一六二
一昨日被仰談候御免方被改候帳面、於密間仁田市郎左衛門
へ相達候處、付紙夫々披見有之候上ニて被申達候ハ、御
免切之儀ハ帳面ニハ一手永限と有之候得共、一郡相濟候
迄貮割五歩之御米を以、手永下免所又ハ零落所之三割四
割にも當候様、免切仕候様無之候てハ不當御座候間、其
通被仰付貮て可有御座と奉存候、尤一郡一紙之下米ニ貮
割五歩之御米被下貮て可有之と申達候處、其通被仰付ニ
て可有之と被申聞候、口達ニて被申達候迄ニてハ、御仲
間中御通達有之事ニ付、猶又付紙を用可被相渡由被申聞
候、猶又申達候ハ、御免極方之儀畑只今迄之通御惣庄屋
積を私共へ指出、御内檢積と見合、高下有之所ハ見撫候
て相極候様申談、尤只今迄は右之外至て零落所ハ、私共
より各別申談、下米差加へ申渡儀ニ御座候得共、免切ニ
被仰付儀ニ御座候ヘハ左様取計可仕様無御座候、御内檢
一手之積ニ被仰付候ハヽ、後年御内檢へ下方より賄賂之
氣味も生候様ニハ有之間敷哉、旁只今迄之通御惣庄屋・
御内檢双方突合せ相極候様有之度旨申達候得は、仁田氏
被申聞候ハ、此節御内檢も畝廣・薮陰ニてためし不申、
随分正道ニ仕筈候由被申聞候
一御内檢試仕候儀も、見積前ニ打廻り候様有之候てハ隙取
ニも相成り加申候間、見積之節も試仕事ニ付、只今迄之
通被仰付置度奉存候、御内檢打廻見込候坪迄試仕候ハ
ヽ、高段下段ニよりて甚違も仕候へ共、夫をふまへに見
積置候様有之候ハヽ、見積相究候節、受兼村毎ニ例相願
候様ニ有之候へてハ相成申間敷候、私共立合候節ハ毛上
も見撫候て試仕せ候儀ニ付、有筋ニて可有之段申達候、
此間被相渡候書面も一同ニ及御通達候事
七月廿日 田邊孫右衛門
澤田 又大夫
坂根長右衛門
一六三
口達
一私儀今日支配所御用ニ付御役所へ罷出候處、於密間仁田
氏被申聞候ハ、澤田氏ハ御出局ニて無之哉と尋ニ付、見
へ不申段申達候處、市郎左衛門被申候ハ、昨日御達被成
候御免方付て之御付紙之趣、此方よりも筆足ろ不申所も
有之、大方御付紙之通相濟可申候、然處御惣庄屋積・御
内檢之積突合之儀、且又御内檢毛上見分打廻り試候儀、
此両條今度潤色之第一之用文ニて、下方ハ下見随分入念
置、御惣庄屋ハ村々舛を入試置、御内檢も委敷見分、左
候ヘハ少も見込違可有之様無之候、御内檢ハ見立之檢見
先を以御免を極候ヘハ、御惣庄屋も同様之積ニて少も難
澁之筋嘉有之様無之候、昨日も得御意候通、畝廣薮陰抔
にて例可申様も無之、只今迄御内檢ハ村方之見立不宜と
申、下方ハ御内檢無理成積と申候へて、上下こも/\利
を争申候、此節ハ引起シ候て正道ニ導キ、御内檢より少
も無理成儀無之様、精々被仰付事ニ候間、其所ハ支申間
敷候、若檢見先之取計、此等ハからきと各様思召候處
は、夫こそ貮割五歩之米を以、だくほく御取計可被成候、
又大夫殿昨日も被仰聞候、御内檢しらへニ成候ハヽ、又
々まいなひヶ間敷儀も可有御座と御心付候處ハ御尤ニ候
へ共、其心持ハ只今にてもならぬ事ニてハ無之候、若左
様之儀有之候ハヽ、其節被仰付候趣も可有之候、其所迄氣
遣候ヘハ萱家の下ニて火をたくことならぬと申様なる物ニ
て御座候、此両條さへ思召無御座候ヘハ外ハ御達之通ニ
て、明日帳面堅り申事之由被申候、左候ハヽ御演説之趣
御付紙ニて御下ヶ可被成哉と申候ヘハ、夫ニハ及不申、
右両條御仲間中御存寄無之候ハヽ、帳面堅り候上御達ニ
成可申候間、今晩被仰談、明日早々御存寄御達被成候様
ニと被申聞候、此節私申達候ハ、御内檢積を以檢見先之
御仕法ニ候ヘハ、見積之名目は中晩田一同ニ下見仕様を
受候と申所迄ニて、昔之御徳掛にて御座候由申候ヘハ、
見積檢見先取交潤色被仰付候事ニ御座候、各様惣下より
貮割五歩を以御取計可被成候、當秋よりハ御内檢よりも
無理成事ハ有之間敷とくれ/\被申候間、いか様歩下之
御仕法近年之儀にて、一品限御徳掛貮て、其節は二割を
越不申様御免切被仰付候御時節も有之處、貮割五歩有之
候得は結構成御仕法にて御座候、當年初年之儀故、先試
不申候てハ分り兼可申と申候ヘハ、御為合之儀に候ヘハ
御存寄有之儀可被差置様も無之、明年にても御存寄之儀
ハ御達可被成由被申聞候間、先仲間中へ早々可申達旨返
答仕引取候事
七月廿一日 田邊孫右衛門
右之通ニ付、同日夕飯後打寄申談候處、被申聞候通ニ候
ヘハ尤之儀、此上存寄之儀無之候間、其通被仰付、澤田
両氏より其段被申達候事