マー坊のあしあと。

ランニングと食べ歩き中心の生活履歴

旧中山道を行く 福島宿~上松宿~須原へ

2012年08月10日 | 旧中山道を行く
初めてかもしれない真夏の街道シリーズは。結構しんどいということを想定して、あまり長い距離は進まず。

そして足に負担がかからないように。



早朝の木曽福島駅。人はいません。駅横の有料駐車場も係員さんは不在でした。



当然駅前のお土産屋もまだ閉まっています。



いきなり細い路地みたいなところを入っていきます。


 
木曽町役場脇をすり抜けていきます。その脇道は未舗装路。



塩淵の一里塚跡



国道19号線に出ました。何かあった跡でしょうか。国道を横断。反対側に旧道が残ります。


 


御岳神社遥拝所 鳥居峠外ではここからしか御岳を見ることができないようです。今日は見えず。



沓掛の一里塚跡


 
木曽川の桟 橋ではなくて、川沿いの道が崩れ落ちないように石垣を組んだ道のようになっている。

その付近の川の流れ。良い景色ですね。


 
この国道19号の下にある石垣組みが【桟】です。対岸に渡るとよく見えます。



●38番目:寝覚ノ床がある『上松宿』


 
上松宿に入りました。そして宿場の風景。


 
表札に「といや」とかかっています。近寄ってよくよく見ると「脇本陣」「庄屋」「問屋」と3役?だった家でしょうか。


 
宿場の中に「本町の一里塚跡」がありました。


 
坂を上ったところ、小学校がありますが元は「木材役所」だったようです。


 
旅籠屋ですね。この間の道を下りていくと景勝地【寝覚ノ床】があります。

数度訪問したことがあるので今回はパスして進みます。



ツバメの雛。まだ巣立っていないんですね。旧中山道を進むと本当にツバメが多いです。


 
途中少しだけ石畳が残っていました。


 
小野の滝


 
荻原の一里塚跡



JR中央本線・国道19号・木曽川を眼下に見ながら進んでいきます。


 
民家の中に入っていきそうな道でした。その先は草むら。これでも旧道が残っていてありがたいです。



今回もクワガタに遭遇しました。ゆっくりと飛んでいたところを捕まえたので羽がしまい切れていません。



出てきました「中山道」案内板。これは助かります。



一番右側の道が旧中山道。



国道19号沿いではありますが、旧道は歩道として活用されているような感じです。



◆旧中山道を行く
 第1回:2008年5月25日(日) 日本橋~板橋宿
 第2回:2008年6月1日(日) 板橋宿~ 蕨宿~浦和宿~ 大宮宿~上尾宿
 第3回:2010年12月5日(日) 上尾宿~桶川宿~鴻巣宿~ 熊谷宿~深谷宿~本庄宿
 第3回extra:2011年4月3日(日) 岡部~本庄
 第4回:2011年4月3日(日) 本庄宿~ 新町宿~倉賀野宿~ 高崎宿~板鼻宿~ 安中宿~松井田宿
 第5回:2011年4月30日(土) 松井田宿~ 坂本宿~ 軽井沢宿~沓掛宿
 第6回:2011年5月1日(日) 沓掛宿~追分宿~小田井宿~ 岩村田宿~塩名田宿~ 八幡宿~望月宿
 第7回:2012年5月4日(金・祝) 望月宿~芦田宿~ 長久保宿~和田宿~ 下諏訪宿~ 塩尻宿~平出一里塚
 第8回:2012年5月5日(土・祝) 平出一里塚~洗馬宿~本山宿~贄川宿~ 奈良井宿~ 藪原宿~宮ノ越宿~福島宿
 第9回:2012年8月10日(金) 福島宿~上松宿~ 須原宿~野尻宿~三留野宿
 第10回:2012年8月13日(月) 三留野宿~妻籠宿~ 馬籠宿~落合宿~中津川宿
 第11回:2013年12月28日(土) 中津川宿~ 大井宿~ 大湫宿~細久手宿



