獅子丸のモノローグ

☆気まぐれ不定期コラム☆

CROSSTREK ぶつからない⁉ミニカー

2023年08月11日 | お宝倉庫


6月に「クロストレック」に試乗させていただいた際。
いただいた記念品が、「CROSSTREK ぶつからない⁉ミニカー」である。


なかなか緻密な造りの、このミニカー。
タイヤのトレッドパターンまでも、忠実に再現されている👏




そのお腹は、ややシンプルというか、実車を忠実に再現しているとは言い難いかもしれないが・・・
そもそもロハでいただいた景品なので、そんな些細なことに、ブーたれる筋合いはないのである。


赤丸で囲った部分に、いわゆる「アイサイト」的なセンサーが、埋め込まれているのだ。

 
実験的に走らせてみると・・・
壁を認識して、ぶつからずに、しっかりと止まる👏
ブレーキランプが、ちゃんと点灯する点も、本物感に満ちている◎


しかしながら。
状況によっては、センサーが障害物を認識できず、ぶつかってしまうこともあるようだ。
上の動画のみならず、私が実験した限りでは、「黒いもの」に対する認識は、やや苦手なように見受けられた。
なので、過信は禁物なのだと言いながらも・・・
販促玩具に、ココまでコストを掛けてしまうスバルという企業を、私はココロより愛する💛

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「石狩灯台お兄さん」キーホルダー

2023年06月11日 | お宝倉庫


今、静かなブームを巻き起こしている、「石狩灯台お兄さん」。


今回、ひょんなことから、そのキーホルダーを入手。
ちなみに購入価格は、税込500円である。


どのカギに使おうかと大いに思案した結果。
自転車のカギ用として、活用することに。
私の旧い地味な自転車が、なんだかちょっぴり華やいだような・・・そんな気がする

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自動車Ⅲ(宮本晃男 著)

2022年05月24日 | お宝倉庫


現在絶版の、保育社のカラーブックス「自動車Ⅲ」。
著者は「自動車Ⅰ」「自動車Ⅱ」同様に、「宮本晃男」氏である。


この本の発行年は、スーパーカーブーム華やかだった、1977年。
当時すでにクルマ好きのカタログ小僧だった私が、親に買ってもらったモノである。
こういった書物が、わが家には今もって「お宝」として現存しているのだ。


目次は、国&メーカーごとに、スッキリ整然と並んでいる。
背景写真は、1977年日本グランプリに出走した「コジマKE009」だと思料される。


目次の次に掲載されていたのは、今も昔もトヨタの最高級車である「センチュリー」。
そして、3代目マークⅡの兄弟車である「チェイサー」が登場。


美しい日本の「クラウン」
このモデルは5代目で、そのボディは伝統の「ペリメーターフレーム構造」だった。


コロナマークⅡ」は、3代目。
コロナ」は5代目が、掲載されている。
今コロナと言えば、「別のコロナ」が世界を震撼させている状況。
トヨタが、2001年にコロナというブランドを封印したのは、今になってみれば正しい決断だったのかもしれない。


トヨタ A-1」は、トヨタ初の試作乗用車。
AB型フェートン」はオープンモデルで、その大半は旧日本陸軍に納められたのだという。


ともに初代の、「セリカ」&「カリーナ」
ボディスタイルはまったく異なるものの、エンジン・トランスミッション・シャシー等は共用で、同一ラインで生産されていたのだ。


この時代の「セリカ」は「フルチョイスシステム」を導入し、その仕様は数字上「3026万種」が選択可能だったそうだ。


そして、こちらは3代目「スプリンター」。
カローラの兄弟車だが、そのイメージはよりカジュアル。
「アグネス・ラム」嬢のCMも、私の記憶には新しい。
ちなみに、CMソングの歌&演奏は「ゴダイゴ」である。




ベストセラーカー「カローラ」も、同じく3代目。
ジェリー藤尾ファミリーのCMが、印象的だった。


当時のトヨタの最底辺モデルが、この「パブリカ」(2代目)だった。
のちの「スターレット」~「ヴィッツ」~「ヤリス」の、ご先祖様と言えましょう。


続いては、日産車。
「プレジデント」は、2代目。
「セドリック」(4代目)と「グロリア」(5代目)は、すでに「兄弟車」となっていた。


そして、「ローレル」(3代目)と「スカイライン」(4代目)。
この2ブランドも、セドリック&グロリア同様、プラットフォームは共有だったのだが・・・
この時点ではローレルの方が先にモデルチェンジを迎えていたので、より新しいプラットフォームとなっている。
私はこの時代の「ケンメリスカイライン」と、のちの「スカイラインジャパン」が大好きで、常日頃から「次はスカイラインを買いなさい」と、親に進言していたものだ。


「810ブルーバード」に、「2代目シルビア」に、「初代フェアレディZ」。


「3代目サニー」に、「初代オースター」。
この当時の私が最も愛していたクルマが、実はこのオースターである
CMソングを歌っていたのは、これまた私が愛したシンガーのひとりである、柳ジョージ氏。




そして、FRのサニーと同時に、FFの「チェリー」を底辺モデルとしてラインナップしていた、当時の日産。
ああ、この頃の日産は、本当に華やかだったなぁ・・・(遠い目)




