7月29日の東京都内の講演で、憲法改正問題の手口について、「ナチスの手口を学んだらどうか」と発言したことに対して野党6党が与野党国会対策委員長会談で今の国会で安倍晋三の出席も求めて予算委員会の集中審議や閉会中審査を行うよう求めたが、与党は拒否している。
《与党 予算委開催応じられない》(NHK NEWS WEB/2013年8月6日 14時37分)
鴨下自民党国会対策委員長「麻生副総理は既に遺憾の意を表して発言を撤回しており、この問題は決着していると考えている」
野党側「麻生副総理の発言は許し難く、早急に真意を聞き、内閣の見解をたださなければならない」――
野党側はなお予算委員会の集中審議や閉会中審査を行うことなどを求めたが、会談は平行線のまま終ったという。
自民党に対して都合の悪い追及を求める巨大与党相手の戦いである。特に安倍晋三は第1次安倍内閣で閣僚の発言で支持率を下げ、参院選自民党大敗の一因ともなった苦い経験があるから、閣僚の失言に対する国会審議には拒否感は強いはずで、当たり前の国会対策委員長会談では数を背景として弱みは何一つない見せる必要はない自信を武器に一度拒否すると決めた強硬姿勢はなかなか突き崩せるものではないはずだ。
なぜ野党は予算委や閉会中審査開催問題を国体の場でのみ決着を図ろうとはせず、街頭に繰り出して、最早国内だけの問題ではなくなり、国際問題化した麻生発言の責任、麻生を自民党副総裁兼財務大臣という重大な地位に就けた安倍晋三の任命責任を与党はウヤムヤにしようとしているという国民向け一大キャンペーンの場外乱闘に持ち込まないのだろうか。
何も街頭活動は選挙のためにのみあるわけではないはずだ。行えば、テレビや新聞がニュースとして取り上げもするだろうし、情報バラエティ番組も情報拡散の役目を担うかもしれないし、一般市民がツイッターやフェイスブックで情報発信して、共鳴者の輪を広げる可能性も十分に考え得る。
鴨下自民国対策委員長は「麻生太郎既に遺憾の意を表して発言を撤回している」と免罪しているが、発言を撤回しても、認識の程度は残る。だから失言を繰返す事になるとブログにも書いたが、その失言の例をいくつか挙げてみる。
第1次安倍内閣時の2007年7月29日投開票の2007年7月12日参院選スタートの日、当時外相だった麻生太郎の神戸市街頭演説での名言。
麻生太郎「奥さん方に分かりやすく言えば、小沢一郎の顔を取りますか、安倍信三の顔を取りますか?
どちらが奥さんの趣味に合いますか。それが問われる」――
「奥さん方」は顔の趣味で支持政党を判断すると見做すレベルの認識能力で以って、女性の認識能力の程度を推量し、貶めた。
女性蔑視そのものの認識を麻生太郎は自らの体質の一つとしているということである。
政権を投げ出した安倍晋三の跡を継いで首相となった麻生太郎の2009年8月23日夜の大学生主催イベント「ちょっと聞いていい会」での発言。
大学生「結婚するのにまずお金が必要で、若者にその結婚するだけのお金がないから結婚が進まないで、その結果、少子化が進むと思うんですが」
麻生太郎「カネがねえから結婚できねえとかいう話だったけど、そりゃカネがねえで結婚しない方がいい。まずね。そりゃ、オレもそう思う。そりゃ、迂闊にそんなことはしない方がいい。
・・・・・・・・・
ある程度生活をしていけるというものがないと、やっぱり自信がない。それで女性から見ても、旦那をみてやっぱり尊敬する、やっぱりしっかり働いている、というか尊敬の対象になる。日本では。日本ではね。
従って、きちっとした仕事を持って、きちっとした稼ぎをやっているということは、やっぱり結婚をして女性が生活をずっとしていくに当たって、相手の、男性から女性に対しての、女性から男性に対しての両方だよ。両方がやっぱり尊敬の念が持てるか持てないかというのがすごく大きいと思うね。
それで、稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、余程の何か相手でないとなかなか難しいんじゃないかなあという感じがするんで、稼げるようになった上で結婚した方がいいというんでは、オレもまったくそう思う」――