五街道シリーズ
旧東海道を行く 日本橋~
旧中山道を行く 日本橋~
旧日光道中を行く 日本橋~
旧奥州道中を行く 宇都宮追分~
旧甲州道中を行く 日本橋~




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旧中山道を行く 藪原宿~宮ノ越宿~福島宿

2012年05月05日 | 旧中山道を行く
●35番目:鳥居峠を控え、飛騨街道との追分で賑わった六十九次の真ん中 『藪原宿』


 
藪原本陣跡と説明板



上の「本陣跡の碑」写真にも写っている「おぎのや」は有名蕎麦屋?駐車場満車になりました。



防火高塀跡 大火で宿場が消失することになり、火を防ぐための塀を設置したとのこと。


 
藪原宿の風景



藪原宿高札場跡 今では高札の代わりに赤ポストが立っています。



D51に目が行ってしまいますが、左下の説明板は「藪原の一里塚跡」とあります。



せっかくなのでD51を撮りました。



JR藪原駅 ここで休憩、で購入しておいた(野沢菜の。エリア限定ですかね)をいただきました。



木曽川 鳥居峠は木曽川と奈良井川の分水嶺になっていますのでここでは木曽川が旧中山道に沿って流れています。



宮ノ越宿入口の看板が出てきました。


 

 
巴淵



巴淵のところの橋から木曽川の流れを。この先すぐに宮ノ越宿です。



●36番目:木曽義仲ゆかりの地 『宮ノ越宿』


 
宮ノ越宿本陣跡 明治16年の大火によって焼失し、その後に再建されたものです。



脇本陣跡



宮ノ越宿の風景 従姉が日義の学校の先生をしていたことがあり、遊びに来たことがありました。

とても懐かしい風景です。教員用の宿舎がどこにあったかは覚えていませんが…

この先で宿外れになります。



宮ノ越の一里塚跡



向こうの山にはまだ雪が残っています。茶臼山?将棊頭山(しょうぎかしらやま)?


◆中山道中間点
 
ようやく中山道の中間地点までたどり着きました。8日目です。


  
原野~木曽福島間でまたまた原道が出てきました。川沿いに出て橋を渡ってまっすぐ進みます。

この先ではJRと交差しているので原道は無くなっています。



マンホールのデザインが福島宿・福島関所のものに変わりました。

今まで通過してきた各宿でもマンホールが宿場等のデザインになっていましたから、

写真撮り続けていればよかったですね。



経塚 



福島宿が見えてきました。



左が中山道です。福島関所へ。


 


福島関所



関所脇には資料館が建てられています。



●37番目:木曽氏の居城「上の段城」を中心とした城下町 『福島宿』



福島宿の風景


 
高札場 上の段地区への上り坂に建てられています。



古い町並み



海老屋



JR木曽福島駅

ここまで48km、今日は帰るのでここまでで終了としました。

連日の長距離で脚(足首)も痛んできていたのでちょうど良かったかな。


電車の本数が少ないので、まずは時刻表で時間を確認して近くのスーパーで昼食を調達。


切符を購入途中で各停電車が到着。

1時間に1本しかないですから駅員から運転手へ連絡が行き、電車が待っててくれました。

首都圏ではない光景ですね。



◆旧中山道を行く
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旧中山道を行く 奈良井宿~鳥居峠を越えて藪原へ

2012年05月05日 | 旧中山道を行く
●34番目:天保年間の建物が多数残る、鳥居峠を控えた 『奈良井宿』


 
奈良井宿の案内図。非常に大きく多数の旅籠があったようです。峠も控えていますしね。


 
逆光の影響もあり、影が濃くてちょっと見づらいですか?奈良井宿の風景です。


 

 
建物を中心に宿場の風景を撮ってみました。



上問屋跡



鉤の手になっています。



宿場の中で最も鳥居峠寄りの辺りです。もうすぐ宿場も外れになってきます。



高札場 このわずか先に神社があり、その先は峠道になります。



さぁ、鳥居峠に向かってスタートです。(右の階段からになります)


