私がコドモの時に、「親に初めて買ってもらった車の本」が、この「自動車Ⅰ」である。
著者は、1907年生まれの「宮本晃男」氏。
昭和41年(1966年)初版で、昭和52年(1977年)重版の、この本。
絶版になって、幾久しいと思われる。
全154ページに、世界各国のクルマと、宮本氏のコラムが、散りばめられているのだ。
その本は、クルマのボディ形式の解説と、ロールスロイスの紹介から始まる。
続いては、日本の乗用車。
まずは、「トヨタ車」である。
今なおトヨタのフラッグシップ的役割を担う「クラウン」。
そして【ボンドカー】の「2000GT」
さらには【BC戦争のC】である「コロナ」が掲載されている。
1966年2月初版の、この本。
「カローラ」は、この時点ではまだ登場していないのだ。
着目すべきは「トヨペット コロナ ファイブ ドア セダン」。
この時代に、すでに5ドア車を作っていたという点に、私はトヨタという企業の先見の明というか、懐の深さを感じる。
この当時は、トヨタと対峙するライバルだった、「日産自動車」。
【BC戦争のB】「ブルーバード」。
【クリスプカットの美しき女神】「シルビア」。
【小公子】「セドリック」。
さらには、オープンスポーツの「フェアレディ」。
同社のラインナップの頂点に君臨する「プレジデント」である。
プレジデントの、透視図。
パワステ・パワーウィンドゥ・リモコンミラーは、今でこそ軽自動車にも当たり前のように付いているが、この当時は「高級車にのみ許された装備」だったのだ。
日本車メーカーとして、3番目に掲載されているのが、「いすゞ」。
「ベレル」「ベレット」には、当時からディーゼルエンジン搭載車が用意されていた。
そして、【繁栄を約束する働き蜂】がキャッチフレーズの「ベレット ピックアップ」。
商用車臭を感じさせない、モダンなデザインだと、私個人は評価する。
日産と合併する前の「プリンス自動車」。
「スカイライン」は〈高速と加速性能のすばらしい5人乗りGTカー〉と、紹介されている。
また、RRの「日野 コンテッサ」と、FFの「スズキ フロンテ」。
駆動形式が真逆なこの2車が、どちらもオーソドックスなセダンスタイルなのが、じつに興味深い。
三菱「コルト800」は、ファストバックスタイルの2ドアFR車。
初代「デボネア」は、1964年~1986年までの22年の長きにわたり生産され、「走るシーラカンス」の異名を与えられていた。
我らがSUBARUは、【革新的なフロントエンジン・フロントドライブ】の「スバル1000」と、RR軽自動車の傑作「スバル360」の、2本柱である。
この当時から、マツダ車は、スポーティなイメージが強い。
「ファミリア」「ルーチェ」「コスモ」「キャロル」。
どれも、どこかイタリアンな風合いがある。
ダイハツ「コンパーノ スパイダー」は、4人乗りという点が、大いに魅力的。
また、DOHCエンジン搭載でチェーン駆動の「ホンダ S600」には、まさに本田宗一郎氏の魂を感じる。
国産車の後は、輸入車である。
この当時は「外車≒アメ車」だったがゆえ、アメリカ車紹介に多くのページが費やされている。
のびやかに(ムダに?)大きな体躯の、「キャディラック」。
この書物の中で、私が最も着目したアメ車が、この「オールズモビル トロナード」である。
リトラクタブルヘッドライトに、おおよそ7リッターの大排気量V8 エンジン。
それでいて、この時代にすでに「FF」だったというのが、やり過ぎ感に富んでいて、素晴らしい。
続きましては、アメリカンスポーツカーの代表作である「コルベット スティングレイ」。
さらには、もう一方の雄「フォード ムスタング」。
ちなみに、現代は「マスタング」という表記が、一般的なようだ。
「フォード サンダーバード」に、「クライスラー ダート スーパー ギルダ」。
古き良き、アメリカンドリームを、感じずにはいられない。
「ランブラー」は、20世紀初頭からある由緒正しいブランドだが、その名は1983年に潰えたのだという。
アメリカ車の次は、イギリス車。
「ジャガー」「ローバー」「アストン マーチン」「オースチン」・・・