お次は、三菱である。
親が愛車としていた「ギャランΣ」に、そのハードトップ版である「ギャランΛ」。


「ギャランGTO」「ランサー」「ランサー セレステ」。


そして、「デボネア」に「ミニカ」。
この時代の三菱は、まさに軽自動車から社用車まで、トヨタ・日産以上に幅広い車種体系であった。


この時代のマツダは、ロータリーエンジン搭載車が主軸だった。
コスモAP」「ルーチェAP」「サバンナAP」。


さらには、「カペラAP」「ファミリアAP」「ロードペーサーAP」。
ここでいう「AP」とは、低公害をアピールするAP(anti pollution)の意だった模様。
また「コスモL」のLは、「ランドウトップ」の頭文字である。


この当時は、乗用車メーカーとしても、あなどれない存在感を示していた、いすゞ。
ジウジアーロがデザインした「117クーペ」に、カジュアルなイメージの「ジェミニ」。


そして、フローリアン。
私が室蘭に住んでいた幼少の頃、タクシーでよく見かけたものだ。




いまでこそフルラインナップの大メーカーとなった、ホンダ。
だが、この当時の車種体系は、「シビック」と「アコード」の2車種という、シンプルさだった。
しかしながら、この頃のホンダ車は、なにか「新しい時代のクルマ」といったオーラを放っていた。
吉田拓郎氏が、初代シビックのオーナーだったことは、有名ですネ。






スバルも、「レオーネ」&「レックス」の2本立てながら、独自の個性を発揮。
レオーネには、すでに4WD車が用意されていた。


そして、ダイハツ。
コンソルテ クーペ」は、提携関係にあったトヨタの「パブリカスターレット」の、OEMモデル。
シャルマン」のシャシーやパワートレインは2代目カローラの流用だが、ボディはダイハツオリジナルだった。


この頃、軽自動車の排気量規格が見直され、上限360cc→550ccとなった。
そんな中、スズキの「フロンテ7-S」の排気量は、443ccにとどまる。
いわゆる「2サイクル」だったがゆえの、過度期的エンジンだったのでありましょう。


んでもって。
ここからは「アメリカ車」のご紹介。


GMには5つの部門があったのだという。
高級車は「キャデラック」・信頼性の「ビュイック」・開発先行車の「オールズモビル」・スポーツカーの「ポンテアック」・実用車の「シボレー」が、それである。
アメ車には明るくない私だが・・・大いに、勉強になりました。


信頼性の「ビュイック」。


スポーツカーの「ポンテアック」。


そして、実用車の「シボレー」。
個人的に、👆のクルマたちは、私がイメージする「実用車」とはかけ離れているが・・・


お次は、米国フォード。
リンカーンの変遷がよく分かる、この1枚の写真。


当時の「ムスタング」=現代の「マスタング」である。


続いて、クライスラー。


まさに、フルサイズな、アメリカンドリームなクルマたち。


さらには、AMCである。
この本が出版された当時、小学生だった私のクラスでは「スーパーカー消しゴム」が流行っていた。
そして私が持っていた中に、なぜか「AMCペイサー」のそれがあった。
このクルマって、スーパーカーだったのかなァ・・・


「英国車」のトップを飾るのは、「ロールスロイス」。
後席に座る方のために、「バーカウンター」が用意されている。


「ジャガー」と「アストンマーチン」は、英国紳士の欠かせないツール。


また、JPSカラーの「ロータス・ヨーロッパ」が、これまたカッコいい。


2シーターオープンの「MG ミゼット」。
これまた、英国発の、ひとつの様式といえましょう。


欧州フォードの「フィエスタ」は、横置きFFのコンパクトカー。
「MGB」は、FRスポーツである。


そして、「ミニ」一族。
この当時のミニも、意外にワイドバリエーションだったのだ。


引き続き、「西ドイツ車」を見ていこう。
「メルセデス」は、今も昔も、押しも押されもしないブランドイメージを守っている。




VWとアウディのクルマたち。
徳大寺有恒氏が、自動車評論家としての確固たる地位を築く礎となったのが「初代VWゴルフ」だったのは、あまりにも有名な話である。
そして私は、ロータリーエンジン搭載の「アウディ NSU RO80」にも、興味深々。
なお、排気量は「497.5cc×2」が正しいので、留意しましょう。


「VWビートル」は、私がコドモの頃は、本当によく走っていた。
黄色いビートルを見ると幸せになれる」という都市伝説も、実際にささやかれていたのだ。


オペル車のイメージは、欧州車というよりは「むしろ米国車的」であると、私は気弱に思う。




吉田拓郎氏も乗っていたという、「ポルシェ924」


「真っ赤なポルシェ」が、歌詞に出てくるような、素晴らしい時代でありました。


そして、みんな大好きな、フランス車。


シトロエン マトラ シムカ バギーラ クレージュ」というクルマは、今回この本を見直して、初めて知った。
これは、イイ意味で、「珍車中の珍車」であると、私は認定する。


お次は、イタリア車。
「フィアット X1/9」は、今見ても、カッコいい。


「アルファロメオ」は、まさにイタリアの伊達男。
アレッサンドロ・ナニーニのことを、ふと思い出す私。


スウェーデンのクルマと言えば、やはり「ボルボ」と「サーブ」である。
サーブというブランドは、惜しくも、消滅してしまったが・・・


そして、日本のカーマニアには馴染みの薄い、「ソ連」のクルマ
雪上走行をおもんぱかって、最低地上高を高く取っていたのだそうだ。
「モスクビッチ」というネーミングは、日本でいえば「東京太郎」といったイメージであろうか。


そして、この本が出版された当時の時代背景を反映し、いわゆる「スーパーカー」も取り上げられている。
「カウンタック」は、現地の発音では「クンタッシ」が正しいのだという。


