羊のドリーが体細胞核移植によってクローニングされた衝撃の論文が出たのが1997年でした。そのNatureの論文の筆頭著者、Ian Wilmutは当時50歳過ぎ、獣医学で有名なエジンバラのRoslin Instituteの研究者でした。哺乳類で体細胞核のリプログラミングが可能であることを示した画期的な論文でした。以後、体細胞移植(SCNT)は、ステムセル研究の中心技術として確立し、その他マウスやサルを含む複数の哺乳類でSCNTでのクロニーング、ES細胞株の樹立が成功しています。昨年、Wilmutは約30年を過ごしたRoslin Instituteを辞め、 Scottish Center for Regenerative Medicine in Edinburghでのポストに移りました。現在、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の再生医療についての研究が主なプロジェクトのようですが、SCNTは技術的に困難な上に特殊な機器が必要であったり、大量のドナー卵子を必要とするなどの理由で、研究は遅々として進まないようで、WilmutはSCNTではなくiPSを使った研究へとフォーカスを変えたようです。ステムセルの再生医療への利用を研究するのではなく、細胞のリプログラミングそのものを研究している研究室では、iPSなどでのリプログラミングがどういうメカニズムで起こってくるのかといった基礎的な疑問に答えるために、SCNTや他の方法で得られたステムセルを比較する必要があり、SCNTはまだまだ必要とされているのですが、そういった特殊な例を除けば、iPSの登場によってSCNTの必要性は急激に低下してきているのは事実でしょう。振り返って、ドリーとiPSの科学的価値という点に絞って考えると、哺乳類で核のリプログラミングができるという「生物学的」発見がドリーであって、それが限られた数の遺伝子の強制発現で可能であるという、どちらかと言えば「技術的」発見がiPSであったと言えるような気がします。この分野では、「生物学的」発見の方が通常、「技術的」発見よりも位が高いと考えられていますから、(これは工学という実学への偏見、実学を軽視する歴史的なスノビズムのようなものに大いに依存しているのではないかと思います)ドリーの発見の方が発見度の意義は高いと考えられるのですが、それに使用されたSCNTそのものの価値は、iPSの技術的革新性には比べるべくもありません。何だかんだ言っても、近代生物学は技術の進歩が先導してきていますから、生物学的意義とか工学的意義とかを分けて考える方が本当はおかしいのです。実際、ノーベル賞は「大変役に立った」実学的な発見に対して与えられることが多いですから、生物学的発見の価値はどうあれ、もしもiPSが疾患の治療にでも有効に使われるようなことにでもなれば、ノーベル賞の候補になるのはドリーではなく、iPSの方であろうと思います。WilmutがSCNTという技術にどれ程の思い入れがあるのかどうか知りませんが、元祖SCNTが今やiPSにフォーカスしているということは、ドリーから始まって十年にわたるクローニングブームの終焉を示しているように思いました。思えば、ゲノムプロジェクトと同様にクローニングも一通りやるべきことが終わって一段落ついたという状態なのだと思います。ステムセル研究が、ドリーの時代を終えて、新しい時代へと入ったことが、WilmutがRosline Instituteを離れSCNTでhなくiPSにフォーカスしているという事実によって象徴されているように思います。
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