男女双方の相手に対する尊敬可能性の条件として一定程度以上の職業とカネ(=収入)を制限として、その制限を以って結婚の条件としている。
そして最後に「稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、余程の何か相手でないとなかなか難しいんじゃないかなあという感じがする」と例外を設けているが、発言の趣旨は変わらない。
確かに社会の現実は職業とカネ(=収入)を結婚の条件とする趨勢にあるが、このような現実が職業とカネ(=収入)で人間を価値づけるという差別観を裏合わせている現実に向ける目を持ち合わせていない。その程度の認識力だということである。
政治家であり、一国の首相を務めているなら、貧しい若者を可能な限り減らしていく政策を講じて、若者の結婚人口を増やし、併せて出産数を増やして少子化対策の一助とするといった発想がない。
そのような発想を以って初めて学生の問いに対する直接的な回答となるのだが、政治家であること、首相であることを忘れて、ちょっと世事に長けた世話役程度の知恵を披露したに過ぎない。
第2次安倍政権下の2013年1月21日開催の有識者構成・政府「社会保障制度改革国民会議」第3回会合では、終末期医療患者を称して、「チューブの人間」(YOMIURI ONLINE)と言ったというが、これ程の人間蔑視はないだろう。
かくこのように認識程度の低い、劣悪な人物を、それゆえに失言を繰返すことになるのだが、副総理兼財務大臣として任命した安倍晋三の任命責任は重大である。麻生を無罪放免して自らの任命責任の無罪放免をも謀るのは言語道断である。
もう一人、安倍晋三の任命責任を問わなければならない人物がいる。飯島勲内閣官房参与である。
飯島勲は安倍晋三の指示で北朝鮮を5月14日訪問、5月18日午後帰国の秘密ではなくなった秘密外交を敢行(観光?)し、北朝鮮のナンバー2の金永南最高人民会議常任委員長と会談、拉致問題を話し合ったという。
政府が飯島訪朝の報告を何もしない中、飯島勲は7月5日夜、訪朝後初めてBSフジのテレビ番組に出演。
飯島勲「近い時期には横並び一線で全部解決する。動き出すのは遅くとも参院選の後。(9月下旬の)国連総会の前までには完全に見えてくる。
訪朝に先立ち、拉致被害者の即時帰国、真相究明、実行犯の引き渡しを要求すると事前に伝えていた。
(金永南最高人民会議常任委員長が会談に応じたことについて、拉致問題を)一気に解決する意志がある」(時事ドットコム)(下線は解説文を会話体に直した)
ところが、既にブログに書いたが、7月28日の日曜日午後の長野県辰野町の講演での発言。
飯島勲「圧力をかければ解決するという考えはとんでもない。対話が必要だ。
私(の訪朝)が第1幕。1、2カ月の間に必ず第2幕の反応が出てくる」(時事ドットコム)――
自身の訪朝・会談が拉致問題の解決に向けた進展に十分に役立っていることを証明する発言となっている。極端な言い方をすると、拉致解決は後は時間の問題だと言っているに等しい。
また同じ辰野町の講演で日中関係について発言している。
飯島勲「今月13日から16日まで北京に滞在し、名前やポストは言えないが、それなりの要人と3日間いろいろな会談をした。日中首脳会談をどうするか。この問題1点に絞って、言いたいことを言わせてもらった。
政治は本当に言いたいことを言えば、必ず伝わるはずだ。中国も日本の力をいろいろと借りたい部分があり、私の感触では、そう遠くない時期に日中首脳会談は開かれると思う」(NHK NEWS WEB)――
日中首脳会談開催に向けた環境づくりが自身の訪中が功を奏して、進んでいるかのような発言となっている。
ところが、拉致問題に関しては辰野町講演翌日の7月29日、古屋拉致問題担当相がベトナムを訪問して、グエン・タン・ズン首相と会談、飯島勲が拉致に関して言っている「1、2カ月の間に必ず第2幕の反応が出てくる」が事実なら必要はない拉致問題協力を要請している。
この矛盾は飯島発言が事実でないことの証明としかならない。
