物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

毛沢東の評価は?

2012-11-16 12:02:07 | 国際・政治

「喧嘩はしましたか。喧嘩しないと仲良くなれませんよ」と日中平和条約の締結のために中国を訪れた当時の田中角栄首相に毛沢東が会見で言った言葉だという。これは今朝の朝日新聞の記事からの引用である。

この記事の著者は、毀誉褒貶のある毛だが、こういった言を知るとやはりなかなかの人物であったろうと判断している。確かに現代中国では功6分、罪4分と評価されているが、毛の功績をなかったものにするという話はない。

このブログで以前に書いたことだが、数学者の遠山 啓が訪中団の一員として訪中して、毛との会見で彼にあったときの印象を書いているが、彼は毛はなんだか陰険に見えたと書いている。だから、遠山には毛の印象はよくない。

武谷三男は訪中することはなかったが、その著書の中で毛の有名な著書「実践論」「矛盾論」についてあまりに教訓的過ぎると書いている。しかし、なにかそれ以前の書か論文について褒めているのを読んだことがある。

その書か論文は私は見たことがないのだが、武谷は毛が考えるようにそんなにうまくは行かないだろうと予想をしていたが、その通りになってびっくりしたという風なことが書いてあった。

現代中国の専門家である、矢吹晋さんの書を読んで、最後の文化革命は毛の権力闘争の様相が強く、あまり褒められたことではなかったというか害が大きかったという歴史評価を知った。 多分そのことは正しいだろう。

ただ、学生時代に岩波文庫で毛の「実践論」「矛盾論」を読んで学ぶことが多かったことを覚えている。毛は実践論の方が、矛盾論よりも重要だと訪中したアメリカのジャーナリストのスノー氏に語っていた。

実践論の方は日本には武谷の三段階論という方法が知られているので、あまり感銘は受けなかったが、矛盾論はそのいろいろな矛盾のもつ性質とかその克服のしかたとかは大いに参考になった。

私はこういった矛盾のもついろいろな側面を述べた書を読んだことがない。誰かの哲学者の著書の中にそういうものがあるのかも知れないが、私には唯一の書であった。


政治的意見

2012-10-06 11:49:14 | 国際・政治

私のブログは政治的意見を述べないので、ブログの読者には私が政治的意見をもっていないかのごとく思われるかも知れない。しかし、もちろん政治的な意見をもっている。

だが、それをいろいろとここで披露をすると、その政治的な意見に反対の人から洪水のような攻撃を受けるかも知れない。そうすると、このブログの廃止にせざるを得ない事態にも発展しかねない。

それは私としては困るので、あえて政治的な発言はしないことにしている。だから、私が政治的な意見をもっていないというふうにはとらないでほしい。

どういう話題があるかというと最近では東日本震災復興問題、領土問題、原発問題、経済問題、昨日辺りなら、女性宮家問題等もある。しかし、それらについては触れないという保守的な態度を貫いていきたい。

それに付けても思い出すのは湯川秀樹が彼の著作「天才の世界」で政治家と軍人は取り上げないと言明していた、その態度がとてもよかったという風に思っている。

この「天才の世界」のシリーズは3冊あったと思うが、この態度は保持されていたと思う。石川啄木や空海を天才としてとり上げていたと思うが、山本五十六などはもちろんのことだが、取り上げてはいない。西郷隆盛なども取り上げはしなかった。

そういう態度にはもちろん限界が感じられるかもしれないが、それにもかかわらずそのために彼の「天才の世界」はおもしろい。

湯川が政治的な意見を持たなかったとは思わない。近くに居られる、心を許した物理研究者の方々にはむしろ彼の率直な意見を表明することが多かったかもしれない。だが、社会的にはよほどのことでなければ、発言を自重をされていたのではないかと思う。

その点は湯川より自由に、科学や技術および政治に対する意見表明や批判をされていた、坂田、武谷両氏とはあくまで社会から見たときの重みが違っていたと思われる。または、それぞれの方々の役割分担ということもあるいは意識をしていたのかなと、いま考えている。


アメリカの50番目の州?

