「御大工棟梁善蔵ゟ聞覺控」の最後に、善蔵さんはもったいを付けたように「お城のやうかい(妖怪)のはなしなんきゃ、人にはけつしてはなしちゃならんけん、ゆうなよゑゝかい」と話してこの聞覺控は終わっている。
さてこの妖怪の話とはどんな話だろうか?一二話があるようだが、「ノッペラボウの婆さんが石を担がせる」というものもあるが、私はこの「重箱婆」がそうではないかと考えている。日本民話の熊本編にあるものを、方言を交えてアレンジしてみた。
重箱婆
むかしむかしゃ、熊本城ん近くの法華坂は、そらぁさみしいかところだった。
そん坂ん上と下に茶店があってな、ある日ん夕方、一人の旅人が坂ん上ん茶店に立ち寄らしたげな。
こん坂にゃ重箱婆ちゅう、ばけもんのでるちう話があったが、或る旅ん人がここば通りかゝらした。
「もしおかみさん、こん坂が法華坂たいね」
旅ん人は団子ば注文すると、店ん奥におるおかみさんに向うてこぎゃん聞かした。
向こうば向いとらすおかみさんな、
「はい、そぎゃんですたい」と答えらした。
「ここにゃ、重箱婆が出るちゅう噂は本なこつかい」
「はい、出ますばい」
「ほう、そらいったいどぎゃんもんな」
旅ん人は身をのりだして、向こうを向いとるおかみさんに聞いてみっと・・
すっと、おかみさんな突然、
「重箱婆ちゅーは、こぎゃんとですたい」と、くるっと旅人ん方ば振り向かした、
なんちゅうこつかい・・
そん顔は、目も鼻も口もなか、ノッペラボーじゃぁなかかい、
旅ん人はたまがって、むちゅうで坂をかけおり、下ん茶店に飛び込ましたげな。
中じゃ娘が一人、忙しそうにしとらした。
そん旅ん人は真青になって娘にいうたげな。
「ああ恐ろしか、ねえさん、わしゃ、重箱婆ちゅうもんば初めて見た」したら娘は、
「お客さん、その重箱婆ちゅうは、こぎゃんとだったですど」と言うて振り向かした。
なんちゅうこつかい・・、
見っとこん娘も又ノッペラボーだったげな、
そん旅ん人はもうやっとん事で、そこば逃げ出したげな。むげえ目に逢わしたこったい。
上の婆さんと下の娘は親子だったっだろな。
(了)