そして、ライトウェイトスポーツの「トライアンフ スピットファイアー」「ロータス エラン」「MG ロードスター」。
これらのクルマの系譜は、1989年の「ユーノス・ロードスター」に、引き継がれ、今なお市場に踏みとどまっていると言えましょう。
そして、ドイツ車。
「メルセデス ベンツ」「ポルシェ」、そして「タウナス」(⁈)。
「BMW」「OPEL」はおなじみだが、「NECKER」は、謎めいたブランドである。
そして「DKW」と「NSU」は、現在の「AUDI」に繋がる系譜を持つのだという。
お次は、みんな大好き、フランス車。
「ルノー」が紹介されたこのページは、そこはかとなくトリコロールカラーである。
「シトローエン」は、頂点の「DS」と、底辺の「2CV」のコンビネーション。
スウェーデンからは「ボルボ」、イタリアからは「フィアット」が、それぞれエントリー。
この当時のボルボは、四角四面ではなく、流麗なイメージだったのだ。
そして巻末には、宮本氏のコラムが載せられている。
そして私は、「未来の乗用車」の記述に、驚愕。
「原子力エンジンの乗用車」。
今ではまったく考えられないことだが、1966年当時は「原子力」はまさに夢のエネルギーだったのでしょう。
原子力エンジンの車同士が、交通事故を起こしたら・・・
ああ、考えただけでも、身の毛がよだつ
ともあれ。
いまや貴重な文化遺産であるこの本を買ってくれた親に、あらためて、感謝の意を表したい
素晴らしい本をお持ちですね!
トヨタのところで、コロナ5ドアセダンをお褒めになられていましたが、私も賛同いたします!
その後、コロナ(カローラ、スプリンターでも)では幾度となくスタイリッシュかつ、使い勝手のよい
5ドアセダンを繰り出しますが、日本国内ではイマイチセールスを伸ばせなかった・・。
海外では、そこそこ人気を博したようなのですが。
私は国内では最後のコロナ5ドアセダンになる、コロナSFを所有していた時期がありました。
長くは乗ってませんでしたが、とてもよく走り、使い勝手もいい!
何よりも、いまだにこのクルマを超えるスタイリングを持つクルマはいないのではないか?と
思うほど、美しいスタイリングの持ち主でした。
チャンスがあれば、また欲しい1台なのですが。
(>_<。)
トヨタという企業は、イイ意味で「あきらめの悪い企業」で、古くから「5ドア車」をコロナにラインナップし続けていましたネ。
そして、21世紀の今。
4ドアセダンはほぼ壊滅状態になり、日本で売れているクルマは、すべからく「5ドア車」。
コロナSFは、今にして思うと、シビれるくらい「マニアのハートをくすぐるクルマ」でした。
「コロナ5ドア」に反応していただいたことが、心よりありがたく、嬉しいです
コロナの時に開花しなかった5ドアセダンが、今ではプリウスに受け継がれているのかもしれません。
他のページで「我がスバル」と書かれていましたが、BP5の2,0のiに乗られているのですね!
実は先ほどのコロナSFを早く乗り換えにいたった訳はBP5のGTを手に入れてしまったからなのでした。
BP5も、いいクルマですよね!
私は先祖返りで、KK3に乗っております。
どおぞ、よろしくお願いいたします!
(*⌒▽⌒*)
77年と言えばスーパーカーブーム期だったと思いますが、当時の小学生にとって66年発行のこの本は派手なクルマが少なく学術的に過ぎるように思えますが、はまれば無類のクルマ好きになりそうですね。
何といってもずっと大事に持っておられるのが獅子丸さんらしいというか凄いと思います。
BPは素晴らしいクルマで、購入後15年以上が経過した今も、手放そうという気がまったく起こらないのです。
なので、「本気で欲しい!」と思えるクルマが登場するまでは、乗り続ける所存です。
そして、こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m
実は、我が家にはこの「自動車Ⅰ」のみならず。
「自動車Ⅱ」「自動車Ⅲ」「日本のミニカー」なる書物も、現存しているのです。
昭和52年(1977年)初版の「自動車Ⅲ」では、まさにその「スーパーカー」について触れられております。
こちらの本も、機会を見て、ご紹介させていただきますネ🚗