6月23日の「沖縄慰霊の日」を意識したわけではないが、偶然(?)私は吉村昭が著したこの書を読んでいて、このほど読了した。太平洋戦争末期、米軍が沖縄に侵攻した中、沖縄守備軍、そして沖縄住民が辛酸をなめ尽くした日々を少年兵・比嘉真一の視点で描いた一冊である。
主人公・比嘉真一は昭和20年当時、沖縄県立第一中学校の3年生だった。年齢でいえば14~15歳である。真一は同級生の中でも特に小柄だったという。小説の中で彼の身長は記されていないが、小さなサイズの軍服でも袖を折り曲げねばならなかったというから、真一はかなり小柄だったようである。
そんな年端もいかない真一たちを軍隊の一員として組織しなければならなかったのは、敗色濃厚で兵士の数も十分でなかったことにあった。日本陸軍は、比嘉たち中学校3~5年生も沖縄守備隊の一員として招集し、「鉄血勤皇隊沖縄県立第一中学校隊」として総員398名で組織されたという。時に昭和20年3月25日のことであった、その日から6月23日に沖縄が陥落するまでの約3ヵ月間の悲惨な敗走の日々を15歳の少年兵である陸軍二等兵・比嘉真一の目から描いたものである。
比嘉たちに与えられた装備は、学校で教練用に使用されていたというおよそ実戦には役立ちそうもない三八式歩兵銃と小銃弾150発、それに銃剣、手榴弾3個(そのうち1個は自決用として渡された)だったという。その歩兵銃も足りなくて3年生の一部50名ほどはなんと「竹槍」を代わりに持たされたそうだ。
まだまだ年若く、訓練も十分でない比嘉たちが前線に立てるはずもなく、彼らの任務はもっぱら伝令、豪堀り、炊事といった後方支援が主な任務だった。
火力に優る米軍は比嘉たちが潜む濠に容赦なく弾丸の雨を、火炎の放射器で攻め入った。日が経つにつれ守備隊は劣勢におかれ、敗走に敗走を続けねばならなかった。その敗走は多くの死者を置き去りにしながら逃げねばならない悲惨なものだった。
小説後半の描写は目を覆いたくなるほど悲惨だった。比嘉たちの身体や衣服には虱(しらみ)が寄生し、二カ月間も入浴もできなかったという。また死体が処理できないために、死体に蠅(はえ)が集まり、やがて死体からは蛆(うじ)が湧いてきたという。そして死臭が漂う中を比嘉たちは逃げるのが精いっぱいだった。
やがては海岸ぶちまで追い詰められた真一は米軍の捜査の手が伸びる中、夜は死体の中に潜って身を隠したという。死体が横たわるその下に身を隠すなどということは平時には想像すらもできないむごいことである。戦争が正常な精神さえも犯してしまうという事例の一つではないだろうか?
比嘉はけっして逃げ延びたのではなく、兵士の一人として、皇軍の一人として、敵に危害を与えたうえで名誉の戦死をしたいと死期を探っていた。比嘉がこうした思いに至った戦前の教育の凄さ(酷さ)を思い知らされる思いである。
比嘉はやがて米軍の捜査に捕らえられるのであるが、彼があまりにも小柄なために、彼が「兵士だから殺せ!」と叫んでも、米兵は相手にせず捕虜としたことによって比嘉は生き残ることになった。
年端もいかない旧制県立中学校3年生の陸軍二等兵・比嘉真一から見た沖縄戦の戦いであるが、その内実を改めて教えられた思いである。小説の中で比嘉真一から悲壮感のようなものは伝わってこない。むしろ、郷土を敵から守ること、国に殉ずることに参加できた誇りを感じながら与えられた任務を懸命に全うしようとしている姿だった。そこから見えてきたものは、前述もしたが「教育」の恐ろしさである。
吉村昭は、少年・比嘉真一を通して「教育」の恐ろしさ、大切さを伝えたかったに違いない。
比嘉だけではありません。髪を短く切り、「切り込みに行かせろ」と叫ぶ女学生の描写も衝撃的で印象に残っています。そうした女学生を見て、軍部のほうが当惑している気配も感じられました。
一方で、怪我をしたふりをして比嘉の肩につかまって歩き、トラックを見つけるや素早く乗り込む大人もいる。こういう手合には、比嘉が感じたのと同じ嫌悪感を感じずにはいられません。
ただ、自分がそういう振る舞いをしないという自信はまったくありません。
本作では主人公は最後に捕虜になり、(後になってみれば)幸運にも生き延びることができますが、もっと悲惨な結末の作品もありました。
比嘉と同じく少年の身で守備隊に編入され、米軍の捕虜となる。逃げ出して日本軍の陣地に生還するも、「どうして捕虜になる前に自決しなかったのだ?」と責められて斬首されるというものでした。
それに比べると、生き延びることができた比嘉は、まだしも幸運だったのか。
それとも、自分だけが生き延びたという自責の念に苦しめられたのか。
沖縄戦の現実を伝える貴重な物語です。
この「殉国」をかなり深く読まれたことが伺えるコメントです。
吉村が、真一について外に向かっては強そうに装いながら、内心は…的な描き方をしなかったところに吉村のねらいがあったように読み終えて思ったものでした。