百醜千拙草

何とかやっています

最後のロマン派、最初はバッハ

2014-02-14 | Weblog
昨年年末にストーリーぽいものが見えてきた小さなプロジェクトの詰めの実験がなかなか進まず、また引き受けた仕事の〆切が迫ってきたり、断れない仕事を頼まれたりで、少々、ストレス過剰ぎみです。論文のストーリーのレベルをもう一段階上げようと思ってこの二ヶ月ほどがんばりましたが、結局、仮説は否定され(ネガティブデータ)、この努力は補助データの小さな図の一部という結果になりました。ま、そう簡単に仮説が当たるのなら、誰も苦労はしません。詰めのデータのために、今やっているのは、ウイルスベクターを使った比較的簡単な実験ですが、それでも実験1クールが最低、一週間ぐらいはかかりますから、何らかのデータがでて、確認の実験を何度かやりなおすだけで一ヶ月があっと言う間に経って行きます。実際は、データが出るどころか、実験そのものが不調になって、ウイルスがうまく作れなかったり、細胞が取れなかったり、前進どころか後退していくこともしばしばあります。あせって、ゴリゴリやってもうまくいかないときはうまくいかないのは分かってはいるのですが、それでもやらないと結果は出ませんから、ゴリゴリ毎日やって、データを見て、またもう一回、というようなことを繰り返しております。毎日一生懸命やっているのに、進歩がなく、時間だけが過ぎ去っていくと感じることほどストレスなことはありません。

しかも、私は昔から多少、「うつ」傾向があって、ストレスに晒されては落ち込むということを何度も繰り返すことで、だんだんとストレスに対する耐性を獲得してたと思います。その一方で、気力や体力は衰えつつあり、自分自身を100%信用できなくなってきていますので、転ばぬ先の杖を心がけております。ちょっとした落ち込みが長引いて深刻な「うつ」に進展したりますから、自分の精神状態に注意を払うと同時に、小さなことでも、きっちりと日々対処してダメージを溜めないように用心しています。

それで、単純作業をしたりする時に、ちょっと気に入った音楽をかけたりして気分を落ち着かせるようにしているのですが、最近は、私には「Nun Komm, der Heiden Heiland」というバッハのコラールにつけられたオルガンのプレリュード をピアノ向けに編曲した小品 (BWV 659) が、気持ちを落ち着かせるのに効果があることが分かりました。
私の中学時代の音楽教師はストラビンスキーのペトルーシュカを聞くと元気がでると言い、私の歯医者はチャイコフスキーをかけると、興奮して根管治療がはかどると言いますから、音楽の好みは人それぞれです。大学院時代に指導してもらった人は、実験中に大音量でミュージカルをかけるので、これには閉口しました。

どうも私はバッハの短調の曲が性にあうようです。短調のすこし物悲しい曲の中で、バッハはとてもうまく長調の音や和音を使うのですね。日々の単調(短調)な研究活動の中でときおり訪れる希望の陽射しのようです。このト短調の曲でも、静かな短調の和音進行の中に非常に効果的に長調のフレーズが織り込まれていて、そして最後の最後でト長調の和音に転調して終わるのです。多分、この曲の構成が、私の研究生活とオーバーラップしているのかもしれません。終わりよければ全てよしで、私も最後は長調で終わりたいと思っています。

Youtubeで何人かのピアニストでこの曲の演奏を聞き比べてみました。最初に良いと思ったのは、David Frayというビジュアル系(?)の若手のフランス人ピアニストです。グールドが死ぬ一年前に生まれています。若いながら、いい味だしてます。もっとも気に入ったのは、ホロビッツの"Last Romantic"という1985年のドキュメンタリーでの演奏でした。この時のホロビッツは死去する4年前で、自宅の居間のスタインウェイにまるで静かに語りかけるかのように、この曲を弾くのがしみじみと良く、最近はこれを、朝、昼、晩、と聞いて、精神衛生の向上に役立てております。

思い返せば、このドキュメンタリー映画が作られた頃に、ホロビッツは初来日、S席5万円の公演をしたような記憶があります。(残念ながら演奏は不評だったようです、全盛期はとっくにすぎていますからね)前後してフランク シナトラも来日公演、こちらも全盛期はとっくに過ぎていましたが、ディナー付きで30万円ほどだったと思いますが、バブルも絶頂期の景気の良い話ですね。

1985年当時、ホロビッツは既に80歳を超えており、本格的な演奏活動からリタイアした後です。「Last Romantic」はロマン派の究極のピアニストという意味なのでしょう。このフィルムの中では、ロマン派ピアノの代表ともいえるショパンの4曲を含む10曲を弾いていますが、一番最初に弾いたのが、なぜか、このバッハの「Nun Komm, der Heiden Heiland」であるというのが興味深いです。最後のロマン派ピアニストの最初の曲が、バロックというのは妙ですが、それだけこの曲が美しく、ロマンティックな響きもっているということかも知れません。

演奏が終わったあとにちょっとカメラを向いてニッコリするのもいいです。

というわけで、ストレス過剰ぎみの人に、効果抜群のこの曲を貼付けておきます。
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