◆巨大地震の二次被害、南西諸島有事と台湾有事
歴史地震として、八重山地震は遡上高では貞観三陸地震をも上回る津波が伝えられている地震ですが、場合によっては国家間緊張へ転換する可能性があります。
この八重山地震は、同程度の規模で再来した場合、沖縄本島や台湾北部と中国沿岸部に長周期振動による被害を及ぼす可能性があり、逆にこの地震への災害派遣が、日中台の情報共有や連絡体制を充分確保しないままに迎えた場合、国家間緊張へ発展する可能性が無視できません。
例えば仮に、地震規模が1771年の八重山地震規模よりも局地的被害に収まった場合、地震による離島災害として災害派遣を行い、周辺国は支援の申し出と静観に分かれる事となるのでしょうが、最大規模で発生し、例えば沖縄本島の防衛施設へ深刻な被害が生じた場合は新しい緊張を誘発するでしょう。
それ以上に、最大規模の発生で考えられる中国への被害、中国沿岸部が長周期振動などによる高層建築物被害が生じた際に、中国側も大規模な救援任務を展開する必要が生じ、結果、指揮系統の異なる軍事機構が接近し、特に航空部隊と海上部隊が集中した際に、無用の緊張が生じる可能性があるわけです。
上記の指摘は前回と重なるところですが、中国はヘリコプターによる空中機動能力の規模が陸上自衛隊と同程度、全天候任務対処能力では質量ともに自衛隊に劣るのですが、それでも規模としては大きなもので、仮に中国は災害派遣へ向かう航空機であっても進路を転換すれば、我が国領域への侵攻が可能となります。
そしてこれは言い換えれば必然的に、自衛隊が南西諸島における最大規模の災害派遣任務を遂行する場合、稼働する航空機全てを南西諸島へ本土より展開させることとなりますので、逆に中国側からした場合、我が国の空中機動任務を別の視点で、我が国では検討さえしていない事でしょうが、上海などへの強襲と誤解される可能性は零ではない、ということ。
また、東日本大震災に際して、新潟中越地震や阪神大震災を含めてですが、災害派遣となれば輸送艦や補給艦のみならず、航空機を搭載できる、物資を搭載できる、人員を輸送可能な全ての装備、これは艦艇航空機を問わず投入されるため、相当な規模の艦艇が南西諸島を遊弋することとなります。
この大規模な災害派遣に対し、我が国が中国側や台湾側との事前通知態勢を予め構築することが出来なければ、災害派遣に向かい航空機が国籍不明機の進路妨害を受ける可能性、人命救助へ向かう災害派遣部隊でありながら戦闘部隊による護衛を必要とする状況に陥る危惧があるといえるでしょう。
そして、これは国家としての良識を求める視点から想像したくない事象ですが、災害派遣の混乱に乗じ生まれる防衛上の空白を突いて、南西諸島の一部地域に対し、隣国が軍事行動を行う可能性を全く想定せず災害派遣計画を構築できるのか、そうではない要素を踏まえるべきなのか、これも一応考慮しなければならない。
そしてもう一つの不安要素が、我が国が災害派遣により忙殺され、周辺地域への抑止力が低下している時期に合わせ、平時でも緊張状態にある南沙諸島や台湾海峡において山積する政治課題を軍事力により一挙に解決しようという強硬姿勢と軍事的緊張が生じる可能性がある、ということ。
具体的には、沖縄トラフ地震は台湾北部へ被害を及ぼす機縁性があるという実情に鑑み、特に中華民国首都台北を中心に混乱が生じた際、これに乗じて台湾問題を中国内陸の部隊が空挺強襲を加え一挙に政経中枢を抑えるのではないか、という危惧で、逆に台湾側がこの懸念を払しょくさせるに十分な中国側との平時の関係を結べなければ、災害派遣と有事を切り離せなくなる緊張の要因となる可能性があります。
この問題は、前回安易に沖縄トラフ地震に関する周辺国との研究強化の必要性を指摘したわけですが、加えて災害時の緊張緩和に向けた信頼醸成措置をも必要とすると同時に、これは周辺国が防衛問題を含めた事前通知態勢を構築する必要性を有することとなりますので、逆に台湾との関係をどう考えるかが問題を複雑化させる点を注目しなければなりません。