2012-07-24 13:06:53 | 国際・政治

自虐的に日本はアメリカの50番目の州ではないかとよく言われる。オスプレイの配備についての日本政府の反応を見ていると真にそうなのではないかと思ってしまう。

市民のオスプレイについての反応は「そんな危険なものを配備したり、航行訓練をしないでくれよ」であり、それも各自治体の首長も反対の意見表明をしているにもかかわらずである。

確かに日本の安全の幾分かはアメリカ軍の駐在によって保たれている面があるかもしれないが、それはあまり主要な側面ではない。日本にアメリカ軍が駐留しているのはもっぱらアメリカの利益のためである。また、そのために一番大きな犠牲を払っているのは沖縄である。

沖縄は日本政府がアメリカ政府に日本がすべき主張がなぜできないのか訳がわからないであろう。そして、もしできないことの理由が本当にあるのなら、つぎにはなぜその大きな犠牲や負担を沖縄だけが請け負わなければならないのかが理解できないであろう。

この点を明解に解き明かした人がいるとは思えない。また、こういった現状を変える対策も考えた人がいるとは思えない。もし、日本政府がアメリカ軍の駐留を断るのならば、それに代わる大きな軍事力を持つべきだという議論はあるかもしれない。だが、それはどう考えても望ましくはない。

もう一つ気にかかることは、最近の中国の対外的な動きである。東シナ海は全部自分の領土だといわんばかりの振舞いがある。これはマスコミの報道を私が鵜呑みにしているところがあるかもしれないが、やはりそれだけではないのであろう。

中国は12億の人口を擁する大国である。だから、中国政府はそれらの人々を食べさせていくには資源の探求と確保に躍起となっているのはわからないでもない。しかし、自分の国民を食べさすために努力できれば、他の国はどうでもいいのか。これは大きな道徳的な問題となろう。

もちろん、政治は道徳ではない。が、あまりにも大国の権威を背景にしたものであるとすれば、こういうことも言ってみたくなる。


松山人は水を心配

2012-06-20 12:02:34 | 国際・政治

松山人は水を心配している。昨日のこのブログのアクセス数が179と急に50以上はねあがったが、どうもそのような問題となるブログを書いた覚えがない。

それで、この1週間のブログのアクセスの多いものの表を見てみたら、「石手川ダムの貯水率」という2,3年前のブログが60近くアクセスがあることがわかった。

松山人は水のことを心配していることがわかる。これはもういつのことだったか忘れたが、本当に水不足におちいり、松山人は苦労したことがあるからだ。もっともそのときの市長はいまでは県知事としてホップ・ステップ・ジャンプした。

県知事の選挙にその時出馬した元愛媛大学学長のKさんはこのとき善戦するも及ばなかったから、不思議である。

だが、底流として松山の人が水の心配をしていることは確かである。


放射線実測図

2012-06-19 11:03:55 | 国際・政治

昨日の朝日新聞に「アメリカエネルギー省が福島第一原発の事故後に米軍機で空から放射線の測定をして、その詳細な汚染図を提供されていたのに、これが住民の避難に利用されなかったことがわかった」と報じられた。

文科省の担当者は「提供されたデータを住民避難にいかすという発想がなかった」と述べている。これでは何のための官僚かわからなくなる。

日本では政治家3流、官僚1流などといわれていたというが、こういう有様では官僚も3流ではないか。情報が英語で提供されたために意味がわからなかったなどという言い訳はまさかしないだろうが、それにしても原発事故をまったく想定したことがなかったようである。

担当の部署ならば自分で放射線の汚染状況を測定するか、そうでなくてもそれに関係したデータが重要であるという判断もできなかったというのだろうか。多分、内部ではこれを何とかしなければという人が一人ぐらいいて当然である。だが、上司にそれを無視されて嘆いている人がいるかもしれない。

