津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■史談会資料作成・・ようやく完成

2020-08-20 11:22:33 | 熊本史談会

 史談会例会は明後日だというのに、まだ資料が完成しないでいた。
「文久三年 恕斎日録」を42回にわたりご紹介してきたが、これが大変面白いのでご紹介しようと考え、一年分の大方の事柄を、二日がかりで二枚の表にした。
これだけでは、会員諸氏の手元資料としてはお寒い感じで、日録の釈文をお配りすることにした。
まずは一年分を三回に分けることに仕、1~4月分をブログから取り出し、ワードに移してつなぎ合わせた。
全27ページ(24,000余字)にもなり、これから主だった記事を抜粋して縮小し19ページにまとめ上げた。
随分タイピングの不具合が認められ、昨日は一日がかりで原文と照らし合わせ、改行などを原文同様に組直しをした。
これを20部ほどコピーしなければならないから、もう少し縮小したいところだがもう限度だろう。
まずは、原稿が出来上がり一安心、今日も暑い一日なりそう、一日巣ごもりをして原稿の読み込みと関係する事件などに付、下調べである。

            

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■細川小倉藩(324)寛永五年・日帳(七月廿ニ~廿五日)

2020-08-20 10:19:10 | 細川小倉藩

                      日帳(寛永五年七月)廿二~廿五日

         |   廿二日 
         |
三斎ノ急用    |一、三斎様ゟ御急之儀、次飛脚を以、被 仰進之候、昨いぬノ刻之木田権内送状、今朝卯ノ下刻二参

         |                                        (皆川)(大塚)  
         |  着、則中津ゟ参候御文箱上ヶ申候処ニ、以之害之御急に候間、早々次飛脚二而可進旨、治ア・長庵
         |  被持出候事、            
         |                    (俊治)
木下延俊ヨリ返書 |一、木下右衛門様へ、去十八日ニ 御書幷木下左兵様 山田蔵人所ゟ参候状共、御飛脚二持せ被遣
         |  候、今日罷帰候、則御返事参候事、
忠利松井興長邸ニ |一、今日は式ア少輔所へ被成御座、終日被成御遊山候事、
遊ブ       |
長崎ヨリ羊皮幷へ |一、長崎ゟ、御飛脚弐人参候、壱人ハ此方ゟ遣候御飛脚、壱人ハかの地ゟ付遣被申候、ひつじのかわ
るとわん     |  又へるとわん壱巻調、持せ被越候事

         |
         |   廿三日 
         |
鉄炮足軽中ニ犬皮 |一、御鉄炮衆之内ニ、犬之皮所持仕もの有之哉と、月行司ニ申付、相改させ申候処ニ、壱枚もム御座
ノ有無詮索ス   |  候由、松尾彦兵衛申来候事、
申上覚      |    申上覚
古船ノ売払ヲ船頭 |一、御早舟九端帆壱艘、御荷舟九端帆一そう、都合弐艘古ク不立御用候間、御うり被成可然奉存由、
惣奉行具申ス   |  鏡善右衛門書付被上候間、判形仕、遣候事、
古船解体ノ奉行ヲ |一、横田権佐与安松茂左衛門、御古舟とき申奉行弐申付候事、又富田十太夫与南五兵衛も申付候事、
命ズ       |
小堀長左衛門花畠 |一、小堀長左衛門申候ハ、御花畠ノ草木ニ、御馬やのこへを取置申候ニ、小舟入申候間、被仰付被下
ノ用ニ廐肥運送ノ |  候へと申候、又若ふとめし候時、まいり申候ヘハ、おそく御座候間、ぬしものり可申由申候間、
舟ヲ願ウ     |  其方のられ候事ハ先無用候、こへをまハし候ハ渡可申由、申渡候事、
口ノ番所ノ当番高 |一、口之御番所にて、今晩大勢にて高声被仕候、 殿様口ニ被成御座候処ニ、何とて高声被仕候哉、
声ヲ筈メラル   |  各御番被仕かいも無之由、当番之歩之御小性山本安太夫・瀬崎左介・山路勘左衛門・井田小兵衛
承服ス      |  ニ届申候処ニ、右両人被申候ハ、御尤之被仰様、行当申候、以来ハ其心得可仕由、被申候事、
         |  (南城元信室、細川興秋女)
鍋付ノ侍女事ニツ |一、御なへ殿ニ被為付置候末岡小介、女事ニ付、今晩しちへやニ御入被成候事、
キ質部屋入    |

         |
         |   廿四日 
         |
         |一、竹内吉兵衛与嶋田與兵衛・伊藤金左衛門与山田十三郎、七月十五日ニ江戸を立候由ニ而、罷下
         |  候、大坂ニ廿一日ニ着仕由、申候事、
         |一、御船頭井上十右衛門舟ニ乗下候事、
         |                            (守信)   (政信)
長崎諸方ヘノ書状 |一、波賀小右衛門、長崎ゟ参候を、今日長崎へ戻し申候ニ、水野河内様・末次平蔵殿へ之 御書箱弐
         |             (飯銅)                      (坂崎成政)    (問)  
         |  つ相渡申候、又式ア殿ゟ上右衛門・五郎兵衛所へ被遣状一つ、清左衛門所ゟ紹甫所へ之状一つ、
         |  (沢村大学)        (へ脱)
         |  大学殿ゟ上右衛門所之状一つ、星野半大夫所へ、続平右衛門ゟノ状一つ、我々共ゟ上右衛門・勘
         |  右衛門所へ之状一つ、上右衛門・半大夫へ被遣 御書一通、慥相渡候事、
         |
鍋島勝茂ヘノ急飛 |一、鍋嶋様へ 御書被進之候御使ニ、御小人半七・市介両人ニ持せ遣候、但、遣銀等つねゟ過分ニ
脚        |  遣、片時も急参着仕候様ニと、皆川治アを以、被 仰出候事、
         |              與吉
         |一、日出へ被遣候御書、御小人作左衛門遣候、此御飛脚ニ、山田喜斎へ被遣 御書も可遣旨ニ付、其
         |  段申渡、遣候事、    〃〃〃〃
         |               作兵衛と
         |一、臼杵へ被進候御文箱、御小人久介と申ものニ持せ遣候事、
         |               〃〃〃
寒田牧山ノ馬数  |一、馬大小三拾八ノ内、九つは死、残而廿九、今日まで居申候分也、但、沢田のまき馬也、
服忌届      |一、山内三太夫、八朔ノ御礼ニ可罷出候へ共、岡本新兵衛女房相果申候、三太夫為ニハしうとめニて
         |  候ニ付、いミ御座候ゆへ、不罷出通、林久太夫を以、被申し越候事

         |
         |   廿五日 
         |                                 (古沢)
上林甚介茶壷   |一、上林甚介仕候ちゃつほ壱つ、治ア所ゟ御奉行所へ遣被置候を、御茶道之真斎ニ渡候事、
         |一、御小人作介、江戸ニ詰居候請人無之段、可申遣候事
         |一、広吉半右衛門、御長持からけ申御奉行申付候事、
         |                    (台所奉行)
         |一、西沢文右衛門与之樋田少三郎被 召上、浦上瀬兵衛ニ引合、今日より御台所へ通り申候事、

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