「1、2カ月の間に必ず第2幕の反応が出てくる」が事実なら、日本政府は今頃、北朝鮮との拉致問題討議の会談に向けて最強のチームを構成、相手の想定し得る態度に対する日本側の対応を検討する想定問答を含めたシミュレーションに時間を費やしているはずだ。
当然、実務に関しては古屋担当相が先頭に立つ必要から、ベトナムを訪問して拉致問題の協力を求める必要も暇もないことになる。
飯島勲の日中首脳会談開催の環境整備が自身の訪中によって如何にも進み始めたかのような発言にしても、中国側の否定が何らかの意図による偽装と考えることができたとしても、伊原外務省アジア大洋州局長が8月4日に北京入りし、8月5日、中国外務省でアジア担当の劉振民外務次官と行った会談と矛盾することになる。
《訪中の外務省局長、中国外務次官らと会談》(日テレNEWS24/2013/8/6 13:57)
8月6日、北京国際空港で記者団の質問に次のように答えている。
伊原局長「劉振民副部長(外務次官)をはじめとする中国外交部(外務省)の方とは、まさに日中間の懸案(尖閣問題や歴史問題)を中心として意見交換をし、お互いの立場を述べ合った。
(外相や首脳レベルの会談について)やり取りはあったが、今の時点で説明できることはない」
成果はなかったと言っている。もしも外相や首脳レベルの会談開催に向けた環境づくりの何らかの進展が日中間にあったなら、尖閣諸島沖の日本の接続水域では外国の管轄権行使は認められないにも関わらず、まさに伊原局長と劉振民副部長(外務次官)が会談を行なっていた同じ日の8月5日午後、中国海警局所属の「海警2101」が中国漁船に乗り移って立入検査を行うといった、認められていない管轄権行使のデモンストレーションは控えるだろうし、翌日の8月6日に日本の接続水域を、いくら航行が認められているとは言え、領海内への侵入が引き続いて行われていた例から言っても、控えるはずだが、そういった様子がないことも、伊原局長の訪中が成果がなかったことの証明としかならない。
では、飯島勲の「私の感触では、そう遠くない時期に日中首脳会談は開かれると思う」は如何なる事実を示すことになるのだろうか。
大体が菅官房長官自身が7月29日の記者会見で飯島発言を否定している。
菅官房長官「(飯島発言は)個人的な見解だ。政府としては『いつ』とめどが立っているわけではない。
飯島さん独特の人脈で行かれた」(asahi.com)
記事。〈政府の関与を否定した。〉――政府派遣の訪中ではないということである。
飯島発言は単なるハッタリなのか、広い人脈と自己外交能力誇示なのか。
問題は安倍晋三が任命責任を負う内閣官房参与であるということである。国民の税金から、かなりの報酬も得ているはずだ。そのような人物が事実の進展と異なる情報発信をテレビや講演といった公の場で行なっている。
しかも安倍晋三も菅官房長官も上司の立場から、注意を促すこともしない。少なくとも5月5月18日午後の訪朝帰国から7月28日の長野県辰野町の講演までの1カ月半近く、非公開の場でもどこでどう自己能力誇示の情報発信をしているのか分からないのだから、注意もせずに放任していたことになり、この一事を取ってしても、重大な任命責任は免れることはできないはずだ。
野党は麻生発言と飯島発言の責任、さらに両者に対する安倍晋三の任命責任を国会の場で問うことが国対委員長会談で妨げられた場合、野党は追及を自らの正義と見做しているはずだから、街頭に繰り出して、予算委開催か閉会中審査開催を国民に訴える一大キャンペーンの場外乱闘に持ち込み、その正義実現を全うすべきである。
実現できないとしたら、巨大与党を前にした野党としての存在価値が問われることになる。いわば数の力でしか勝負できない政治の一端を担い、そのことに満足するしかない野党に成り下がることになる。
参考までに――
2009年8月25日当ブログ記事――《麻生の「カネがねえなら、結婚しない方がいい」発言に見る“若者理解度” - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》