 
さっそく原道そのままに未舗装路。



一旦舗装路に出ますが…



またまた原道になります。道標付です。


  
石畳から始まり、路面も変化していきます。




 
中の茶屋があり、その脇には「葬沢」の説明書きが。

武田家家臣「木曽氏」は織田方に寝返り、旧主武田家と戦って…戦死した者たちをこの下の沢に葬ったとのこと。



九十九折になっています。


 
日当たり良好、勾配はきついながら走れなくはないですね。そして一里塚がありました。



峠の茶屋 ここが鳥居峠になります。



明治天皇が休憩された碑が残されています。



峠を過ぎての眺望 山しか見えませんが



栃の木群 この木の穴に捨て子があり、子宝に恵まれない村人が幸福になったということからこの木の実を

煎じて飲めば子宝に恵まれると言われているようです。



下りのトレイルも過去約3年トレイルを走る練習してきた成果でスムーズに下れます。


 
この上に「義仲硯水」のようですが、そこから引いてきた水が目の前に。

これから奈良井宿に向かって鳥居峠越えをするおば様連中がいらっしゃいました。

 「奈良井からいらっしゃったの?若い人は速いわねぇ」

えっ!?速いかどうかはわからないでしょ?スタートした時間もご存じないくせに。

そもそも奈良井からじゃなくて塩尻から来たのにな。

 「頑張ってくださいね」

とだけ返しましたが。

私もここの水で力をいただいてさらに下りを加速していきます



藪原宿あたりが目の前に。



鳥居峠の説明板が設置してありました。これから峠に向かう人用に。



石畳が藪原宿側にもありました。歩きでは良いものの、走るのは足場が悪くて難しいですね。



山道を抜けて舗装路になり、「原町清水」という湧き水場がありました。


  『この水は峠を越える旅人が喉をうるおしたもので今も飲み水として使用されています』


私は「越えてきた旅人」ですが、こちらの水で喉を潤させていただきました。


 
尾州御鷹匠役所跡 鷹狩のための鷹の飼育などを行っていたようですね。

尾州(尾張藩=徳川御三家の一つ)の藩主はたいそう鷹狩がお好きだったようです。


 
飛騨街道と中山道の追分 この表示は御鷹匠役所からの坂を下る途中にありました。

坂を戻れば中山道、左に細い脇道がありましたがそれが飛騨街道とのことでした。



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旧中山道を行く 平出一里塚~洗馬宿~本山宿~贄川宿~奈良井へ

2012年05月05日 | 旧中山道を行く
前日に引き続いての『旧中山道を行く』です。



朝から良い天気、稜線もくっきりです。今日は雨は降らないでしょう。逆に日焼けが心配になります。

平出一里塚からスタート。ぶどう畑の中を進んでいきます。

「中仙道一里塚」交差点を左折、国道19号と重なっていきます。


 
肱懸松



●31番目:牛首峠越え→塩尻峠越えにルート変更で設置された 『洗馬宿』



洗馬宿分去れ



直進が善光寺道(北国脇往還)、右が塩尻方面の中山道。


 
京方面から来るとこのような追分になっています。旧中山道は左に入り、その先で上記「分去れ」が出てきます。



洗馬宿の風景



洗馬宿本陣跡



洗馬宿脇本陣跡



高札場跡

この先はなだらかに下り坂、JR線の下をくぐっていきますがおそらくこの辺りで宿外れになったと思います。



牧野の一里塚です。塚という感じではなくて傾斜面に植えられているように見えます。



●32番目:旅籠が34軒も立ち並んで繁盛した 『本山宿』


 
本山宿の目印が建てられていますが、その隣には石碑群がありました。



俵屋 自家用車がなければベターなんですがね。旅人としてはちょっと残念です。



川口屋 古い町並みが残されていていいですね。



脇本陣・上問屋跡

この先で国道19号に合流、宿外れとなります。



日出塩の一里塚



初期中山道に関する説明板がありました。それには「牛首峠」ルートから「塩尻峠」ルートへ変更された旨の

記載などがありました。



「是より南 木曽路」の碑 ようやく木曽路に突入です。かなり遠くまで来た印象を受けますね。


 
木曽路の風景 川は「奈良井川」、山桜もきれいに咲いています。



茶屋本陣 明治天皇もここで小休止されたとのこと。川の流れ・せせらぎ音で癒されたでしょう。



若獅子の一里塚 桜は散り始めていますがきれいですね。



JR中央本線・国道19号・旧中山道が並行しています。



●33番目:(江戸から来ると)木曽路最初の宿場町 『贄川宿』



宿場の説明板が駅前に設置されています。


 
贄川には関所が設けられていたようです。ここは再現された関所です。



「加納屋」だった深沢家住宅。文化財ですがお住まいの方の車が止められており非常に残念です。

旅人的には車のない画を撮りたかったなぁ。



この先一旦国道19号に出ますが再度脇道から旧道へ。

気づきにくいですが植え込みの中に道標がありました。「中仙道」の記載ですし、近代になり設置?ですかね。


 
押込一里塚跡 左脇に公園がありそこに一里塚を模した感じに植え込みがありました。「模して」ない!?



木曽平沢地区に入ると中山道とこの地区の説明板がありました。


 
ほとんどの店が『漆器屋』で、こんなにたくさんあって成り立つの?って感じです。

その漆器ですが6月1日~3日で【木曽漆器祭】が開催されるようです。

お値段張りそうな漆器ですが、この祭の際には少しは御値引いただけるのかな?



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旧中山道を行く 塩尻宿~芦田へ(平出一里塚まで)

2012年05月04日 | 旧中山道を行く
●30番目:善光寺道・三州道・中山道合流の交通の要衝で2番目に旅籠が多かった 『塩尻宿』



塩尻宿の中心部になっていきます。



塩尻口留番所跡 この奥?