ポルシェに、アルファ。


フェラーリに、マセラティ。


F1 KE009」は、1977年の日本グランプリで、【日本一速い男】星野一義氏が操ったマシンである。


また、この本のコラムに記された、「電気自動車」に関する記述が、じつに興味深い。
電気自動車の登場は19世紀だったにもかかわらず、21世紀の現代でも、一般的に普及しているとは言い難い。
また、そのメリット&デメリットについて、筆者氏は、45年前から鋭い指摘をしている。
まさに時代を撃っていると、私は大いに感銘したのでありました。

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自動車Ⅱ(宮本晃男 著)

2022年05月15日 | お宝倉庫


先日紹介した「自動車Ⅰ」に引き続き。
今回は「自動車Ⅱ」に触れてみたいと思うのです。


昭和45年2月1日発行の、この本。
私が成人してから、古本屋で入手したものだ。
著者は「自動車Ⅰ」同様、1907年生まれの「宮本晃男」氏である。


日本・アメリカ・ドイツ・イギリス・イタリア・フランス・スウェーデンの乗用車が、ブランドごとにずらりと並ぶ、目次。
背景に写っているクルマは「NSU Ro-80」だと思われる。



まずは、日本車。
トヨタのフラッグシップ「クラウン」は、3代目の後期型。
そして初代の「マークⅡ」&「カローラ」が、登場している。
「パブリカ」は2代目となった。


コンセプトカーの「EX-Ⅰ」「EX-Ⅱ」「EX-Ⅲ」。
そして興味深いのは「ミニエース」の存在。
0.8リッターの空冷フラットツーを積むこの商用車は、昭和50年まで販売されていたのだという。


そして【ボンドカー】「2000GT」。
このクルマは、現代にも通用する、美しいスタイルだと思う。


カローラのクーペタイプとして登場した「カローラ スプリンター」。
スプリンターはやがて独立した車種となり、カローラの兄弟車の役割を担うこととなる。


この当時は、トヨタ同様にフルラインナップを戦列に揃えていた、日産。
「2代目セドリック」「初代サニー」「3代目スカイライン」「3代目ブルーバード」。


縦目4灯が印象的な「3代目グロリア」は、合併前の「プリンス」が開発したもので、当時のセドリックとの「兄弟車」ではない。
ちなみに、小学生の頃の私は、「ハコスカ」と「初代ローレル」と「ブルーバード510」との見分けが付かなかったものだ・・・(遠い目)


「初代フェアレディZ」は、昭和44年に登場。
それまでの日産車の殻を破ったような、モダンなスタイルが印象的だ。


今でこそトラック専門メーカーになってしまったが、かつてのいすゞの乗用車は、異彩を放ち、独特の立ち位置にあった。
「ベレットGTR」の、透視図。


そして、イタリアンで美しい「117クーペ」。


三菱は「コルトギャラン」「コルト」「ミニカ」「デボネア」で、軽自動車から社用車までをカバー。


やはり特筆すべきは、この「デボネア」でありましょう。
昭和39年から61年までの22年間、モデルチェンジ無しで生産された、このクルマ。
私が大学生だった頃には、「走るシーラカンス」の称号を与えられていたものだ。
余談ながら・・・2009年に当別町で開催された「FUTOMIヒストリックカーフェスティバル」にて。
当時12歳だった長女が、「デボネアが一番カッコ良かった!」と発言していたことを、ふと思い出した私である(^^;


お次は、マツダ車。
当時の技術的なアッピールポイントは、「ロータリーエンジン」であった。


そして、ホンダ。
空冷エンジン+FFの「1300」は、まさに技術屋集団の意欲作。


スズキの「フロンテ」は、360ccと800ccの、二刀流。


SUBARUは、「1000」のマイチェンモデル「FF-1」と、「360」の後継車「R2」を発表。


日本車のトリは、ダイハツである。
実に興味深いのは、「万博用電気自動車」で、【警備用】と【タクシー用】の2車型が存在した模様。
この時代に電気自動車を、ダイハツが作っていたとは・・・
また、「コンソルテ」は、提携関係にあるトヨタの「パブリカ」とボディパーツを共用するが、エンジンはダイハツオリジナルだったという。



「日本車」の次に「アメリカ車」が紹介されているあたりが、当時のモータリゼーションの時代背景である。
GMの「キャディラック」「オールズモビル」・・・


「ポンティアック」「ビュイック」「シボレー」。
私はアメ車にはあまり詳しくないが、「カマロ」の存在は、なんとなく知っている。


お次は、米国フォードのクルマたち。
「マーキュリークーガー」は、一見ノッペラボーの「グリル内リトラクタブルライト」を持っている。
ちなみに、この「クーガ―」はアルファベット表記だと「COUGER」。
なので、SUVの「クーガ(KUGA)」との関連は無いと言えましょう。


「ムスタング」は、現代では「マスタング」と呼ぶのが一般的である。
かつての車雑誌等では、「ネルソン・ピケ」が「ネルソン・ピケット」と表記されていたことを、ふと思い出す私でした。


そして、クライスラーのクルマたち。
「ダッジ チャージャー」も、いわゆる「グリル内リトラクタブルヘッドライト」のクルマなのだ。
「GM・フォード・クライスラー」が「ビッグスリー」と呼ばれていた、そんな時代である。


続いては、ドイツ車。
メルセデスもかつては、ロータリーエンジンを開発していた。
試作車の「C111」。
市販されることはなかったが、その開発は’70年代末まで続いたのだという。


