百醜千拙草

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プーチンの誤算

2022-03-01 | Weblog
ウクライナのロシア侵攻、当初、戦争被害者は一般人を含めて数万人の規模になると予測されていました。この数字は、ロシアが侵攻開始後、キエフを掌握するまでに必要な軍事行動に伴うものとして算出されました。その前提は、ロシア軍は侵攻後、数時間、長くても1-2日でカタをつけるだろうとの予測の上になりたっていました。私もそういうことになるだろうと思っていました。しかし、意外なことに、事実はそうはなっていません。

日曜日、ツイッターで内田樹さんは、次のようにツイートしていました。

たぶんプーチンのシナリオは(1)電撃的にウクライナ軍を撃破(2)キエフ占領(3)大統領逮捕(4)傀儡政権樹立(5)傀儡政権によるロシアとの平和条約締結と東部独立承認(6)反ロシア派市民の大量国外脱出、というものだったと思います。それを48時間以内くらいで仕上げるつもりだった。
 国際社会が安保理で議論している間に事実上の領土併合を終えてしまえば、欧米は軍事介入できない以上、それぞれの国益優先で足並みが乱れる。計算外だったのがウクライナ国民が果敢に抵抗しているということとロシア国内世論が味方をしてくれていないこと。
 ふつう戦時大統領に対しては熱狂的に支持率が高まるものですが、そうなっていません。プーチンが一番恐れているのはロシア国内で「この戦争には大義がない」という世論が広まることでしょう。この機に乗じてプーチンの側近の中から「背中から刺す」裏切者が出てくるかも知れません。、、、、

私もほぼ同意見です。ウクライナ軍の抵抗とロシア国内の世論に関しては、プーチンもロシア議会も、かなり大きく過小評価していたのでしょう。プーチンは出鼻で失敗り、方向転換を余儀なくされつつあります。停戦交渉は当初、ウクライナはNATO加盟国であるポーランドでの開催を希望しましたが、結局、ロシア同盟国のベラルースで、イスラエル首相の仲介で実現し、現在進行中です。両者の要求の差があまりに大きので、おそらく不調におわると思われます。しかし、プーチンはすでに失敗の恐怖を感じ始めているでしょうから、ひょっとしたら条件のすり合わせの合意が起きて停戦が実現するかも知れません。

現ウクライナ政権には飲めない条件でしょうけど、東部二州の独立をウクライナが認め、NATOとアメリカと距離を置く「フィンランド化」を約束すれば、(「フィンランド化」はロシアから独立を守るために小国のフィンランドが採った中立戦略で、当初、フランスがウクライナに提案したものですが、ウクライナ政府が拒絶しました。これについては、のちの機会に触れたいと思います)多分、ロシアは引くと思います。フィンランドと同じくNATOに加盟せず、中立的立場にあったスウェーデンは、今回、はじめてウクライナ軍支持のために武器供給などの支援を決めました。ウクライナの武力支援を行なって、ロシアのキエフ陥落を阻止し、ロシアとウクライナが停戦して交渉をせざるをえない状況を作り出すためでしょうけど、キエフ陥落が長引けば市民の被害も増えます。

さて、先のツイートのように、プーチンの読み間違いは、ウクライナ軍の抵抗とロシア国民の反戦を過小評価していたことだと私も感じます。ロシア市民に今回のウクライナへの侵攻への積極的な支持が乏しいどころか、反戦争デモがロシア各地で起こっているという状況は、グローバル化した現代で、かつての冷戦中と異なって、人々が国家に求めるものも人々の意識も変わったということを示していると思います。プーチンは、その時代の変化を読みきれず、自分の若い時の経験がそのまま通用すると思ってしまったのかも知れません。

昔の知り合いで、スウェーデンに住み、スウェーデンとモスクワで二つの研究室を運営しているロシア人がいます。小国のスウェーデンからの研究費は限られている一方で、福祉国家なので研究員には手厚い待遇せざるをえず、研究室の運営が苦しいので、こうして二カ国で研究費を集めてプロジェクトを分散しているのです。去年のクリスマスに、思いがけず電話をくれて他愛ない話をして、それなりに元気でやっているようでよかったな、と思ったのです。今回の制裁措置でモスクワの研究室運営が困難になっているのでは、と思ってメールしてみました。彼はペレストロイカとソビエト崩壊後の最悪の時期に学生時代を過ごし、大学を終えたあとロシアを脱出しました。西側で生きるロシア人として複雑な思いがあった中で起きたこの事件です。返ってきたメールは下のようでした。

「思いやり深い言葉をありがとう。私はこれらのニュースに動揺し、ショックを受け、破壊され、押しつぶされそうです。戦争は常に恐ろしいものであり、受け入れがたいものです。しかし、今回の戦争は同胞戦争であり、あり得る限り最悪のものです。
 私と妻は、ただ心配しているだけでなく、プーチンが私たちの人生を、ロシア人が他の国と同じように普通の人々であることを示すための20年にわたる努力を破壊したと思っています。
 私のモスクワの研究所は、東西を結ぶもう一つの大きな努力の結晶でしたが、それは一日で破壊されました。私はプーチンを憎みます。バルコニーに「戦争反対」のポスターを貼っただけで刑務所に入れられるような抑圧的な国ですから。しかし、私はこれがプーチンの時代の終わりであることを願っています。子供を無意味に失った母親は、世界で最も強い力です。
ご自愛ください」

普段は、陽気で困難を笑い飛ばすようなタイプの彼が、これほど強い感情を出してプーチンを批判するとは驚きました。また市民の抵抗がプーチンの強権的なロシアを終わらせるだろうと考えているようです。西側で働くロシア人としては、今回の戦争は迷惑な話ではすまない話です。戦争が普通の市民に与える影響には何一つプラスのものはありません。

「戦争が絶対悪である」ことに異論はありません。そして、これはプーチンであってもそう考えているはずです。しかし戦争はなくなりません。わかっているのにやめられない。その理由は個々に特有の理由があるせよ、結局は、人間の欲と恐れと疑いの心が原因なのだろうと思います。その感情に理屈がついた場合に戦争は理性によって正当化されるのでしょう。プーチンは8年前のクリミア併合の時から今回のことを想定し、その意義も勝算も計算した上で、周到に侵攻を決断したと思いますが、八年は短いようで長い月日、肝心のロシア国民の気持ちの変化を図り損ねたのかも知れません。
コメント
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