■出航!うらが-あさひ-てるづき
練習艦隊江田島出航、今回は後篇をお伝えしましょう。この日は曇天雨天予報が曇天晴天予報に切り替わり幸いを随伴しての出航です。
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うらが先頭に近海練習航海部隊の護衛艦あさひ、そして外洋練習航海部隊護衛艦てるづき、が江田島出航してゆきます。本年は並木道の見送りなども割愛されていまして、幹部候補生課程修了者は駆け足で交通船に乗り込み出航です。彼ら彼女らの前途に幸多かれ。
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あさひ型護衛艦、あきづき型護衛艦、今年度の近海練習航海と外洋練習航海は参加艦艇が少ないとはいえ、文字通り最新鋭の護衛艦、世界中どこに寄港しても最新鋭で通じる護衛艦が練習艦隊の一員として大海原へと出航してゆく様子は、なかなか考えさせるものが。
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あさひ型一番艦護衛艦あさひ、実は建造中の様子は三菱重工長崎造船所にて見る機会が在ったのですが、その後の竣工の後には御縁が無く、二番艦しらぬい、を幾度か見ましたもののこの、あさひ、竣工の後に見上げたのは、上げてはいないか、今回が初めてでしたね。
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新型コロナウィルス。なにしろ一月初旬の第1空挺団降下訓練始めの頃には日本に来るかも、という雑談が翌週に現実のものとなり、そして国内での感染拡大を受け全公立学校閉鎖と集会自粛要請、抑えている内に欧州での大規模感染、全米非常事態宣言、となった。
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かしま、今回は居ない。近海練習航海では後半からの参加です、前にも練習艦隊司令官が護衛艦くらま座乗とか、ひえい座乗、ということがありました。かしま、あとで見てみますと呉基地に入っていました。練習艦隊司令官うらが座乗、此方の方が船体大きく見た目が強そう。
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てるづき。FCS-3を搭載し僚艦防空という限定的な艦隊防空能力を有する護衛艦であり、海上自衛隊として護衛艦あきづき型は二代目となります。先々代は防空艦として設計された駆逐艦秋月型だ。超望遠で撮影しますと登舷礼を行う新任幹部の姿が良く見えますね。
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いせ。早朝には呉基地に入っていたようです。竣工当時の母港は呉基地でしたが、かが竣工とともに呉基地から南西睨む佐世保基地へ、くらま後任として護衛艦いせ、は迫力の艦容を轟かせています。久々に呉に戻っていたのですが早い内に柱島へ移動していたもよう。
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津久茂瀬戸にて練習艦隊を見送る一行。今回の練習艦隊出航は新型コロナウィルスCOVID-19日本国内での感染拡大を受け、幹部候補生学校卒業式が大きく縮小されてしまいましたが、津久茂瀬戸での見送りは例年通りで、遠くこの岩風呂山まで届く程でした。
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江田内からの出航は、どれだけ撮影を重ねましてもなれる、ということはありません、これは言い換えれば王道がない、となる。単縦陣で練習艦隊は出航してゆくのですが、行く手を阻むのは牡蠣筏とその曳船です。呆れるほどにもの凄く遅く小回りは全く利かない。
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曇天であったのですが、この情景のように雲の狭間から陽光がさす時がありまして、鮮やかに軍艦色の護衛艦が輝く様子は、コロナ猛威下での希望の光のよう。そして幸いにして出航から一週間と一日、日本国内でのCOVID-19爆発的感染拡大は抑えられています。
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単縦陣を組む練習艦隊ですが、基点とする地上目標は、それよりも牡蠣筏を避ける航路をとりますので、ここに立てば単縦陣を美しく撮影できる、という立地が毎年微妙に違ってしまうのですね。牡蠣筏は、一時間たっても短距離しか進みません、仕方ないけれど、ね。
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近海練習航海部隊。あさひ、いせ、うらが。非常に希有な事例ですが五十音順にア・イ・ウが揃った近海練習航海部隊で、あしがら、いかづち、うんりゅう、というような取り合わせでなければなかなか成り立たないこの陣容ですが、いせ、喫水が厳しいようで居ない。