それにしてもSPEEDIという影響予測システムの公表遅れののみならず、かさねがさねのミスであり、これは単にミスというよりは官庁の体質を表していると考えた方がいいのだろうが、これでは官庁などいらないのではないかとまで言われても返す言葉があるまい。

多分文科省の放射線の担当箇所では人員があまりいないとかしたとしても、一人でも担当者がいれば、何が緊急であり、何が重要かの判断もできないとすれば、免職ものである。だから、若い担当者がこれを何とかしたいといったとしたときにそれを上司がうまく判断できなかったのではないか。

この判断でも文科省には大分甘い評価であろうから、もしそういう人が一人もいなかったのなら、これは文科省など廃止してしまえと言いたくもなる。

このデータは経産省の原子力安全・保安院にも提供されていたという。こちらもデータを公表もせず、首相官邸にも原子力安全委員会にも伝えなかったという。

二つの担当部署にアメリカエネルギー省からデータが伝達されていたとすれば、どちらかが少なくとも政府に伝達をすべきであったろう。他の部署が伝達するであろうから、自分のところは放っておいてもよいとは、考えるべきではない。情報は重複してもいいから、念のためですがと言って、関係部署に伝達すべきものである。

そういう安全策をも考えられないようでは、難しい試験をパスして採用された、国家公務員とはなんだったのか。


伊方原発を止める集会

2012-06-11 16:14:44 | 国際・政治

昨日の6月10日(日)に伊方原発を止める集会が松山市堀の内の公園であった。私の妻がこの集会に参加するというので堀の内まで車で送って行った。

昨日の集会は1300人の参加があって、四国各地から、また、瀬戸内の対岸の山口、広島から、大分からも人がやって来た。これはすごいことである。

それくらい反原発の趨勢は強くなっている。それを無視することは政治的にもできなくなりつつある。

一方で、首相が大飯原発の稼動を決める記者会見をしている。これについては私などは政権を担当するということは辛いことだなとちょっと同情的である。

これは福井県と大飯町とが首相に再稼動の宣言を迫ったので、稼動へと動かざるを得なかった。方向としての脱原発の方向は正しいと思うが、すぐに関西電力等の電力会社が来年以降も利益を出しながら、脱原発へとはすぐに方向付けられそうにもないことが大きな課題である。

市民としてはそんなことは知ったことか。危険なものは危険だ。一度原発が事故したらそこには住めなくなるのだからという。そのことは正しい論理である。

だが、会社としてみたら、原発を止めてしまってどうも赤字経営になりそうだというのであろう。それは大きなジレンマである。

しかし、会社の立場に立って、原発を運転を継続してみたところで、実は使用済み核燃料の原発構内の保管場所の空き具合はあと30%ぐらいしかない。

そういうことを考えると原発には残念ながら、もう未来はない。この見通しは10年くらい以上の中長期的に考えるとまったく正しいのだが、1年、2年のことを考えるとそう単純に言い切ってしまうことができない。

それと、この1年,2年をなんとか電力会社がしのごうとしたとき、そのまま電力会社の利益のために原発の運転を続けようとの考えが必ず会社からは起こってくる。そこが難しい。

電力会社は早急に原発に見切りをつけて、つぎのステップに進まなければならないのだが、そういうことを会社の方から自発的にはしそうにない。できるだけ原発を長く運転しようとするだろう。そのせめぎ合いはとても厳しい。

だから、もう原発は再稼動を許さずとしないと電力会社はまったく新たな一歩を踏み出さないのではないか。そう考える。


権力者の死

2011-12-20 14:20:50 | 国際・政治

今年はアラブの春とかでリビアのカダフィ大佐が権力の地位から去って亡くなった。ところが年末が迫っての金正日の突然の死が報じられた。昨日の14時のNHKの英語ニュースで知ったが、夕方帰宅すると妻が一番にそのことを教えてくれた。

狭いグループとかでは権力を振るいやすいというのはどこでもそうである。国交がないわけではないかもしれないが、国を閉じていれば、権力者が自分に都合の悪いことを排除することができる。そしてある種の権力を振るうことができたりする。