そしてVWは、おなじみのいわゆる「ビートル」。
なぜか「解体写真」が紹介されている。


「ポルシェ911」は、いわば「VWビートルの孫」的な系譜を持つスポーツカー。
フォルクスワーゲンーポルシェ914」は、ポルシェのエントリーカー的役割を担っていた。


英国車も、この頃は、元気だった。
「ロールスロイス」「ジャガー」。
蛇足ながら、「ジャガーXJ-6」は、かつて吉田拓郎氏も愛車としていたクルマだ。


2シーターオープンのスポーツカー「MGB」。
ユーノス・ロードスターのご先祖である。
そして、「ミニ」は、やはり英国車を代表する名車だと思う。


英国フォードのスペシャリティカー「カプリ」は、「ベビームスタング」の相性で親しまれていたのだという。
そして、風吹裕矢氏も愛した、「ロータス ヨーロッパ」


お次は、イタリア車が登場。
「ランボルギーニ エスパダ」は2+2のFRスポーツ。
搭載するV12DOHCエンジンは、325馬力を発揮したのだという。


そして、スーパーカーブームを体験したアナタもご存じの、「ランボルギーニ ミウラ」。
こちらのエンジンは370馬力で、最高速は300km/hに達したのだという。
今から50年以上前に、こんな車が存在していたことに、あらためて敬服する。


ルパン三世も愛した、「フィアット500」
RRであるという点は、「スバル360」同様である。


アルファロメオは、今も昔も、イタリアの伊達男のイメージ。
「スパイダー」の初代モデルは、1966年から1993年まで27年間生産された、「三菱デボネア」以上の長寿車である。


そして、いよいよフランス車。
シトロエンの「ディアンヌ6」は、「2CV」の上級志向派生モデル。
日産の「バイオレット」に対する「スタンザ」的な存在だったのかもしれない。
また、「DS20-21 パラス」が、写真ではなくイラストなのは、謎めいている。


シトロエンID19」は、いわば「DSの廉価版」。
プジョー504」は、当時のプジョーの最高級セダンであった。


そして、シトロエンといえば、やはり「2CV」。


「ユニークな操舵装置」というか・・・
一見で、私には、運転できそうもない(^^;


シムカ」はクライスラー傘下だったが、最終的にはプジョーに統合されてしまったという。
ルノー16」は、実用的な5ドアハッチバックのFF車で、現代の日本のコンパクトカーの規範を、半世紀も前から具現化していたのだ。
スウェーデン車は「サーブ」&「ボルボ」。
バブル期において、「サーブ900」は「女子大生ホイホイ」ともてはやされていたが・・・ブランド自体は2016年に消滅
「ボルボ」は、近年でも魅力的なクルマを産み出している。



日本の自動車生産台数の棒グラフ。
1956年(昭和31年)から1968年(昭和43年)までの12年間で、日本の自動車工業はまさに驚異的な成長を遂げたということが、よく分かる。


「エンジンと駆動輪の位置」のイラストが、手作り感と愛情に溢れていて、素晴らしい。


また、この時代からすでに「アンティロック・ブレーキ」(今でいうところのABS)についての記述があるのが、素晴らしい先見の明である。
ちなみに、日本で初めて発売されたABS搭載車は、昭和57年の「ホンダ・プレリュード」だった。

ともあれ、この「自動車Ⅱ」。
いまあらためて読み返してみて、なかなか面白かった。
時代の趨勢は「ペーパーレス」だが、普通に保存すれば何十年もそこに在り続けてくれる「紙の本」の文化価値を、ないがしろにしてはいけないと思うのである。




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自動車Ⅰ(宮本晃男 著)

2022年03月05日 | お宝倉庫


私がコドモの時に、「親に初めて買ってもらった車の本」が、この「自動車Ⅰ」である。


著者は、1907年生まれの「宮本晃男」氏。
昭和41年(1966年)初版で、昭和52年(1977年)重版の、この本。
絶版になって、幾久しいと思われる。


全154ページに、世界各国のクルマと、宮本氏のコラムが、散りばめられているのだ。


その本は、クルマのボディ形式の解説と、ロールスロイスの紹介から始まる。


続いては、日本の乗用車。
まずは、「トヨタ車」である。
今なおトヨタのフラッグシップ的役割を担う「クラウン」。
そして【ボンドカー】の「2000GT」
さらには【BC戦争のC】である「コロナ」が掲載されている。
1966年2月初版の、この本。
カローラ」は、この時点ではまだ登場していないのだ。


着目すべきは「トヨペット コロナ ファイブ ドア セダン」。
この時代に、すでに5ドア車を作っていたという点に、私はトヨタという企業の先見の明というか、懐の深さを感じる。


この当時は、トヨタと対峙するライバルだった、「日産自動車」。
【BC戦争のB】「ブルーバード」。
クリスプカットの美しき女神】「シルビア」。
【小公子】「セドリック」。
さらには、オープンスポーツの「フェアレディ」。
同社のラインナップの頂点に君臨する「プレジデント」である。


プレジデントの、透視図。
パワステ・パワーウィンドゥ・リモコンミラーは、今でこそ軽自動車にも当たり前のように付いているが、この当時は「高級車にのみ許された装備」だったのだ。