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江田内は重巡利根、軽巡大淀、が呉空襲において最後の激戦を展開した立地ですので、大淀は重巡並の大きさの巨大軽巡ですし利根は紛れも無き重巡、これが入れたのだから護衛艦いせ、大きいけれどなんとかなるか、と思ったのですが大事なことを忘れていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/41/ae9b289cab7fdc934bfb07a1b593a10a.jpg)
いせ。19000tでかなりの大きさなのですが、重巡利根を制海権喪失後の海軍が江田内に係留したのは、万一空母艦載機の空襲を受けて浸水した場合でも水深の浅い江田内であれば大破しても座礁して沈没だけは免れる、というもの。要するにここ、結構浅いのですね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/ee/ac1f36c926fafa95af7bad5baa84f6c4.jpg)
公民館前。さて撮影位置ですが、私は牡蠣筏の位置で最適解が毎年変わるのだから、考えるだけ空しい、と考えまして、とある高台の公民館前で撮影しています。江田島高速船高田港から徒歩15分ほど、多少茂み視界に入りますが、納得いく良い構図では撮れるのです。
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岩風呂山、この高台は岩風呂山という名だそうでして、その山道をもう少し、徒歩で30分ほどでしょうか、上りますと岩風呂神社という社があります。撮影位置の公民館は小さな集会所という装いですが、日当たりもよく、舗装路を上りますので移動も容易な場所です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/8d/bf4ceed47b4132e1dcdd158ea6f006e6.jpg)
岩風呂神社、せっかくですので練習艦隊出航を見送りまして、その艦影が水平線へ江田島から瀬戸内の複雑な水路の先へ見えなくなるのを高田港で見送りまして、その上で参拝、空気の澄んだ平和な情景を満喫するとともに、小用港、そして呉を経て帰路に就きました。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
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(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
練習艦隊江田島出航、今回は後篇をお伝えしましょう。この日は曇天雨天予報が曇天晴天予報に切り替わり幸いを随伴しての出航です。
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うらが先頭に近海練習航海部隊の護衛艦あさひ、そして外洋練習航海部隊護衛艦てるづき、が江田島出航してゆきます。本年は並木道の見送りなども割愛されていまして、幹部候補生課程修了者は駆け足で交通船に乗り込み出航です。彼ら彼女らの前途に幸多かれ。
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あさひ型護衛艦、あきづき型護衛艦、今年度の近海練習航海と外洋練習航海は参加艦艇が少ないとはいえ、文字通り最新鋭の護衛艦、世界中どこに寄港しても最新鋭で通じる護衛艦が練習艦隊の一員として大海原へと出航してゆく様子は、なかなか考えさせるものが。
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あさひ型一番艦護衛艦あさひ、実は建造中の様子は三菱重工長崎造船所にて見る機会が在ったのですが、その後の竣工の後には御縁が無く、二番艦しらぬい、を幾度か見ましたもののこの、あさひ、竣工の後に見上げたのは、上げてはいないか、今回が初めてでしたね。
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新型コロナウィルス。なにしろ一月初旬の第1空挺団降下訓練始めの頃には日本に来るかも、という雑談が翌週に現実のものとなり、そして国内での感染拡大を受け全公立学校閉鎖と集会自粛要請、抑えている内に欧州での大規模感染、全米非常事態宣言、となった。
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かしま、今回は居ない。近海練習航海では後半からの参加です、前にも練習艦隊司令官が護衛艦くらま座乗とか、ひえい座乗、ということがありました。かしま、あとで見てみますと呉基地に入っていました。練習艦隊司令官うらが座乗、此方の方が船体大きく見た目が強そう。