立派な門ですね。



「旅籠いちょう屋」だった小野家住宅は2棟並んでいますが、塩尻峠側の建物は改修工事中でした。



上問屋跡



下問屋跡と高札場跡



塩尻宿本陣跡



脇本陣跡



陣屋跡

本陣・脇本陣・陣屋と3つが並んでいました。







堀内家住宅 この辺りの名主といことで、建物もすごく立派です。


この辺りは宿場の外れに近く、この(ずいぶん)先「下大門」交差点を左折します。


 
平出の一里塚 立派な塚とともに残っていますが、片方だけでした。


時間は18時20分、日が暮れてきましたし宿はJR塩尻駅前に取っているので本日はここまでとしました。

この後、宿まで移動し本日の走行距離は62km。お疲れ様でした。

明日に備えて栄養補給と脚のケア(まずはアイシングで)です。



◆旧中山道を行く
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旧中山道を行く 下諏訪宿~塩尻峠を越えて塩尻へ

2012年05月04日 | 旧中山道を行く
●29番目:甲州道中との合流地・諏訪大社詣で大きな宿場に。 『下諏訪宿』



諏訪大社下社春宮の方へ(右側の道)入っていきますが、諏訪湖が大きく見え始めてきました。



諏訪の町と諏訪湖が見渡せます。春宮脇からの眺めです。



右の坂から下りてきました。一枚上の写真はこの坂の上から撮ったものです。

旧中山道は背中側の方に向かっていきますが、左の道で春宮の方へ行くことができます。



諏訪大社下社春宮



すぐ脇に慈雲寺がありすが、気になるものがあったので急勾配ながら登ってみました。


 
矢除石 武田信玄公が戦に出る時に戦勝の教えを乞い、この石には矢除けの霊力があると言われ、霊力を宿した

札をもって戦場に赴いたとのこと。


 
下之原の一里塚 民家のところに置かれておりました。当時、塚はどうなっていたんでしょうね。







下諏訪宿の風景 真ん中は「旅籠鉄鉱泉」、下は茶屋「松屋」さん。



よく知られた「旅籠つる屋」跡 相当有名だったのでしょうか。


 
下諏訪宿本陣と説明板 雨に濡れていたのでシューズを脱ぐのも…上がるのも失礼かと思い今回は通過しました。

旧甲州道中でここまでたどり着いた時には中を見学したいと思っています。



その「旧甲州道中」と今走ってきた「旧中山道」合流の地&碑です。



問屋場跡

旧中山道から外れますがせっかく近くに来たので「諏訪大社下宮秋宮」に立ち寄り。昨夏来たときには

改修工事をしていましたからね。



鳥居


 
本殿等



さざれ石 「君が代」に登場する「さざれ石」


 
「旅館みなとや」さんの前に道標。「右甲州道中」「左中山道」とは京側から歩いてきた人向け表示です。



下諏訪駅を通り過ぎ、春宮への一之宮がありました。

この辺りで下諏訪宿も宿外れとなります。



この辺りまでが諏訪。道祖神への御柱設置も見つけた中ではこれが最後のような気がします。



旧道は路地裏に…


 
道標・旧中山道の風景



今井番所跡


 


旧今井村の茶屋本陣跡 明治天皇もここで小休止されたようです。手書きの説明板がなんだかほっとさせます。



道標 「左しほじり峠」「右しもすは」と表示。本日3つ目の峠「塩尻峠」に向かって上りが始まります。



石船観音 ここの清水を頂戴して上り坂に備えます。昔の旅人もそうしたと思われます。


  
急勾配が伝わるでしょうか…今日通過してきた「笠取峠」を上るよりも、「和田峠」上るよりも、以前通った「碓氷峠」よりも

すごい急勾配です。距離は短めですが走って上るだけの脚力余力はありません



石船観音から比較的近いところに大石がありました。本当にでかいです。比較となるものを横に置いて撮影すれば良かったな。



塩尻峠 明治天皇もここで一休み。ここからの眺望を楽しまれたことでしょう。


 
展望台が設置されていました。左が諏訪方面(諏訪湖が見えます)、右が塩尻・松本方面。

ここからは塩尻宿に向かって駆け下りていきます。

急勾配を上ってきただけに、急勾配を下りるとなると脚への負担も厳しくなりますね。



塩尻峠の茶屋本陣



東山一里塚 塩尻に向けてはここと平出の一里塚が原形をとどめる一里塚との説明書きです。



柿沢地区の風景 昔の町並みに近い形でしょうか。塩尻峠からの下りは少し緩めの勾配で長く続いています。

走って進むにはちょうど良いくらいです。





柿沢地区の家、高札場跡。



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旧中山道を行く 長久保宿~和田宿~和田峠を越えて下諏訪へ