大前提として、離島災害において外部から救援を行うには、洋上で航空機整備基盤を有し、自己完結した後方支援能力に裏打ちされた集団でなければ災害派遣を行うことはできないため、日本では自衛隊でなければ対応できません。港湾設備が破壊される津波災害に際しては、民間輸送機関はもちろん、仮に民間軍事会社であってもヘリを搭載可能な揚陸艦はありませんし、空中機動能力も致命的に限定的です。
しかし、日本で発生する災害でありながら、明らかに影響が生じるのは中国と台湾であり、仮に日中台での合同研究を行うことは民間レベルでも特に海洋調査を行う上で大型船を必要としますので容易に行えるとは言い切れないものがあり、そして更に自衛隊と人民解放軍に民国軍が三軍共同での事前通知態勢を構築することは、台湾を日本がどのように外交上の対応を行うかで別の緊張が生じるかもしれない。
政治的には防衛省と台湾国防部とのホットラインを構築し、併せて防衛省と共産党中央軍事委員会とのホットラインを併せて構築し、災害時における緊張状態を回避する試みという事は具体的に可能なのか、不可能であった場合は上記の通り災害派遣が武力紛争の緊張を生むこととなるため、代替案をどうするか、これは難しい課題ですが、解決策は模索されなければならない。
この問題の厳しいところは、沖縄トラフ地震が最大規模で発生した際には、好むと好まざるとに関わらず、緊張状態へ転換する危険性を回避できず、対して平時に上記の施策を行うことは日本と中華民国が国交回復を行うこととなるため、これが中華人民共和国との緊張状態を先んじて膿んでしまう可能性がある、という。
歴史地震再来と日本安全保障戦略、という、本来防衛と防災は主体こそ重なるものであっても、併せて国家戦略という長期的な外交展望と併せ考える必要がある視点からこの特集を執筆開始したのは、歴史地震の被害は今日の国際秩序や安全保障体制が想定していない規模と位置にて生じる大災害であり、防災を突き詰めれば防衛と外交の問題に展開せざるを得ないという複雑性が背景にあるわけです。
併せて問題を複雑化させるのは、歴史地震の再来、つまり巨大災害は人知の及ばない、人類の技術と英知では被害を局限することはできても発生を防ぐことはできないところにあり、その被害想定地域に台湾海峡に隣接する、現在世界で最も慎重に国際関係を展開しなければならない地域が重なってしまった。
歴史地震としての沖縄トラフ・八重山地震再来は、もちろん大きな被害を想定しなければならないのですが、以上までに述べた課題を解決できなければ巨大地震としての歴史地震再来が、南西諸島有事や台湾有事という非常に大きな二次被害へ展開するということになります。これを防ぐにはどうすればよいのか。
そして、この歴史地震としての沖縄トラフ・八重山地震の危険性が広く認識された際には、例えば我が国排他的経済水域内にある沖縄トラフ周辺海域や八重山諸島近海において外国艦船による調査を目的とした航行や、場合によっては八重山諸島への領海侵犯事案にも発展する可能性もあり、地震前に被害が生じる本末転倒な事案も想定しなければならなくなります。
特に歴史地震であることから近代的な計測が為されておらず、1771年の八重山地震は正確な進言も分からず、被害情報だけ八重山諸島への巨大津波と最遠では房総半島までの津波被害が記録されているのみで、詳しい震源や津波発生のメカニズムなどは完全に解明されていません。
こうして考えますと、沖縄トラフ地震については、発生するかしないか、という討議は海溝地震であれば海洋底の大陸プレートと海洋プレートの衝突により、弾性限界に達すれば必ず生じるため、地球上でプレートが衝突している開口部分において、時期は別として確実に定期的な発生だけは断言できます。
その地震を、発生間隔を政治的に無視できる将来の課題であるとして黙殺する選択肢も考えられるのですが、こうした巨大地震も非常に安全保障上課題がある海域において過去に発生している、という前提で物事を考える必要性は、在るのかもしれません、前の八重山地震は1771年の事象、無視できる事象として巨大地震への警戒に限界があった東日本大震災後の現代では、無視できるものなのか、できるならばそれでよく他の防災対策の検証を、できないならば発生した場合への減災への検証を、全てはこの一言に尽きるといえるでしょう。
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