これはリビアもそうであろうし、北朝鮮もそうであったろう。中国などはそういう国を閉じるということは終わっているのだが、それでも完全に開かれたかというと曰く言い難いところがある。でも、少なくとも中国では権力のトップがスムースに交代するようになった。

それがおかしくなっているのはロシアであるが、大統領に返り咲きをするという、プーチンの人気は国内では昔ほど絶対的ではなくなったらしい。

この機会に北朝鮮も少しでも開かれた国になることを願っているが、しかしただ一人の指導者の交代ぐらいで国が変ったりはしないのであろう。一人の指導者の都合だけでその国の体制が維持されているとは思えないからである。

普通には国の変化は生産関係とそれを支えている層が変ることによるのだと思うが、そういう変化が起こることを国が無理やり留めているようだと変化が起こることができない。

独裁とは逆の端にあると思われる、グローバル化とは飽くなき資本の利潤追求の現れと思われるが、それは結局弱肉強食の世界なのであろうか。どちらも困ったものである。


核に別れを

2011-09-08 16:06:37 | 国際・政治

これは現在の朝日新聞の人脈記のシリーズが「核に別れを」である。この連載がどのように展開して行くのかはまだ分からないが、今までのところは核兵器からの別れを意味している。

連載の明日以降の展開によっては原発からの別れをも意味するようになるのかは将来の記事如何による。

昨日までの3回では核兵器の廃絶を過去の外務大臣や軍のトップだった人たちがテロリストが核を手に入れたときのことを考えると核兵器、すなわち、核爆弾をなくしてしまう以外に解決方法がないと考えたことを新聞とか雑誌に公表したことである。これが世界の政治の雰囲気を大きく変えた。

まず、アメリカの元国務長官等の要職にあった人が4人でその意見を公表して、それに応えてロシアの4人の元外相とかもと軍の参謀総長の4人が意見をやはり新聞に公表したという。

それは考えとしては正しいが、それ以前に「核のバランス」という概念が間違った概念であることは日本人の物理学者豊田利幸さんが著書「核戦略批判」(岩波新書)、「新核戦略批判」(同)ですでに示したことである。ちょうど核戦力がバランスをとるというときにはソ連とアメリカとでそれぞれ相手より一歩だけ優位に立ちたいという心理があり、そのために核戦力のバランスは結局とれないのだという。

現実には世界を一度滅ぼしてもまだ何回も滅ぼすことのできるくらいの核兵器を持つことになって(overkill)ようやくその愚かさを悟り始め、核弾頭の削減交渉が始まった。それでもまだ核弾頭の数はかなりのものであり、もっと減らすことができるのだが、その交渉は徐々にしか進まない。

核超大国同士の疑心暗鬼がなくならない限り、このせめぎあいは続くのだが、ここに来て核テロリストの存在を無視できなくなった。

もっともテロリストが核テロを行うには別に核爆弾を入手する必要があるわけではない。どこかの原発を乗っ取ってそこを破壊すれば、核テロを行うことは簡単にできるのである。もっとも原発は持ち運びができないところだけが核爆弾とは異なる。

こうなると「核に別れを」というテーマは原発からの別れをも意味しないことには意味をなさないだろう。少なくとも論理的にはそういうことは容易に帰結できる。まあ、それを現実の社会が実行するかどうかはわからないけれども。

「核に別れを」を例えば英語に訳すとすれば、へミングウエイの「武器よさらば(Farewell to the arm)」にならえば、Farewell to the nuclear weaponであろうか。この場合には核を核兵器と考えたことになる。原発は考えに入っていない。ドイツ語ならAbschied  von Kernwaffenであろうか。

口語的にはTsch"uss von Kernwaffen でもいいような気がする。Tsch"uss は日本語でいうならばバイバイとでも言ったところか。「さようなら」は一番普通にはAufwiedersehenであるが、これは中国語の「再見」と同じでまた会うことを意味するので、どうもまた核開発をするような感じを与えるので頂けない。


tax payerの危機はdemocracyの危機

2011-04-06 11:30:46 | 国際・政治

「tax payerの危機はdemocracyの危機」とはアメリカ政府の言ったことだという。

これはサンフランシスコだったかのカリフォルニアで大地震があったときに被災した市民にアメリカ政府から現金の給付があったということを書いた、小田実と武谷三男の対談集から知ったことである。