日本車メーカーとして、3番目に掲載されているのが、「いすゞ」。
「ベレル」「ベレット」には、当時からディーゼルエンジン搭載車が用意されていた。


そして、【繁栄を約束する働き蜂】がキャッチフレーズの「ベレット ピックアップ」。
商用車臭を感じさせない、モダンなデザインだと、私個人は評価する。


日産と合併する前の「プリンス自動車」。
「スカイライン」は〈高速と加速性能のすばらしい5人乗りGTカー〉と、紹介されている。
また、RRの「日野 コンテッサ」と、FFの「スズキ フロンテ」。
駆動形式が真逆なこの2車が、どちらもオーソドックスなセダンスタイルなのが、じつに興味深い。


三菱「コルト800」は、ファストバックスタイルの2ドアFR車。
初代「デボネア」は、1964年~1986年までの22年の長きにわたり生産され、「走るシーラカンス」の異名を与えられていた。
我らがSUBARUは、【革新的なフロントエンジン・フロントドライブ】の「スバル1000」と、RR軽自動車の傑作「スバル360」の、2本柱である。


この当時から、マツダ車は、スポーティなイメージが強い。
「ファミリア」「ルーチェ」「コスモ」「キャロル」。
どれも、どこかイタリアンな風合いがある。


ダイハツ「コンパーノ スパイダー」は、4人乗りという点が、大いに魅力的。
また、DOHCエンジン搭載でチェーン駆動の「ホンダ S600」には、まさに本田宗一郎氏の魂を感じる。


国産車の後は、輸入車である。
この当時は「外車≒アメ車」だったがゆえ、アメリカ車紹介に多くのページが費やされている。
のびやかに(ムダに?)大きな体躯の、「キャディラック」。


この書物の中で、私が最も着目したアメ車が、この「オールズモビル トロナード」である。
リトラクタブルヘッドライトに、おおよそ7リッターの大排気量V8 エンジン。
それでいて、この時代にすでに「FF」だったというのが、やり過ぎ感に富んでいて、素晴らしい。


続きましては、アメリカンスポーツカーの代表作である「コルベット スティングレイ」。


さらには、もう一方の雄「フォード ムスタング」。
ちなみに、現代は「マスタング」という表記が、一般的なようだ。




「フォード サンダーバード」に、「クライスラー ダート スーパー ギルダ」。
古き良き、アメリカンドリームを、感じずにはいられない。


ランブラー」は、20世紀初頭からある由緒正しいブランドだが、その名は1983年に潰えたのだという。


アメリカ車の次は、イギリス車。
「ジャガー」「ローバー」「アストン マーチン」「オースチン」・・・


そして、ライトウェイトスポーツの「トライアンフ スピットファイアー」「ロータス エラン」「MG ロードスター」。
これらのクルマの系譜は、1989年の「ユーノス・ロードスター」に、引き継がれ、今なお市場に踏みとどまっていると言えましょう。


そして、ドイツ車。
「メルセデス ベンツ」「ポルシェ」、そして「タウナス」(⁈)。


「BMW」「OPEL」はおなじみだが、「NECKER」は、謎めいたブランドである。
そして「DKW」と「NSU」は、現在の「AUDI」に繋がる系譜を持つのだという。


お次は、みんな大好き、フランス車。
「ルノー」が紹介されたこのページは、そこはかとなくトリコロールカラーである。


「シトローエン」は、頂点の「DS」と、底辺の「2CV」のコンビネーション。


スウェーデンからは「ボルボ」、イタリアからは「フィアット」が、それぞれエントリー。
この当時のボルボは、四角四面ではなく、流麗なイメージだったのだ。


そして巻末には、宮本氏のコラムが載せられている。


そして私は、「未来の乗用車」の記述に、驚愕。
「原子力エンジンの乗用車」。
今ではまったく考えられないことだが、1966年当時は「原子力」はまさに夢のエネルギーだったのでしょう。
原子力エンジンの車同士が、交通事故を起こしたら・・・
ああ、考えただけでも、身の毛がよだつ

ともあれ。
いまや貴重な文化遺産であるこの本を買ってくれた親に、あらためて、感謝の意を表したい

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ティレル・ポンチョ

2021年08月31日 | お宝倉庫



こないだの日曜日に開催された、F1ベルギーGP。
しかしながら、未曽有の大雨で、スタートからセーフティーカー先導。
そしてそのまま、わずか3周で、レースは終了。
ほぼスターティンググリッドの順位そのままのリザルトで、ハーフポイントが与えられるという、珍奇な展開となってしまった☔

ドライバーはもちろん、観戦していたお客さんも、タイヘンだっただろうと、私は深く同情する。


かく言う私も。
1992年の日本グランプリ予選を、雨の中、観戦した経験がある。
その際に鈴鹿サーキットの売店で購入したのが、👆の「ティレル・ポンチョ」なのだ。
いまや「ティレル」と言っても、なんのことやら分からない方も多いと思うので、解説すると・・・
′90年代に、中嶋悟を始めとして、片山右京高木虎之介らの日本人ドライバーを乗せて、F1を戦ったチームである。
古くからのF1ファンの方だったら、「たいれる6輪」の方が、なじみ深いかもしれない。


畳めば👆のようにコンパクトに仕舞える、このポンチョ。
「30年前のウェットレース」から、「雨の日のチャロくんの散歩」まで。
我が家の第一線で、今も現役で君臨する、お宝なのである

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ホンダ・シティ ミニカー

2021年06月02日 | お宝倉庫


免許を取った1989年から、1991年の春までの、おおよそ2年間。
私の愛車だったのが、👆の「初代ホンダ・シティ」である。
このクルマの中で友人たちと、「愛と平和」や「セナとプロスト」を語っていた、学生時代のことが、懐かしく思い起こされる。

