百醜千拙草

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福祉とマネーゲーム

2008-08-12 | Weblog
前回、ソルジェニーツィンの市民権回復はゴルバチョフのペレストロイカのためであるようなことを書きました。それは、日本では20年前のバブル崩壊の頃の話なのでした。結局、ペレストロイカは共産主義社会体制の自己批判となり、民主化運動を促進してソ連の崩壊を導くことになりました。ペレストロイカ(再構築、構造改革)は英語でリストラクチャリングと訳され、その言葉は、日本企業では、もっぱら首切りによる人員整理という意味で使われています。以前、Glaxoでの人員整理の対象となったベテラン研究者について書きましたが、とりわけ大企業で働く研究者にとってリストラにあうということは、生活の糧を得る手段を失うというだけでなく、研究キャリアそのものが終わってしまうことにもつながる大惨事であろうと思います。
 先月、アメリカで高脂血症治療薬のVytorinが、大動脈弁狭窄症の心臓病のリスクを減らさないという結果が発表されました。製造会社であるMerckとSchering-Ploughの株価がまた下がっています。この薬はスタチンと非スタチン系高脂血症治療薬の合剤で、その相乗作用でより強力にコレステロールを下げようという考えで開発されたものですが、今年の1月に、スタチン単剤とVytorinを比較した試験で、スタチン単剤に比べて、心臓病発症リスクに差が認められず、動脈硬化病変にも差がなかったという結果に引き続いて、その有用性への疑問を深める結果となりました。Merckは2004年のVioxxの市場からの撤回で一気に落ち込んだ株価をようやく戻しかけた所へ痛手となり、今年の1月をピークとして単調減少していた株価が更に落ち込みました。例によって、リストラがまたはじまっています。
 それで、どうして、特にアメリカでは、上場企業は、窮地に際してその従業員や顧客よりも株価を気にするのか、なぜ会社は株主のものだと宣言するのか、どうして株のブローカーが沢山あつまっているだけのWall streetの住人があれほどパワーを持っているのか、考えていてふと思ったのは、実はこの社会の不安定化を促進する市場原理主義の跋扈というものは、実はMain streetに住む一般アメリカ人自身が間接的に煽ってきたのではないのかということでした。つまり、それは401kなどを利用した投資に依存している一般アメリカ人の引退資金をまかなうために、その資金を主に扱っている投資会社が株式投資で利益を出し続けることが必要だからという理由なのではないのだろうかと思ったのです。社会保障が機能しなくなってきている現状で、アメリカ国民は401k、IRAなどの税制優遇処置のある貯蓄プランなしには引退できません。これらのアカウントに投入された資金は主にストックブローカーを通じて、株式、債券への投資に使用されます。ですので、ストックマーケットが無事に利益を出し続けること、長期的に右肩上がりに株価が上がっていくことは、一般アメリカ人および株で飯を喰っている人にとって必須です。株式投資を主な資金運用の手段とする一般アメリカ人の引退資金アカウントから流れてくる金額というのは相当なものであろうと考えられます。引退した個人にとっては引退資金の運用が悪いということは死活問題となりかねません。これらのプレッシャーが株価や配当が会社の他の何より優先される理由なのではないでしょうか。アメリカ人の殆どはこうした引退用口座をもっている筈で、またそのうちの少なからぬ人は上場企業に雇用されていると思います。私のこの推測が正しいのなら、従業員よりも株価を優先する企業の体質は、少なくとも部分的には従業員自らが実は(間接的に)株式投資者でもあるということから生み出されたものなのかも知れません。(こんなことは当たり前のことで、あらためて言うほどのものではないかも知れませんが)
 株式という制度はある程度の規模の会社を運営していくのに必要な制度だとは思います。しかし、「株式投資」と呼ばれている、その実、ただの株券の取引というのは、お金をつかったゲームに過ぎず、株の売買で得た利益というのは、単にお金が右から左に移動しただけで、何の価値も生み出していない実体のないものです。実際にものを作ったり、サービスを提供したりする会社が価値と利益を生み出す本体であるのに、株式投資というマネーゲームの勝ち負けがアメリカのように一般国民の福祉と繋がっている社会では、株価が逆に本体をコントロールしようさえするわけで、その結果、社会の不安定さを生んでいるように思います。また、株価という実体のないものを取引してあたかも利益を生み出したかのように錯覚し、それをもって一般人の引退資金とするというのは、結局、借金を借金した金で返すのと同じようなことではないでしょうか。
 日本は、アメリカに輪をかけて悪くなる可能性があります。アメリカの投資グループは日本やその他の国の株式市場を操作して金を調達してきましたが、日本は同じようにカモにできる外国の市場を持っていません。にもかかわらず、日本の政治家は、アメリカ流の市場主義を「改革」という名もとにどんどん導入して、アメリカがますます日本の市場で儲けやすいようにし、富を流出させ、官僚の天下り先のための箱ものを作って税金を無駄遣いし、一方、一般国民からは、福祉を削り、大学教育を削り、消費税と取り立てして、ついには世界最大の借金大国にし、日本を住みにくい国にしてきました。
 考えると不安になるので、日本の将来のことは余り考えないようにしていますが、自分の子供たちが私の年令ぐらいになったときに、日本人でよかったと思えるかどうか、それは大変疑問に感じています。少なくとも経済的には斜陽となっていくでしょうし、資源のない国で、福祉がどんどん削られていますから、食い詰めてしまった人は難民化するかもしれません。そうなる前に何らかの歯止めがかかることを期待しています。
コメント
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