2012年05月04日 | 旧中山道を行く
●27番目:2つの峠(笠取・和田)の間で休む人も多かった 『長久保宿』



長久保宿に入っていきます。



古い建物が目につきます。


 
一福処濱屋 旅籠として建てたものの、明治維新後は交通の発達もあって客足が伸びずに旅籠としては開業できず。


 
長久保宿本陣跡



復元された高札場



長久保宿脇本陣跡


 
釜鳴屋 指定重要文化財です。



長久保宿内で追分あり。和田宿方面から歩いてきた場合に右中山道、左善光寺街道(北国街道)になります。

この先少々長久保宿が続いていきますが、特に何もなくて宿外れになります。



一里塚跡



依田川と大門川の合流。ここから上流は「渓流釣り」との指定看板などがありました。


 
水明の里公園 大きな中山道説明板が設置されています。


 
旧中山道の風景…手前左のバス停が右の写真。バス停まで違いますねここは。


 
ミミズの碑 「ミミズ」?(笑)


 
三千僧接待碑


 
若宮八幡宮 武田信玄が攻めてきたんですね。ここに攻め入るということは諏訪制圧後になるのかな。



若宮一里塚



●28番目:中山道屈指の難所「和田峠」を控えて栄えた 『和田宿』



是より和田宿です。

ここで再度に見舞われました。

バス停で雨宿り。その間にで腹ごしらえ。


 
かわちや



旅籠大黒屋



和田宿本陣


 
本陣の建物と説明板

一旦上がったと思ったが再度降り出してしまう…休み休み進むことになりました。


 
脇本陣と説明板



和田宿の町並み



高札場跡地は説明板のみでした。


 
和田鍛冶足交差点。和田峠方面は青空が見えてきています。この交差点には一里塚がありました。

この先、と天候回復するとよいのですが…(実際は?それは下記にて)



途中、「本陣」という苗字?表札がかかっているお宅を発見。茶屋本陣をされていて「本陣」という苗字になったのでしょうか?


 
この本陣さん宅の方は江戸時代中期?かにルート変更されて中山道になったようです。

初期の中山道も残されているようで、一旦戻りそちらを進んでいきました。



唐沢の一里塚。両サイドに塚がしっかりと残っており、塚の間や風景としても昔の中山道を感じることができます。

今までの一里塚で最高のシチュエーションじゃないでしょうか。タイムスリップしたかのような錯覚に陥ります。


  
左の塚、右の塚。そして説明板。



ここを右折していよいよ和田峠に近づいていきます。



と思ったら舗装路(国道142号)とはここでお別れ。旧道がしっかりと残されていました。


 
この近辺の中山道図。


 
旧中山道を上り始めてすぐに「三十三体観音」があります。


  

  
旧中山道(原道)の風景 どんどん登っていくだけです。先がなかなか見えてきません。


 
永大人馬施行所跡 接待


  

 
「接待」のところでいったん舗装路に出ましたが、200mくらいなもの。その先もまた原道(未舗装路)になります。

前日の雨もなんのその。傾斜によって流れていってしまった&水はけのよい状態なのでしっかりと走れます。

踏み込んでもにじみ出ることはありません。

隣に沢があって、心地よい水の音を聞きながら登っていきます。


 
広原の一里塚 しっかりと盛り土部分は残っていますが、右側は一里塚?正しいですかね?



あの先が峠かな?


 
東餅屋跡とその説明板 峠を越す旅人の休憩所として5件くらい茶屋があったようですが、

今となっては石垣が残るのみです。

ただし…



かわりに力餅を売っている売店が目の前にありました。立ち寄り客がそこそこいるようで車が3台止っておりました。


  
九十九折になっている県道を串刺しするように何度も横切ります。

旧道は未舗装路のままです。



どうやらこの先が峠のようです!


