百醜千拙草

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Dulbecco氏死去のことなど

2012-04-06 | Weblog

Renato Dulbeccoの追悼記事をCellとScienceで読みました。多細胞動物の細胞培養をする人で、Dulbeccoという名前を聞いた事のない人はいないでしょう。私も、Denhardt液のDentardtさんやリンゲル液のリンゲルさんのように、DulbeccoさんもDulbecco培養液を工夫した人だろうと思っていましたが、著名ながんウイルスのノーベル賞科学者であることは恥ずかしながら知りませんでした。彼はイタリア生まれの医師で、その後、研究者になった人です。がんウイルスが専門のようで、多分、年代的にHarold Varmusや花房秀三郎の一回り上の世代にあたるのでしょう。Tony HunterがCellの追悼文を書いているのですが、Dulbeccoの科学者としてのキャリアは、遺伝物質としてのDNAが発見される前から始まり、ヒトゲノムが解読された後に渡る、生命科学が怒濤の勢いで発展してきた時期に重なります。その科学の歴史を振り返り、その間にあった何百万という人々の日々の努力の積み重ねを思うと、何とも言えぬ感慨を感じざるをえません。彼の重要な発見、T antigenの発見というbreakthroughは、現在、シンガポールにいるYoshi Itoさんとの仕事であると書いてあるその追悼文を読んでいて、ああ、あのItoさんかと最近のスキャンダルを思い出しました。(シンガポール大学の調査で研究不正はなかったという結論になりました)  狭いようで広い、広いようで狭い世界です。スキャンダルと言えば、同じ号のCellの最後に、T大K研究室からの2003年の論文取り下げの告知があって、読んでみると、「データの不適切なプロセスにより図表は元のデータを正確に反映していない」と書いてありました。すなわち、データの改ざん、研究不正を公けに認めたということです。こんなことを堂々と言って大丈夫なのかな、と思っていたら、今朝のニュースでK先生はT大を辞職したと知りました。私は個人的に話をしたことはありませんけど、私の分野とも重なるところがあり、私の所属学会にも毎年こられるので、この方がフランス留学から帰られて以来、華々しく活躍されてきたのはよく知っています。今回、問題になっている複数の研究不正が、犯罪組織の検察のように組織的なものでトップからの命令で行われていたのか、あるいは功をあせったポスドクらの単独行動で、親分が責任をとったのか、その辺はわかりません。ただ、研究室の研究のスタイル、K先生のスタイルや性格から考えると、研究遂行の基本に比較的強いストーリー指向があり、ストーリーに合うデータが欲しくて不正を行ってしまったではないかと想像されます。

こういう話がある一方で、K先生は数々の素晴らしい業績でこの分野に貢献してこられたのも事実です。一部の論文での不正によって、辞職というのは残念な話です。例えば、数々のノックアウトマウスの作成やその形質の解析データは十分信頼できるものです。怪しいのはメカニズムなどに関するデータで、そもそも多くの論文でメカニズムの部分のデータは怪しい場合が多いですから、私、個人的には、科学的には重要でない(が、出版においてはクリティカルな)メカニズムのデータで不正をして、もっと重要な部分の信頼性に傷をつけてしまい、結果、辞職にまで至ったというのは、多少、気の毒にも思います。

K先生の辞職については、最初に柳田先生のブログで知ったのですけど、そこでは、カネのかからない研究として、酵母の遺伝学とBioinformaticsをあげられていました。しかし、酵母の遺伝学で変異体をとったり作ったりするという仕事は、ゲノム解読が終わった今は、もはやカネのかからない部分は既に終わってしまっていると思います。私は酵母は素人ですが、マウスでさえ、既にノックアウトを作って形質を記述すれば出版できるという時代は終わりました。またBioinformaticsに関しては、私は非常に懐疑的です。コンピューター機能が必要な実験はどんどん増えてきて、膨大なデータが蓄積されてきていますが、そういったデータを使って机上で何らかの生物学的に意義のある発見をした論文というのはほとんど見かけません。これは、生物学というものが扱うモデルや実験系のもつidiosyncrasyが大きく、物理学のような厳密科学ではあり得ないからだと思います。理論生物学というのは、砂上に楼閣を築くようなものではないかと私は思っています。Bioinformaticsが役に立つのは間違いありませんが、それだけでは完結した生物学研究にはならないだろうと私は思います。

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