そして、一昨年9月の話だが。
第5回 ノスタルジックカーフェスティバル」にて購入していたのが・・・


その、シティの、ミニカーである。
色も、レッドで、同一。
お値段は、なんと、5,000円💸
だがしかし、私個人にとっては、決して高くはない買い物だった。


サイドミラーは、私の愛車は「ドアミラー」に交換していたが、登場時のオリジナルは「フェンダーミラー」だったのだ。


登場当時(1981年)「トールボーイ」と呼ばれていた、このクルマ。
そのディメンションは、全長3380mm×全幅1570mm×全高1470mmだった。
ちなみに、現行ワゴンRのそれは、3395mm×1475mm×1650mm。
シティの方が、15mm短く、95mm幅広く、180mmも低いのだ。
ちなみに、低く構えて見える私のBPレガシィの全高は、この初代シティと同一の1470mm。
40年前と比して、現代のクルマは、とても背が高くなっているのである。


このミニカーのグレードは「R」。
これまた、かつて私が乗っていたシティと、はからずも同一グレードである。
タコメーターが装備され、リアスタビライザー付きのハードサスペンションで武装した、スポーティーグレードなのだ。


シート生地は、発泡PVCプリントレザー(いわば、ビニール)。
ヘッドレストを支える「デュアルステー」は、リアシートに座る乗員が、乗降時にグリップとして使えるようにとの、配慮なのだという。


その「レバー式の空調コントロール」や、ニョッキリと長く伸びた「シフトレバー」。


加えて、メーターパネルの再現性も、なかなか…というか、かなり素晴らしいではありませんか


ともあれ。
このミニカーは、私が現在所有するものの中で、ピカイチの存在である
この「ホンダ・シティ」と巡り会えたことを、私は天に感謝する


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JAF 永年会員ステッカー

2020年01月28日 | お宝倉庫


JAFの年会費を口座振替にしている、私。
この度届いた、本年更新の会員証とともに封入されていたのが、「永年会員ステッカー」である。
私がJAFに入会したのは、ユーノス・ロードスターを購入した1991年2月。
今年で30年目に突入することとなるので、このステッカーが届いたのであろう。


まあ、正直言って、このステッカーをマイレガシィに貼るかどうかは、なかなか微妙なところだが。

そして、振り返ってみると・・・
この30年間で、私のクルマがJAFのお世話になったのは、おそらく2回。
それは共に、前車「1995年式エスクード・ノマド」時代で、1回目は2004年1月の「ディストリビュータの結露」。
そして2回目は、同じく2004年10月の「オルタネーター故障」である。
なので、30年間で支払った会費総額「おおよそ10万円強」のモトをとったかどうかは、これまた、やや微妙なところと思われる。



しかしながら。
JAFは「故障の保険」という側面もさることながら、「会員優待および優待クーポン」を上手く使えば、年会費のモトを取ることは可能。
なので、今後も、私はJAF会員であり続けようと、微妙に、思っている。

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君は「テレホンカード」をまだ持っているか?

2019年06月01日 | お宝倉庫

かつて、携帯電話やスマホが普及していなかった頃。
異性に電話をする際、家の電話では、ばあちゃんに話の内容を聞かれるのが気恥ずかしかったので、私は「公衆電話」を大いに活用していた。
そのため、財布の中にいつも忍ばせていたのが、「テレホンカード」である。
そして、そのテレホンカードは、絵柄等がコレクションの対象になりうるアイテムでもあった。
今回は、数は少ないが、個人的には珠玉のお宝たちを、ここにご紹介させていただきたい。


この7枚が、私のお宝テレカである。


まずは、1989年頃入手の「ユーノス・ロードスター」。
このキュートなスタイルにココロ奪われ、私は実際に、’91年から’93年まで、このクルマを愛車としていたのである🚗


いわゆる「NAロードスター」は、後ろ姿がこれまた清廉な色気を持っていた。
そのテールランプは、「現代工業美術アート」として、ニューヨーク近代美術館に展示されているほどなのだ。


こちらは、「ユーノス・ロードスター 1800シリーズ2」。
1995年に入手したものと思われる。
個人的には、1800シリーズへの想いはやや希薄だったので、実際に公衆電話で使いきってしまったものだ。


これは、雑誌「ゴールドカートップ」のオマケとして付いてきたと思われる、ユーノステレカ。
コレクターズアイテムとしてではなく、実用品として財布に入れっぱなしだったためか、やや色褪せてしまったのが、惜しい。


この、「ザ・スタイル・カウンシル」のテレカも、同様である。
これは、アルバム「ザ・コスト・オブ・ラヴィング」の頃なので、1987年入手だと思う。


そして、「純レジェンド」テレカ。
「拓郎は、目。」「こうせつは、鼻。」「かまやつは、舌。」のフレーズが、三者三様の個性を巧く表現している。
このCMがTVで放送されていたのは1994年頃なので、その時に手に入れたのでありましょう。


そして、最大のお宝テレカ。
1992年頃入手の、「地下鉄にのって 吉田拓郎」🏅
あまり知られていないかもしれないが、その頃拓郎氏は札幌市営地下鉄のイメージキャラクターであった。
「当時恋人だった私の妻」の「先輩のご主人」が、札幌市交通局に勤務されており、そのルートでこのテレカ&同デザインのポスターを、私は手に入れたのである✌️
ああ、ありがたや、ありがたや。

