遠山啓の『文化としての数学』(光文社)につけられた吉本隆明の遠山さんの追悼文がなんだが、心に残る。
吉本隆明の書いたものを読んだことはないが、先入観的にあまり好きになれない人と感じていたが、この文章だけから判断すると彼が遠山さんに何らかの敬意を払っていたことが分かる。
戦後の混乱の中で寡黙ではあるが、すっくと自分の足で立って学問というか自分の生き方を示していたという遠山啓の姿に感動を覚えたに違いない。
戦後の混乱を私も幼少ではあったが、経験してきた。呆然とした感覚も行方を見失った感じも私にはわからないが、そういうときでも毅然として自分を失っていないということがどれほどその当時として希少であったか。それの感覚は分からないでもない。
鶴見俊輔も吉本隆明を嫌ってはいないようだから、私のまったくの先入観をすこし修正しないといけないのかも知れない。