百醜千拙草

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Wiki review

2021-01-22 | Weblog
人づてに聞いた話。
アメリカなどではSARS-CoV2に対するワクチン接種が大規模に開始されました。これらのRNAワクチンが広く一般に使用されるのはワクチンの歴史で初めてのことであり、期待とともに少なからぬ不安を感じる人もいるようです。論理的には、RNAは細胞質内で働き、一時的に蛋白を作るだけと考えられるので、DNAワクチンや遺伝子治療のように核内で作用して、ゲノムに変異を誘導することはなく安全と考えられます。

ところが、最近、とある研究室での実験で、RNAのトランスフェクションでも逆転写酵素をもつレトロウイルスの感染などの特殊な場合に、RNAが逆転写されてゲノムに入り込む可能性があるというデータがでたそうです。

確かにそういうこともありうるかもしれませんけど、現実的にはまず無視できるような現象だろうとは思います。まずワクチン接種時にアクティブなレトロウイルス感染がワクチン接種部位の細胞で起きている状態というのが極めて稀でしょうし、仮にそういう状況があったとしても、ワクチンRNAが逆転写されるということはまず起こらないと思われます。仮になんらかの理由で酵素反応によって逆転写が起きても、それが核内で起こるか、あるいは細胞質でおきたものが核へと移行する必要があります。そこにもう一つのバリアがあり、さらに、逆転写されたDNAが核内で二重鎖DNAとなった場合でも、ウイルス配列をもたなければそれがゲノムに挿入される確率は非常に低いと思われます。そして万が一、そのDNAが挿入された場合にそれがランダムであれば生理的な異常を引き起こす確率は非常に少ないと思われます。こうしたリスクは全くのゼロではないですけど、毎日大量のワクチンを打ちまくるという状況でない限りは無視できるものだろうと思います。

とはいうものの、こういうタイムリーで常識に反するようなデータというのをビッグ ジャーナルは好むもので、原稿はN紙に投稿されたようです。多分、N紙も話題性十分なこの手の論文に食指が動いたのでしょうが、インパクトが大きければ、問題も大きくなるわけで、こういう話は迂闊にN紙のような影響力のある雑誌が取り上げると、話が一般人に広まって、例によって針小棒大にツイートされて、さらに陰謀論者がウソを交えて拡散し、ワクチン接種に偏見を持つ人々の反感をさらに掻き立てて、ワクチンによる集団免疫でウイルスを抑え込むという社会的努力に水を差しかねません。

N紙もインパクトが大きい怪しい論文を載せると面倒なことになるのは、7年ほどまえのSTAP論文のゴタゴタで実感しているでしょう。まして、今回の話のインパクトはSTAP論文の比ではありません。

結果、N紙としてはインパクトの高い常識はずれの論文をバーンと出したいのはやまやまでしょうが、その影響の大きさに腰がひけたのか、興味深いことに、編集室は著者に対して、まずBioRivに出すようにと要求したそうです。天下のN紙の編集室といってもその筋の専門家からすれば、素人の集まりであり、研究の内容の詳細を正しく判断できるわけではありません。レビューアにしても専門家の数人が見るだけのことですから、でっち上げデータがSTAPのときのようにスルッと通ってしまうことも多いわけです。STAPのときは、発表されたあと、多くの研究室が追試して、再現できないという話が広まり、さらに独自に論文に含まれてたseqデータを解析して整合しない事実が指摘され、発表から数週間以内に論文が怪しいという情報が、コミュニティーで共有されました。つまり、世界中の多くの人の集合的な努力によってほぼ一瞬にして論文の不当性が明らかにされたわけで、大勢の人々の集合的努力はN紙編集室や数名の専門家のレビューアの判断よりもはるかに正確で迅速であるということを示していると思います。

N紙にしてみれば、こういうインパクトが大きい論文を独自の判断で採択する危険を避け、BioRxivに流して、集合知を借りて、その正当性とインパクトのほどを見極めようと思ったのでしょう。私は、正しいやり方だとは思いますけど、いわば、インパクトの大きい仕事を読者の一部にあらかじめレビューさせるようなものですから、こういう論文評価システムがうまく機能するならば、そもそもN紙のようなマスコミ形態は要らないのではないかとも思いました。これからは生物系の論文はBioRxivに発表して、レジスターした読者が一人一票で点数をつけて、それを論文のメトリックスに使えばいいでしょう。ウィキ レビューとでもいいますかね。(中国からの組織票がすごいことになりそうですが、組織的な雑誌のインパクトファクターの操作はすでに行われていることなので新たな問題ではありません)

テレビが遠からず消えて、テレビコンテンツはユーチューバーやフリーのジャーナリストや各機関広報のツイートなどに置き換えられる時代がやってくるだろうと想像しますが、ならば、科学雑誌もBioRxivとツイッターで置き換えられてもいいでしょう。この業界の出版ビジネスはすでにかなり歪つなものだと思いますし。
コメント
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