家人にとっては「プラスチックゴミ」でしかないこのテレカたちは、私にとっては一生手放せない、大事なお宝なのである🌟

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たいまつ鏡餅干支を、フルコンプ(^^)

2019年01月04日 | お宝倉庫


 今年は「亥年」である。
 「猪突猛進」といった感じで、仕事にもプライベートにも励みたいものだが・・・
 なんとか、自分にムチ打って、頑張りたいと、気弱に、思う。


 さて、我が家では、2005年から、お供え餅に「たいまつ食品」の「お鏡餅福招き干支」を購入している。
 これに付いてくる干支のフィギュアが、なんとも可愛らしいからなのだ。
 順調にいけば、2016年に十二支がすべて揃ったハズなのだが、2007年は喪中だったため、お供え餅を購入しなかった。
 なので、2007+12=2019年の今年、めでたく十二支が揃ったのだ(^^)


 とはいえ。
 十二支が揃ってしまうと、来年から、この「お鏡餅福招き干支」を購入する、積極的理由が無くなってしまうのも、また事実。
 2巡目の干支フルコンプを、来年から目指すべきなのか・・・
 ああ、気絶するほど、悩ましい。

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MAZDA MX-5 minicar

2018年10月01日 | お宝倉庫

 こないだの土曜日。
 ヒマつぶしに「Hobby OFF」を覗いたところ、またしても魅惑的なミニカーを発見してしまった。


 

 それは、マリナーブルーの塗装色の、「MAZDA MX-5」。
 いわゆる「ユーノス・ロードスター」の、輸出仕様車である。


 そのつややかな張りのある、ボディ。
 そして、スモール&ウインカーレンズの、再現性も素晴らしい!


 そのボディの色っぽさは、ピチピチギャルというよりは、酸いも甘いも知りつくし落ち着いた、分別ある女性といったイメージ。


 ステアリングやインパネも、実車のイメージにかなり近い。
 ウッド色に塗られたシフトノブやサイドブレーキレバーは、実車とはやや異なるが、まあ、それはそれ。
 利口に責めるだけが人生ではない。愚かに許したい。


 またまた増えたお宝に、私は笑いが止まらないのだが・・・
 妻は、「またそんなモノ買ってきて!もうモノを増やさないで!今あるミニカーなんて、みんなホコリかぶってるじゃない!なんとかして!」と、怒り心頭だった(^^:


 さてさて、その、ミニカーたちの収納。
 そろそろ、何か、考えなきゃなぁ・・・

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クルマ2台、キャッシュで購入!

2018年02月05日 | お宝倉庫

 こないだの土曜日。
 ヒマつぶしに「Hobby OFF」を覗いたところ、またしても魅惑的なミニカーを2台発見してしまった。



 うち1台が、「トミカリミテッド・ユーノス ロードスター(黄)」。
 発売当初は700円だったというこの製品は、「税込1080円」で売られていた。
 私基準では、とてもリーズナブルと思えたので、迷うことなく購入。






 「サンバーストイエロー」のボディカラーに、ブラックのインテリア。
 これは、1991年に800台限定で販売された「Jリミテッド」ではありませんか! 


 テールランプや、エンブレム類等の塗装も、ほぼ完璧。
 ネット通販では高値安定の、このレアなミニカー。
 それを、たったの1080円ポッキリで購入出来たのは、まさに幸運としか言いようがない。
 これは、今年のおみくじが「大吉」だったことの、御利益かもしれない。

 

 そして、もう1台は、BPレガシィ。
 「トミカ組み立て工場 スバル レガシィ ツーリング ワゴン」を、税込864円でGET!


 やはり、SUBARUといえば、このWRブルーのカラーが、思い浮かぶ。




 ドアが「サッシュドア風」になっている等、造りのディテールにはやや難がある。
 だがしかし。それはこのミニカーの「お宝的価値」を、損なうものではない。




 加えて「サンルーフ仕様」というのは、これまた嬉しいじゃありませんか!

 
 「嬉々として、この2台のミニカーをウチに持ち帰った私」を見て。
 妻は「またゴミをお金で買ってきたネ!」と、辛辣に言い放ったのだった(^^;
 ああ、女ってヤツは、どうしてそうなんだろう・・・

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トミカリミテッド・ユーノス ロードスター

2018年01月15日 | お宝倉庫


 日曜の朝。
 「Hobby OFF」にてお宝を物色していたところ、なんと「トミカリミテッド・ユーノス ロードスター」を発見!
 発売当初は700円だったという、この製品。
 だがしかし。この2018年に「税込1080円」というのは、むしろリーズナブルと思えたので、迷うことなく購入した。


 対象年齢は、14才以上。
 もちろん私も、対象年齢に合致しているので、何の矛盾も無い




 ネオ・グリーンの塗装色に、タンカラーのインテリア。
 これは、いわゆる「Vスペシャル」というグレードである。


 「Roadster」の文字は、黒。
 つまり、このモデルは、いわゆる「黒バッジ」の「1600初期型NA」。
 さすがに「リミテッド」を名乗るだけあって、テールランプはもとより、エンブレム等の塗装や、タイヤのトレッドパターンに至るまで、細かく手が入っているのだ。


 だがしかし。インテリアの作りは、2ペダルなのにシフトレバーがMTっぽいなど、やや矛盾が感じられる。
 とはいえ、まあ、1/64スケールなので、目くじらを立てるほどのことでもないであろう。


 それにしても。
 このつややかな塗装の美しさは、やはり「リミテッド」感に溢れている。
 新年早々このミニカーに出逢うことができたことは、初詣のおみくじが「大吉」だったことの序章かもしれないと、私は思ったりしているのだ。うっしっし

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暇人画伯のディズニー土産

2017年03月11日 | お宝倉庫


 卒業旅行で東京ディズニーランドに出掛けていた次女(暇人画伯)から、お土産が宅急便で届いた。

 

 私へは、ミニカー「ミッキーのロードスター(ファンタジア)」!


