた軌道の修正を図ることになって、安倍晋三は原子力災害対策本部会合を開催、「スピード感を持って東京電力をしっかりと指導し、迅速かつ確実に重層的な対策を講じて」いくことにしたということなのだろう。
実態は「スピード感」も何もなかったということである。いわば口先だけの「スピード感」に過ぎない。
何と言う後手の対応なのだろうか。後手の対応でありながら、「スピード感を持って」などと言う。
2012年12月26日の首相就任記者会見――
安倍晋三「被災地の心に寄り添う現場主義で、復興庁職員の意識改革、復興の加速化に取り組んでいただきます」
2013年1月1日、年頭所感――
安倍晋三「忘れてはならないのは、二度目の冬を迎え、未だに仮設住宅などで不自由な生活を送られている被災地の皆さんのことです。就任最初の訪問地として、私は迷うことなく福島を選びました。未だ故郷に戻れない方々の厳しい状況に正面から向き合い、被災者の心に寄り添っていかなければなりません」
2013年1月7日、政府与党連絡会議・冒頭挨拶――
安倍晋三「東日本大震災の被災地は、2度目の寒い冬を迎えることになりました。被災地の皆様の心に寄り添う現場主義で、復興の加速化に取り組んでまいります」
福島県いわき市漁業協同組合が8月7日、会議を開き、9月開始予定の試験操業を延期する方針を決めた。《9月の試験操業、延期へ 汚染水問題で いわき市漁協》(MSN産経/2013.8.7 13:38)
勿論、記事に書いてあるように東電が7月22日に海への放射能汚染水流出を認めたことに端を発した試験操業延期の方針であり、風評被害回避の方針であろう。
矢吹正一組合長「消費者に、お金を出して食べてもらうのだから(汚染水問題が収束し)胸を張って出荷できるまで延ばした方がいい。
開始時期は、今後の放射性物質のモニタリング結果や原発の状況を見て検討する」(下線部分は解説文を会話体に変更)
国が東電任せにしてきたことの一つの結末である。
特に「被災地の皆様の心に寄り添う現場主義」といった美しい言葉に対しては言行一致か言行不一致か、その有効性を常に監視していかなければならない。