百醜千拙草

何とかやっています

出版ゲーム

2018-01-16 | Weblog
とあるジャーナルからの論文レビューの依頼。この雑誌、私は過去に四度ほど挑戦しましたが、最初の一回以外は全て門前払いです。著者らはボルチモアの中国人研究室で、一流紙に論文をコンスタントに発表していますが、ちょっと怪しいなあ、と常々思っていたグループです。「怪しい」というのは科学的ではないのですが、何となくしっくりこない感じが残るというレベルで、よく有名雑誌の捏造論文に時々感じるような、こりゃウソだろうという確信的なものではありません。

論文、読んでみました。正直、上手いなあ、と感心しました。サイエンスの中身ではなく、書き方、売り方の話です。トピックスの選び方、ストーリーの作り方、そして、ポイントを押さえたデータの提示の仕方。読者の心理をよく読んでいると思いました。データは確かに怪しい部分がチラホラするわけですが、それを突っ込んでやろうとすると、微妙にフォローが入っています。怪しい論文などでは、しばしば一部のデータの矛盾で全てのストーリーが崩壊するというようなことが、起こるわけですが、この論文では、怪しいデータはいろいろと補強がしてあるために、弱点を一つついたぐらいでは、簡単にはグラつかないように工夫がされています。それで、一つ一つのデータは怪しいなあ、と思っても、結局、攻めあぐねて押し切られることになるのだと思います。

このグループは分野ではそこそこ名前が売れているのに加えて、論文が読みやすく書かれていると、レビューアは好印象をまず持つと思います。そしてレビューアは、その印象が正しいことを無意識に証明するようなスタンスで中身を見ることになるのだと思います。

しかし、レビューアの職務は、あちこちと怪しい部分をつついたり叩いたりして、研究がしっかりしたものかどうかを確かめることであり、読みやすい論文のファンになることではありませんので、こういう論文こそ、主観的な印象を排して、システマティックに細部をチェックしないといけません。

二、三の怪しい部分をつついてみましたが、おそらく、彼らはその辺も読んで対策を講じているでしょうから、最終的には、アクセプトの推薦をすることになるのだろうなあ、と思います。

科学的な内容が圧倒的であれば、ネームバリューも論文の書き方も関係はないのですが、95%の論文はそういうレベルではなく、かといって、研究者にしてみれば、論文の載る雑誌のランクで評価されるわけですから、ちょっとしたネタをいろいろに膨らませていってできるだけ高く売るという出版ゲームをすることになるのだと思います。事実、その出版ゲームをうまく戦えなければ、圧倒的な研究成果を出すための機会も与えられないわけで、ゲームに強くなるのも必要なことだと思います。

一流誌と呼ばれる雑誌は、普通、インパクトファクターが高いわけで、インパクトファクターの高さと読者数は概ね比例するはずです(論文の引用数が高いわけですから)。レビュー雑誌を除けば、インパクトファクターの高い雑誌は、「広い」読者を持つ雑誌(例えば、CNS誌)と「深い」読者を持つ雑誌(例えば、NEJM)の二通りとそのハイブリッドがあると思います。となると、インパクトファクターの高い雑誌に載せるには、主題が分野を超えて広く関連するか、あるいは、ある特定分野の人間なら全員が関心を持つような要素を持つ研究である必要があります。

この論文の投稿された雑誌は、比較的広い読者を持ち、かつ、医学系の基礎的研究をするものなら目次のチェックぐらいはしているというレベルの雑誌で、そこそこ広くかつ深い読者層を持ち、加えて掲載論文数を絞ることによって、評判を保ってきた老舗雑誌です。そして、この投稿された論文は、この雑誌の編集方針にうまく沿った売り方をしていると思います。

どこの商業雑誌も、引用が稼げるようなインパクトのある論文を優先したいわけで、インパクトは、研究内容そのものの科学的影響に加え、論文のトピックスが流行に沿っていること、前述のように、興味を持つ研究者や関係者の数が多いこと、などによって決定されると思います。

ですので、われわれ研究者側の立場から、ハイインパクトの雑誌に載せたければ、彼らのニーズに応えること、そして、レビューアを納得させるような論文の書き方をすることに注意する必要があると思います。雑誌のニーズに合わなければ、エディターレベルでリジェクトされますし、研究内容がしっかりしていなければレビューアがOKしません。

ま、そうすると結果的に、名前のあるラボが、流行の話題を扱っていて、ちょっと驚くようなデータを出した研究であり、レビューアの攻撃をうまくかわせすような論文上のテクニックがあれば、一流紙に載るのではないでしょうか。

あいにく、名前もなく流行にも乗り損ねた時点で、私の場合、論文出版ゲームもグラント獲得ゲームも簡単ではないのですが。
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