休日であることを覚悟して伺った遺跡だったが、やはり今回の旅の中では最も収穫が少なかった遺跡となってしまった。それでも現地まで赴き、遺跡の上に立てたことをヨシ(良し)としたい。
「大森勝山遺跡」を訪れたのは10月16日(月)、私はその後「太平山元遺跡」を目ざして外ヶ浜町まで車を飛ばした。この日は休業日であったが、その後のスケジュールを考えると直接職員やボランティアガイドから詳しいお話を伺えなくとも、現地にだけは立ってみたいと考えたのだ。
「太平山元遺跡」は縄文草創期の紀元前13,000年(つまり現代より15,000年前)という縄文の中でも最も古い時期の遺跡である。したがって出土した土器にも縄目(縄文)の模様がないものが出土しているという。
※ 「太平山元遺跡」のエントランスです。遺跡は遠方の小高いところです。遺跡の手前には当時植わっていたであろう針葉樹が植えられていました。
遺跡は小さな集落の住宅に囲まれるような形で存在していて、これまで見てきた遺跡と比べ面積は小さかった。遺跡は小さいながらも台地を形成しているところは他の遺跡と同様だった。現地は説明板なども整備され、遺跡の周囲には当時の自然環境を再現するためにデータに基づき針葉樹なども植樹されていた。
※ ちょっと小高い台地に形成された「太平山元遺跡」の全景です。
※ 写真のように民家がすぐ近くに建っていました。
※ 説明板の前の小石模様のものは、遺物が発掘された跡のようです。
また遺跡の入口には新しいガイダンス施設の新築工事が進められていた。
※ 遺跡の横では新しいガイダンス施設の建設の真っ最中でした。
残念だったのは、遺跡からそれほど離れていないところに廃校校舎を利用したガイダンス施設「外ヶ浜町太平ふるさと資料館」が休館だったことだ。縄文模様がない土器をできれば見たかったが、叶わなかったのは残念だった。再訪は叶わないと思うが、新設なったガイダンス施設を訪れたみたいものである。
※ 遺跡から少し離れたところにある廃校をし利用した現在のガイダンス施設「外ヶ浜太平ふるさと資料館」です。残念ながら閉館中でした。
ガイダンス施設「外ヶ浜町太平ふるさと資料館」
青森県外ヶ浜町蟹田太平沢辺34-3
◇入館料 無料