阪神淡路大震災の後で、当時は自民党が政権を担っていたが、自民党の政治家はその被災者に現金で補助することに反対または消極的であった。そしてその言い訳としてアメリカでもそういう現金給付を行っていないと言っていたらしい。

ところが小田実によれば、アメリカでは実際にはそういうことはなく、冒頭のようなことが政府の要人から言われて相当な額の現金給付があったらしい。

その後、小田実たちの活動の結果、法律ができて日本でも地震の被害にあった人に援助がされるようになったらしい。

アメリカはすべてのことがいいなどというつもりはないが、いいところもある。冒頭の文句などは誰でも納得のできそうなことである。


アフガニスタンの誇り

2011-02-14 11:31:45 | 国際・政治

アフガニスタンは石油も産しないし、日本にとっては遠い国である。

タリバン政権が支配していたときから、政権が変わったが、それでも今の政権も主導権の争いからうまく行っていないという。選挙があったが、その選挙に不正があったとかともいう。

もちろんそこでアフガンの人民を支援している日本人もいるらしい。それはペシャワル会に属する人たちであり、また他の人もいる。昨日はNHKの「日曜美術館」で平山郁夫とシルクロードの美術をとり上げていた。

平山郁夫は私よりも9歳年上であり、1930年生まれで2009年に亡くなった有名な日本画家であるが、シルクロード上にある国々や地域の美術や文化遺産を保護する活動も行っていたらしい。

その中にアフガンの内乱のときにカブールの博物館から多くの文化遺産が略奪にあって、外国に持ち出されて売られたという。その中の一部は遠く日本にやってきて、それをかなりの値段で購入した方々がいたらしい。

平山氏はユネスコの日本委員会というのを立ち上げ、この日本人が購入したアフガンの文化遺産を寄贈してもらって、日本で保管するという活動をした。

アフガンの政治情勢はまだ落ち着いているとはいえないので、アフガニスタンにこれらの文化遺産がまだ返却をされてはいないが、将来的にはアフガンに返却される予定になっているのだという。

アフガニスタンのこの博物館は今廃墟となっているが、その玄関跡にはつぎのような文句が掲げられているという。

A nation can stay with us when our culture is alive.(国はその文化が生きているかぎり,そこに住む人々とともにあり続ける: ちょっと意訳しすぎだろうか)

これはきちんと記録をとらなかったので、正しい文章かどうかはわからないが、アフガニスタンの人々の誇りを示すものであろう。


選挙

2010-11-06 14:45:53 | 国際・政治

まだ始まってはいないが、もうすぐ愛媛県知事と松山市長の選挙が始まる。政治は私たちの生活に直結するので本当は大切なのだが、どうも政治には関わりたくない。それは政治が本当の意味で市民のものになっていないからなのであろう。

県知事候補に立候補が予定される方々の中にももちろんある程度実績をもって挑戦される方もいれば、その点については未知数の方もいる。だからどうなんだと開き直って言われると言いよどんでしまうが、どうもなんだかなあと思ってしまう。

これはある左翼政党のように、当選を度外視して選挙を自党の活動のPRの場と考えているところもあるが、もう少し政治が一歩ずつでもよくなることを目指すという考え方の方を推奨したい。

un peu ou rien* (この発音をかな表記をすれば、アンプー・ウ・リィャン:少しあるか、またはまったくないかの意)という立場では、選挙の結果の政治に関してはちょっとは改善があるのかまったくないのかは大いに違う。

* これは小田実がアメリカ留学からヨーロッパ経由で帰って来たときにフランス人に言われたという言葉で「なんでも見てやろう」に出ていた。

ある方のことだが、私個人の考えでは県知事では目がないが、市長なら目があったかもしれないのにと思う。その方が本当に立候補するのかどうかは公示後になって見ないと実際にはわからないが、どうもなんらかの見込み違いがはじめからあったような気がする。