 

 
和田峠にようやく到着です。風が吹きさらす非常に寒い峠で、冬場の旅は大変だったと想像できます。

ここは「中央分水嶺」でもあるようです。佐久側:千曲川・信濃川と、諏訪側:諏訪湖方面ですね。

峠なのでようやく下りです。

ここに旅人向けの地図が置いてありました。

 「下諏訪の中山道」「下諏訪の甲州道中」

というものですが、その差し込みにあった言葉を紹介します。


 『東坂はやすらかにして西坂はけはし、三月まで雪多し』


確かに西側の斜面を下るのは少し厳しかったですね。

急且つ道が荒く、一部は崖ですから。


  
下り坂の風景と足場の変化です。



石小屋の跡です。


 

 
東坂よりも石が多い気がしますね。結構走りづらいです…


 
西餅屋茶屋の跡と説明板


  

  
一里塚は西餅屋からわずかなところに。石場などがあり下るには少し気を遣いながらになります。


 
雲行きが怪しくなり、そろそろ雨が降るかなぁ?と思ったら雹が降り始めてきました

も鳴り、近くに2発くらい落ちたような音が。光って音が鳴るまでの時間が短すぎます。

雨宿りする場所もない下り道。滝のようになって雨水が道路を流れていきます。

その中をシューズも自分もずぶ濡れになりながら下って行きました。


 
浪人塚 幕末に水戸の浪士が上京しようとする際、高島・松本藩と激突し戦死。戦死者を悼んで作られたものらしいです。



樋橋本陣跡 茶屋本陣跡で小松家屋敷跡。町指定文化財です。


 
またまた側道に旧道がそのまま残されていました。畑の畦道になっています。



その先は住宅地の中に入っていきます。変化に富みますねぇ。



諏訪になると道祖神にも御柱がつくようです。前後左右に4本しっかりと。次々と現れる道祖神はみなこうなっていました。


 
木落し坂 御柱祭り(7年に一度くらいやって、ニュースでも流れますよね。巨木を上から落として男性が掴まっているやつ)で

使われる坂で、かなりの急勾配です。このようなところにあったとは驚きです。(山の中にあると思っていました)



実際の御柱サイズのものが展示されておりました。


 
上からと横からと写真を撮ってみましたが、その斜度とかわかるでしょうか。下からも撮ったほうが良かったかな?



木落し坂の脇に旧道が残されており、下って国道に合流するところ。芭蕉句碑です。



◆旧中山道を行く
 第1回:2008年5月25日(日) 日本橋~板橋宿
 第2回:2008年6月1日(日) 板橋宿~ 蕨宿~浦和宿~ 大宮宿~上尾宿
 第3回:2010年12月5日(日) 上尾宿~桶川宿~鴻巣宿~ 熊谷宿~深谷宿~本庄宿
 第3回extra:2011年4月3日(日) 岡部~本庄
 第4回:2011年4月3日(日) 本庄宿~ 新町宿~倉賀野宿~ 高崎宿~板鼻宿~ 安中宿~松井田宿
 第5回:2011年4月30日(土) 松井田宿~ 坂本宿~ 軽井沢宿~沓掛宿
 第6回:2011年5月1日(日) 沓掛宿~追分宿~小田井宿~ 岩村田宿~塩名田宿~ 八幡宿~望月宿
 第7回:2012年5月4日(金・祝) 望月宿~芦田宿~ 長久保宿~和田宿~ 下諏訪宿~ 塩尻宿~平出一里塚
 第8回:2012年5月5日(土・祝) 平出一里塚~洗馬宿~本山宿~贄川宿~ 奈良井宿~ 藪原宿~宮ノ越宿~福島宿
 第9回:2012年8月10日(金) 福島宿~上松宿~ 須原宿~野尻宿~三留野宿
 第10回:2012年8月13日(月) 三留野宿~妻籠宿~ 馬籠宿~落合宿~中津川宿
 第11回:2013年12月28日(土) 中津川宿~ 大井宿~ 大湫宿~細久手宿



五街道シリーズ
旧東海道を行く 日本橋~
旧中山道を行く 日本橋~
旧日光道中を行く 日本橋~
旧奥州道中を行く 宇都宮追分~
旧甲州道中を行く 日本橋~




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旧中山道を行く 望月宿~芦田宿~長久保へ

2012年05月04日 | 旧中山道を行く
久しぶりに『旧中山道を行く』の続きです。一番最初にスタートしたのにまだ中間地点までにも到達できていない。

1年ぶりとなります。

大宮駅6時50分の新幹線に乗り、佐久平駅下車。

そこから千曲バスに揺られ、望月へ。乗車客は自分ひとり。途中「御馬寄」で一人女子高生が乗ってきました。

望月バスセンターで下車し、望月宿より再スタートです。

(60km進んだので相当な長編となります。たぶん読むのが面倒になってスクロールしてしまうでしょう。)



