鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

広瀬川について

2006-05-06 10:15:24 | 広瀬川
 (コメントを受けて)
 そうですか、球磨川でさえ年券は8000円なのですか。でも意外と安いんですね。
 広瀬川は、年券が4000円、日釣り券が1500円です。組合員(私も一応組合員です)は逆に高くて4500円です。70歳になると、無料になるとかならないとか・・・。

 広瀬川は、だいぶ前に「あの青葉城恋歌の広瀬川ですか?」と聞かれて、そのままになっていました。遅くなってすみません。そうです、30年位前一時全国を風靡した、NHK紅白歌合戦にも出た「青葉城恋歌」の広瀬川です。
 「広瀬川、流れる岸辺、思い出はかえらず・・・・・。」

 ちなみに「青葉城」は青葉山にある城ということでの愛称みたいなもので、正式には「仙台城」です。山城で、天守閣はありません。東に広瀬川、西は断崖絶壁の、自然をうまく生かしたお城です。

 広瀬川も、ご多分に漏れず、年々推量が少なくなり、かっては泳ぐだけでなく、飛び込みさえ出来たくらいの深さがあったのですが、今は昔、すっかり埋まってしまい、砂地が多くなってきています。(子どもの頃から川と親しんできたのに、なぜか泳げません、これが今となっては致命傷です。「もう一歩前へ」ということが出来ません。慎重なほうがいいのかもしれませんが・・・)

 何と言っても、1961年(S36年)に完成した大倉ダムの影響が大きいのですが、水害の防止ということで堤防が築かれ、その後仙台市民の貴重な水甕としてのダムが建設されました。ダムは、広瀬川(名取川水系です)の大倉ダム、名取川の釜房ダムと二つあります。

 農業用水の取得のための堰も多数あり、一応は魚道はあるのですが、魚のことはまったくと言っていいほど考えていない魚道で、設置した意味がありません。3、4年前改修した一番下流の堰の魚道さえ、遡上しやすくなったわけではなく、単に階段を設置しただけのようなものです。

 私の住んでいる近くには、水力発電所があります。明治時代に建てられた由緒ある歴史ある建物となっており、現在も働いています。発電のため上流に堰を設けて取水し、山を経由して、大きな管の中を落下させることによって発電しているわけです。
 子どもの頃は、発電所の中に入って魚取りなどをしたものですが、今は完全に人は排除されています。
 この発電所までの川は当然のこととして水量が減り、特に夏になると干上がった状態になってしまいます。取水用の堰の上流はそれなりに水量はあります。

 私が広瀬川で鮎つりをするのは、発電所の下流からなのでそこそこ水量はあるのですが、それでも砂が多くなり、のっぺりとしたよく言えばトロ場、悪く言えば澱みになっています。
 そして、台風等による増水の繰り返しで、小石等が流され、岩盤が剥き出しになっているところが多くなってきました。もともと岩盤だったところは鮎が住み着いていいポイントとなるのですが。

 加えて近年は増水に備え、洪水に備えて、中州の植物、柳の大木等を何とかしようと(切ってしまおうと)いう動きが活発になっています。中洲には動植物が繁茂し、特に鳥にとってはなくてはならない場所になっています。上流から流されてきたマムシも住んでいるとか。私としては、伐採する必要はないと感じていますが。

 行政は昔と比べて川は本当に綺麗になった、大都会を流れる川に鮎が住んでいるということを大々的にいっていますが、私に言わせると、魚は本当にいなくなった、オイカワ・ハヤをはじめカジカもいなくなってしまった、これはいったいどういうことなのか?「水清ければ魚住まず」では、本末転倒である。鮎だって放流しているから中流域にいるに過ぎないのに。天然鮎は遡上してきているのですが、堰堤、堰が邪魔をして遡上できません。なんともったいないことをしていることか。時々汲み上げ方流はしていますが。

 河川環境は絶対に悪くなっていますが、ではどうすべきか、大きな問題です。

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