そういうネガティブなことを言うのは気が引けるが、それでもどうも彼のブレーンがきちんと候補者本人の気になって考えていない気がして仕方がない。

南ドイツのフライブルクの以前の市長が来て愛媛大学で講演をしたことがある。彼はドイツの中央政府がどう考えようとも地方都市の政治が自分なりの考えでとりくめば、意外に重要な政策を遂行することができると強調していた。それは単に地方都市の市長だからといって卑下するようなところはなく、政治家としてのアイディアと矜持が強く感じられた。それが都市フライブルクの環境政策の根幹をいまもなしている。

もちろん、日本の自治体は3割自治といわれるくらい、財政的に厳しく誰が市長になってもあまりかわならないのかもしれないが、それでも市長が新しい行政を行う強い気持ちがあれば、いろいろなことができるだろう。

市長の政治的姿勢の重要性が思われる今日この頃である。


県知事の候補

2010-10-29 13:09:02 | 国際・政治

現県知事が今月末に辞職することを表明しているので、知事選挙があることは確かなのだが、その知事候補の一人になると表明している方の後援会からポスター等が届いた。このポスター等で県知事候補になるとこの方が言明をしたわけではないので、事前運動ではないのだろうが、当惑している。

この人の人格を疑っているわけではなく、この方が候補として出るだけで知事として当選できる可能性がないと思っているからである。この人を私に推薦をしてきた人は私の長兄の友人で私もよく知っている人だけにむげに断るわけにも行かないのだが。

大体、選挙は大学に勤めていたときでも、学部長の選挙に出たい人から、応援を頼むといういうような暗々裏の要請を一度ならずも受けたことがあるが、いずれもお断りをしてきた。それはそういう任には私はまったく不適切だと自分で思ってきたからだ。それくらい選挙オンチの人に後援をお願いする組織とはどういう組織なのだろう。

個人として一票をこの人に入れてほしいと言われたら、それはいいですよとは言うかもしれないが、私は政治的にはまたったく無力である。

政治的に無力なだけではない。私の無力さは妻を説得することもできないくらいなのだから。いや、どうしたものか。困った、困った。


「ドイツは二十歳」

2010-10-05 16:27:02 | 国際・政治

10月3日に愛媛大学法文学部の大会議室において「ドイツは二十歳」国際交流の会があった。この主催は愛媛大学のRudolf Reinelt氏であった。日本人ドイツ人あわせて5人の講演があり、かつコーヒータイムにはドイツ風のお菓子とパンを食べることができた。

それぞれの講演は20分から30分くらいのあまり長いものではなかったが、中でもマルコ・シュルツェさんは唯一の旧東ドイツ出身のドイツ人で彼の話はなかなか聞き応えのあるものであった。

彼は日本語が上手で、日本語で話をされた。コーヒータイムにも彼が講演のときには話せなかったことを討論的に敷衍して話をされたのは興味深かった。

ドイツのパンとお菓子はEngelhardt(パンと菓子のドイツのマイスター)さんの生徒さんがつくったドイツ風の菓子とパンでそれをコーヒーと一緒に頂いたのはなかなかよかった。

ドイツはなんでも自発性の国でこういうイベントでもドイツの大使館からお金が出るということもなく、一般のボランティアの発意によるものだという。来年は日独交流150周年だという。それで松山でもそれに因んだ行事が計画されているというが、すべて民間のボランティアとしてそれらの行事がなされるという。