 対象年齢は3歳以上なので、もちろん私もそこに合致している。


 モダンクラシックでアメリカンな、このミニカー。
 お宝コレクションがまた増えてしまい、私は感涙である(^^)



 そして、一家のおやつ&おつまみとして、ミッキー仕様の「かきのたね あんど ピーナッツ」


 それは「チーズ味」「梅しそ味」「海老マヨ味」「柿の種」の、4種詰合せ。


 今月は、おつまみタイムが、より華やかになりそうだ。うっしっし

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ユーノス・ガイドコミック―Car Life Goods編―

2017年02月25日 | お宝倉庫


 クルマのカタログ等を整理していたら、「ユーノス・ガイドコミック―Car Life Goods編―」なる冊子が発掘された。
 つまりこれは、「Eunosグッズを120%理解できる本!!」。
 1989年にマツダが「ユーノス・ロードスター」とともに「ユーノス・ブランド」を立ち上げた際に、ディーラーさんより入手したモノである。
 久々に読んでみたところ、なかなか面白かったので、この機会にご紹介しよう。


 登場人物は「裕」という青年と、その彼女「ノン子」の2人。
 漫画を描いたのは「ほしのちあき」さんである。

 当時。マツダは、その土着的イメージを払拭しようと、ユーノス店立ち上げの際には、クルマのみならずグッズも開発し、「ユーノス・ブランド」の定着を計っていたのである。


 まずは、オープンカー用のファッショングッズの紹介。
 【ヘアスタイルの乱れを防ぐ】「ハンティング」は、税別5,500円。
 【眼鏡の上からでも着用できる防塵グッズ】「シューティングサングラス」は、3,980円である。



 【母親並の親切さで、機能的にも優れた】「ドライビングジャケット」は、なんと120,000円!
 【タータンチェックのスコットランド製】「マフラー」は、25,000円。
 【タグホイヤー社製のクラシックモダン感覚】「ドライビングウォッチ」は、78,000円。




 【手の甲側が牛革で手のひら側がバックスキン】「ドライビンググローブ」は、16,000円。
 【最上級のパーマーウール】「長袖ポロシャツ」は、17,800円。
 【金モールの手縫いユーノスエンブレム付】「カーディガン」は、19,800円。
 【ハンティング同様風で飛びにくい】「キャップ」は4,800円。
 【高級オイルレザーを使ったホンモノ志向の逸品】「ベルト」は13,000円。
 【ハンドル操作を妨げない大きなアームホールが特徴】「スエットシャツ」は6,000円。
 そして、「半袖ポロシャツ」5,300円・Tシャツ1,900円・・・みなさま、いかがですか?
  

 【丈夫で軽く・温度変化や水にも強く・復元性にも優れた】「ソフトアタッシュケース」は、28,000円。
 【牛革オイルタイプ】「二つ折りパース」6,000円・「札入れ」6,400円・「パスライセンスケース」4,300円・「コインケース」3,200円・・・と、なっております。


 さらには、【最先端のカーボンファイバーを日本に初めて小物に取り入れて開発】いたしました、「ポーチ」25,000円・「二つ折りパース」7,000円・「パス・ライセンスケース」5,000円・「コインケース」4,200円。
 こちらは「牛革オイルタイプ」よりも、若干お値段がお高くなっております。


 【北海道の馬具専門メーカーに発注した逸品】「ポーチ」29,000円・「コインケース」5,300円・「ショルダーバッグ」28,000円
 【時代に左右されないトラディショナリズムの代表】「ボストンバッグ」は、38,000円です。


 【丈夫で軽く、収納力も優れた、ナイロンオックス】のお品の数々。
 「スポーツボストン」13,000円・「トートバッグ」12,000円・「ポーチ」6,000円・「トランクルームポーチ」3,000円・「フィティッドラゲージバッグ」5,000円。
 このうち、ロードスターのトランクルームにぴったりフィットする「トランクルームポーチ」と「フィティッドラゲージバッグ」は、なかなか魅惑的でございます。

 

 【5310(ゴミ入れ)プリントがお洒落な】「クリーンボックス」は、4,000円。
 蛇足ながら、かつてNAロードスターに乗っていた私は、この「5310」を実際に購入し、それは非常に重宝いたしました。


 【ノックのいらない究極の】「シャープペンシル」は、なんと7,000円!
 「ええっ!?」と派手に驚くノン子さんが、なんとも微笑ましい。


 【靴ベラとしても使える】「キーホルダーB」(5,000円)は、私も持っていたハズなのだが・・・
 さて、どこに行ってしまったんだろう(^^;


 【風で消えることがない】「ターボライター」(5,800円)も、愛車のマリナーブルーに合わせた「青」を持っていたのだが・・・
 これまた、どこに行ってしまったんだろう・・・(^^;


 種々の「Eunosこだわりグッズ」。
 これらも、バブルという時代の、落し子だったのでありましょう。
 だがしかし。NAロードスターという名車が世に出ることができたのは、バブルという時代があったからこそなのだ。
 もう、30年ちかくも前の、出来事になってしまうんですねぇ・・・

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