●25番目:旅籠屋の古い建物も残っている 『望月宿』



今日のスタートはここ。「望月バスセンター」 トイレは9時からしか使用できず。



望月宿本陣跡。今は資料館になっています。

トイレはここの向かいにありました。早朝より歩かれる場合にはこちらのご利用を。



脇本陣跡の鷹野屋。



大伴神社。これを過ぎると宿外れになります。すぐに上り坂です



今回もこの目印が旧中山道を進むのを助けてくれています。



にごり池。澄んでいるとあまり良いことが起きないらしい…



●間の宿:残念ながら幕府に公認されなかった寂しい宿。けれど雰囲気がよく残っている 『茂田井宿』


 
茂田井間の宿への入り口



神明社


 
武重酒造。文化財指定。ここにはもう一軒老舗酒造がありました(大石酒造)


 
茂田井の風景(2枚目の方は振り返り撮影)


 
ここは2つの組で構成されていたので高札場も上下の2か所にあったようです。



上組高札場があったところはかなりの急勾配登り坂。ここは石割坂という名称付。



茂田井の一里塚

この一里塚を過ぎると宿外れとなります。



●26番目:「芦田の駅わびしき所也、宿あしし、不用心也」とあまり評判がよくなかったようで。 『芦田宿』



これより芦田宿です。



宿場の中心部の風景。右に本陣、左に脇本陣。



本陣の門構え。


 
中に入れ、本陣の説明と本陣の建物を見ることができます。


 
脇本陣山浦家。火事で焼失しており蔵を残すのみ。


 
交差点を挟んでこちらも山浦家。庄屋と脇本陣を兼務していたようですね。


 
金丸土屋旅館とその説明書き。しっかりと重要文化財登録で残していってもらいたいですね。



この先松並木になります。笠取峠に向けて上りが続いていきます。



松並木



牧水歌碑



笠取峠の茶屋に関する説明



皇女和宮東下行列に関するもの。4日間で8万人が通過したというから驚きです。相当踏み固められたでしょう。



両宿場の画入り。



小諸領もここまで。


 
松並木も結構残されていますね。笠取一里塚も発見。



笠取峠 ずっと上りでしたが走れない勾配ではありませんでしたね。



峠を過ぎると長和町です。



さっそく現在の中山道と旧中山道との分岐です。右が旧中山道と思うでしょ?



正解は正面に原道が残されていました


 
こういう原道がしっかりと・未舗装のまま残されているのはうれしいですね。



ここまで何度か雨に降られましたがようやく雨上がり?稜線が見えています。



見落としがちですが「中山道」誘導板があるので大助かりです。



細い道の先は松尾神社内を通過でした。



◆旧中山道を行く
 第1回:2008年5月25日(日) 日本橋~板橋宿
 第2回:2008年6月1日(日) 板橋宿~ 蕨宿~浦和宿~ 大宮宿~上尾宿
 第3回:2010年12月5日(日) 上尾宿~桶川宿~鴻巣宿~ 熊谷宿~深谷宿~本庄宿
 第3回extra:2011年4月3日(日) 岡部~本庄
 第4回:2011年4月3日(日) 本庄宿~ 新町宿~倉賀野宿~ 高崎宿~板鼻宿~ 安中宿~松井田宿
 第5回:2011年4月30日(土) 松井田宿~ 坂本宿~ 軽井沢宿~沓掛宿
 第6回:2011年5月1日(日) 沓掛宿~追分宿~小田井宿~ 岩村田宿~塩名田宿~ 八幡宿~望月宿
 第7回:2012年5月4日(金・祝) 望月宿~芦田宿~ 長久保宿~和田宿~ 下諏訪宿~ 塩尻宿~平出一里塚
 第8回:2012年5月5日(土・祝) 平出一里塚~洗馬宿~本山宿~贄川宿~ 奈良井宿~ 藪原宿~宮ノ越宿~福島宿
 第9回:2012年8月10日(金) 福島宿~上松宿~ 須原宿~野尻宿~三留野宿
 第10回:2012年8月13日(月) 三留野宿~妻籠宿~ 馬籠宿~落合宿~中津川宿
 第11回:2013年12月28日(土) 中津川宿~ 大井宿~ 大湫宿~細久手宿



五街道シリーズ
旧東海道を行く 日本橋~
旧中山道を行く 日本橋~
旧日光道中を行く 日本橋~
旧奥州道中を行く 宇都宮追分~
旧甲州道中を行く 日本橋~




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旧中山道を行く 八幡宿~望月宿

2011年05月01日 | 旧中山道を行く
●24番目:往時は道悪で追加で設けられた 『八幡宿』



これより八幡宿


  
八幡神社 これがこの宿場の名前の由来みたい。塩名田からすごく近く、旧中山道内で最も宿場間が短いらしい。

重要文化財?の本殿。

ここ前後は道の上り下りがあって走っても歩いてもちょっとタフ?