やはりこういうことは日本人も大いにみならうべきことであろう。私もなにか計画をしてみようかと考えている。


文化大革命

2010-09-06 13:02:18 | 国際・政治

矢吹晋さんの「文化大革命」という新書を昨日読んだ。これは1989年の書であり、もう20年以上も前の書である。

文化大革命は失敗だったというのが、矢吹さんの評価である。そして四人組ではなくて、毛沢東も入れた五人組だというのが矢吹さんの判断である。

文化大革命では毛沢東は大きな過ちを犯したというが、毛沢東のそれまでの中国の革命の功績に鑑みて中国では毛沢東は功罪相半ばするという公式見解らしい。

それはともかく、中国の現代の歴史は私たちの経験した歴史の一部である。私の出た大学の研究室のS教授は中国に何回か行ったことがあったので、私たちにも中国は近しい感じの国であった。

また、そこから先生がお土産として持ち帰った酒「茅台酒(まおたい)」とか「老酒(らおちゅ)」とかは若いときには親しい酒であった。

中国はプロレタリアート独裁の国であり、西欧風の民主主義国ではない。大学院の頃には北京シンポジウムがあり、同僚の大学院生もメンバーの一人としてシンポに出かけたりしたし、そのための募金活動の責任者を私が在学した大学で勤めた。

これは私がその運動に賛成であったというよりは他の学生がそういう役から逃げてしまい、処世術の下手な私にお鉢が回ってきたということであった。

毛沢東自身にS教授が面接したことがあったと言ったかどうかは覚えていないが、遠山啓氏の毛沢東評はあまり芳しいものではない。遠山氏は毛沢東について陰険な暗い印象をもったらしい。その印象は遠山啓著作集のどこかに載っている。

私は学生の頃には毛沢東をすばらしい政治家と思っていたので、この遠山の毛沢東の印象について読んだときには私はもう大学に勤めていたが、少し意外な感じをしたと思う。

しかし、今考えてみると、この遠山の印象はかなり正しいものだったのだろうと思う。

そういえば、武谷三男は中国本土へは行ったことはないはずだが(武谷は幼少時から旧制の高校までを台湾で過ごした)、毛沢東の「矛盾論」とか「実践論」はあまりにも教訓めいているとして、それほど評価していない。

しかし、一つの毛のエッセイだけは評価している。これはもちろん、毛が延安時代に書いたものらしいが、これが毛の一番いい時代だったのであろう。その後の毛の論文をあまり評価していないようである。

もっとも私は毛の「矛盾論」を読んで得るところがあった。もちろん、思想としては毛沢東の影響だけを受けているわけではないが、ものごとを矛盾の対立として考えるという点でいくぶん考え方を学んだと思う。

私の90年代のある経験(これはまったく学問とは関係のない経験だった)の分析に毛沢東の抗日戦線の状況の予想の分析を真似て推論をしたことがある。

そして、それは完全に予想があたっていたわけではないが、おおまかにはあたっていたと思う。


黒瀬ダムの松山分水

2010-08-30 11:01:54 | 国際・政治

金曜の夜に松山の水問題を考える学術講演会がコミセンであった。まとめ役だった小松正幸氏によれば、西條からの松山への分水は不要であるとのことだった。データを示されての議論だったので、この議論には納得ができた。

つぎの日の新聞にもこれ西條の松山分水が不要との記事が出ていたが、市当局からは異論があるようであったし、そのつぎの日の市長のコメントは机上の空論とのことであった。しかし、あの議論を直接に聞いた人からは空論という答えを引き出すのは難しかろう。市長はいろいろな政治的な思惑ももっているだろうから、シンクタンクの政策提言などは聞く耳をもたないだろうが。

ただ、講演を聞いた翌朝妻と議論したら、結局松山市だけの議論に閉じることが問題ではないかということになった。それは東温市や砥部町、伊予市、松前町を含めた水資源のデータの検討でなくてはならないということである。

もちろん、現在の松山市にそういう視点があるはずもないし、市政を考えるという観点からはそこまで議論する必要があるとはいえないだろうが、少なくともシンクタンクの提言であるのならば、広域行政の視点を欠かすことはできないだろう。

その点では再検討を必要とするのであろうが、小松氏の提言はもっともなものであった。机上の空論ということで葬り去るべきものではない。それに対して真摯な返答がなされないならば、市長の政治的な姿勢が疑われても仕方がなかろう。