大体、毎日なにかを書くことがなくてもあっても書く。
それはなかなかつらいことである。だいたい、毎日の70%はなにも書くことがない。
それでもなんとかひねり出して書く。ある意味ではうそつきみたいなものだ。いや別にウソをついているわけではない。それでも比喩としてウソつきみたいな気がする。
Yさんという元物理学者が「窮理」という雑誌に思い出を書いている。なかなかの筆達者である。読んでおもしろい。
ところが、この人が私の編集する「数学・物理通信」に寄稿されたことがあったが、なかなか、そのlatexでの入力にてこずったことがあった。
それに、その記事はすくなくとも私にはあまりおもしろくなかった。それでも投稿をいただいたのだから、ありがたく思っている。
要するに、思い出を書かれると達意の文章が書ける人があまり得意でない分野だとあまりいい文章を書けないということである。
なんどもこれでいいですかと、ねん押ししなければならなかった。
本来だったら、自分で文章を推敲して、出来上がったら、それを投稿するべきだのにそれができない。もっとも、こちらも原稿料などまったく払っていないので、しかたがないかもしれない。
しかし、そのことは先刻ご承知のことのはずであるから、やはり私としてはあまりすっきりとはしなかった。