八幡宿の町並み



八幡宿本陣跡 碑と門だけしか残っていない。



脇本陣と思われる建物


 
八幡宿もここで終わり。先の交差点を右に進む。



金山坂



百沢の祝言道祖神



瓜生坂方面への旧道入口



道祖神と水仙



瓜生の一里塚


  
瓜生坂 ここだけ原道が未舗装で残されている。坂を下ってみると下にも看板あり。


 
さらに下りの急坂が続く。長坂という名。もうすぐで望月宿。



新旧の中山道に関する説明看板。旧中山道は川を渡らずに進んで先の橋で渡っていたようだ。

現在(中山道)は



鹿曲川を長坂橋(この写真を撮った橋)を渡って右折していく。



●25番目:旅籠屋の古い建物も残っている 『望月宿』



ここ右折。望月宿に。バスターミナルあり。佐久平駅からバスでここに来ることができる。



望月宿本陣跡。この病院の隣に広いスペースがありおそらくそこを含めての本陣であったと想定される。



脇本陣・鷹野屋



真山家・大和屋 重要文化財


 
大伴神社 右側には「中山道望月宿」の碑も。今回はここまで。


前日夜はこの宿場にある「旧山城屋」さんに一泊させていただいた。


  
外観は雰囲気が残ってますがね、部屋はベッドだった



◆旧中山道を行く
 第1回:2008年5月25日(日) 日本橋~板橋宿
 第2回:2008年6月1日(日) 板橋宿~ 蕨宿~浦和宿~ 大宮宿~上尾宿
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旧中山道を行く 岩村田宿~塩名田宿~八幡へ

2011年05月01日 | 旧中山道を行く
●22番目:城下町で人気薄、本陣・脇本陣も置いていなかった 『岩村田宿』


高速道路を越えて「住吉神社」があるがこの辺りから宿場が始まっていたらしい。



信玄公墓所の龍雲寺へ


  
上洛途中で病死した信玄公は火葬され、ここに葬られたらしい。実際に骨壺が出て、一緒に埋葬された品々から確実とのこと。



岩村田宿中心地。歩道はアーケードに。ここで和菓子の和泉屋さんでエネルギー補給。



相生の交差点を右折していく。ちなみに直線は「佐久甲州街道」で甲府につながっている。

ここで岩村田宿は抜けたような感じになる。



相生の松 皇女和宮が休憩した(?) 相生は「愛追い」で輿入れする身としては響きのよい地名だったのだろう。

この先は田畑の中を抜けていく道になっていく。



道脇にはつくしが。この辺りの人は食べないんだろう。生え放題で誰も採った形跡はない。


  
りんごの木 赤と白の花



途中の町並み



似たような道があるが左が正解。ここにもありがたい看板が立てられている。


 
桜がまだ咲いている。この右奥に駒形神社があった。


 
右下に行く未舗装路が旧中山道。いやー難しいね。この坂を下ると…



●23番目:千曲川越え 『塩名田宿』



これより塩名田宿。


 
塩名田宿本陣跡



塩名田宿で一番古い建物のようだ。


 
塩名田宿の千曲川沿いの旅籠群。明治になって中津橋の設置と旧中山道が高い位置を通るようになり、宿も3階建てになど

旧道と新道対応にしたらしい。


 
中津橋と千曲川 舟つなぎをした石などがあり、舟つなぎによって対岸に渡る道としていたようだ。



中津橋から千曲川の流れ



御馬寄の町並み 地名も旧中山道に相応しい?千曲川を渡ったところの町並み。



ここにも小さな「中山道⇒」の看板。これないとわからない。


 
一里塚跡 ここの脇道が旧中山道か?田んぼの畦道だけれど。



◆旧中山道を行く
 第1回:2008年5月25日(日) 日本橋~板橋宿
 第2回:2008年6月1日(日) 板橋宿~ 蕨宿~浦和宿~ 大宮宿~上尾宿
 第3回:2010年12月5日(日) 上尾宿~桶川宿~鴻巣宿~ 熊谷宿~深谷宿~本庄宿
 第3回extra:2011年4月3日(日) 岡部~本庄
 第4回:2011年4月3日(日) 本庄宿~ 新町宿~倉賀野宿~ 高崎宿~板鼻宿~ 安中宿~松井田宿
 第5回:2011年4月30日(土) 松井田宿~ 坂本宿~ 軽井沢宿~沓掛宿
 第6回:2011年5月1日(日) 沓掛宿~追分宿~小田井宿~ 岩村田宿~塩名田宿~ 八幡宿~望月宿
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