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てるづき。FCS-3を搭載し僚艦防空という限定的な艦隊防空能力を有する護衛艦であり、海上自衛隊として護衛艦あきづき型は二代目となります。先々代は防空艦として設計された駆逐艦秋月型だ。超望遠で撮影しますと登舷礼を行う新任幹部の姿が良く見えますね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/de/0b642285676d4b16df4a6bc68ec6ffc4.jpg)
いせ。早朝には呉基地に入っていたようです。竣工当時の母港は呉基地でしたが、かが竣工とともに呉基地から南西睨む佐世保基地へ、くらま後任として護衛艦いせ、は迫力の艦容を轟かせています。久々に呉に戻っていたのですが早い内に柱島へ移動していたもよう。
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津久茂瀬戸にて練習艦隊を見送る一行。今回の練習艦隊出航は新型コロナウィルスCOVID-19日本国内での感染拡大を受け、幹部候補生学校卒業式が大きく縮小されてしまいましたが、津久茂瀬戸での見送りは例年通りで、遠くこの岩風呂山まで届く程でした。
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江田内からの出航は、どれだけ撮影を重ねましてもなれる、ということはありません、これは言い換えれば王道がない、となる。単縦陣で練習艦隊は出航してゆくのですが、行く手を阻むのは牡蠣筏とその曳船です。呆れるほどにもの凄く遅く小回りは全く利かない。
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曇天であったのですが、この情景のように雲の狭間から陽光がさす時がありまして、鮮やかに軍艦色の護衛艦が輝く様子は、コロナ猛威下での希望の光のよう。そして幸いにして出航から一週間と一日、日本国内でのCOVID-19爆発的感染拡大は抑えられています。
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単縦陣を組む練習艦隊ですが、基点とする地上目標は、それよりも牡蠣筏を避ける航路をとりますので、ここに立てば単縦陣を美しく撮影できる、という立地が毎年微妙に違ってしまうのですね。牡蠣筏は、一時間たっても短距離しか進みません、仕方ないけれど、ね。
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近海練習航海部隊。あさひ、いせ、うらが。非常に希有な事例ですが五十音順にア・イ・ウが揃った近海練習航海部隊で、あしがら、いかづち、うんりゅう、というような取り合わせでなければなかなか成り立たないこの陣容ですが、いせ、喫水が厳しいようで居ない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/aa/757b494f3aab79e2eb74a8feb789f31c.jpg)
江田内は重巡利根、軽巡大淀、が呉空襲において最後の激戦を展開した立地ですので、大淀は重巡並の大きさの巨大軽巡ですし利根は紛れも無き重巡、これが入れたのだから護衛艦いせ、大きいけれどなんとかなるか、と思ったのですが大事なことを忘れていました。
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いせ。19000tでかなりの大きさなのですが、重巡利根を制海権喪失後の海軍が江田内に係留したのは、万一空母艦載機の空襲を受けて浸水した場合でも水深の浅い江田内であれば大破しても座礁して沈没だけは免れる、というもの。要するにここ、結構浅いのですね。
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公民館前。さて撮影位置ですが、私は牡蠣筏の位置で最適解が毎年変わるのだから、考えるだけ空しい、と考えまして、とある高台の公民館前で撮影しています。江田島高速船高田港から徒歩15分ほど、多少茂み視界に入りますが、納得いく良い構図では撮れるのです。
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岩風呂山、この高台は岩風呂山という名だそうでして、その山道をもう少し、徒歩で30分ほどでしょうか、上りますと岩風呂神社という社があります。撮影位置の公民館は小さな集会所という装いですが、日当たりもよく、舗装路を上りますので移動も容易な場所です。
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岩風呂神社、せっかくですので練習艦隊出航を見送りまして、その艦影が水平線へ江田島から瀬戸内の複雑な水路の先へ見えなくなるのを高田港で見送りまして、その上で参拝、空気の澄んだ平和な情景を満喫するとともに、小用港、そして呉を経て帰路に就きました。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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