和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

火の見の高さに。

2009-03-09 | 安房
千葉県立安房南高等学校の「創立百年史」に、
昭和38年3月高校15回卒の栗坪和子(旧姓・中山)氏の回想文がありました。
題して「蝉の声」とあり、こうはじまっておりました。
「安房神社という社が下総の国市川にある。安房の国からだいぶ離れたこの地にこの社を見つけた時、とても懐かしかった。今住んでいる家に近いので時折り訪ねている。小高い山のふもと、黒松に囲まれた簡素な佇まいの社である。」
さて、回想はというと、
「私は入学後、新聞部に入った。顧問は、藤代千代先生だった。藤代先生は、安房高女時代の母の担任の先生でもいらっしゃったが、いろいろとご指導を賜った。私が、大学を卒業し、新潮社という出版社で三十八年間、本作りに専念することになったのも、思えば、高校時代の、あの新聞作りに端を発していたのかもしれない。そして、教育者藤代先生の大きな力を思う。・・・現職の頃、ささやかだったが、何回か、図書室に自社本を寄贈させていただいたこともあった。平成十八年八月、私は久しぶりに安房南高校を訪ねた。蝉がひっきりなしに鳴いている。・・そういえば、初夏の頃、合唱コンクールがあったっけ。・・蝉たちの鳴く声は、遠い日のあの私たちの歌声のようだ・・ここ安房の国の夏は悠久だ、と思った。」(p133)

新潮社といえば、新潮社の編集長であった齋藤十一氏のことが思い浮かびます。
齋藤美和夫人の談話の中にそれはありました(「編集者 齋藤十一」冬花社)。
大学生の頃です。
「大学生活よりも本を読む方が楽しくなってきた齋藤は、どこか空気のいいところで本をじっくりと読みたくなったそうです。何かやりたくなると居てもたってもいられなくなるのは、性分なのですね。・・
目的地は千葉。齋藤は子供のころ、夏になると一家で内房の保田にある農家の離れで過ごしていましたから、土地勘があったのです。中学生のころには保田から外房の鴨川まで下駄で歩き通したこともあって、その途中の吉尾村(現・鴨川市吉尾平塚)という集落が心に残っており、あそこに行きたいと考えたそうです。結局、齋藤はこの吉尾村のお寺の客間を紹介されてほぼ一年の間、昼間は近所のお百姓の畑を手伝い、夜は好きなだけ本を読んで過ごしました。そのころには文学作品だけでなく、歴史書や哲学書に興味を持つようになっていたようです。
本を読んだらすぐに処分してしまう人でしたが、家の本棚の奥には何冊か古い本が残っています。
   「プラトン 対話篇」
   「ヘーゲル全集 歴史哲学」
   「カント著作集 一般歴史考」
   「パスカル 瞑想録」
   「モンテーニュ 随想録」
   「マキアベリ選集 ローマ史論」
   「三木清著作集」
   「西田幾太郎全集」
    内藤湖南「支那論」「支那絵画史」
   「詩学序説」ヴァレリー(河盛好蔵訳)
   「古代オリエント文明の誕生」アンリ・フランクフォート
   
他にもありますが、処分できない、思い入れのある本だったのでしょう。
・ ・・・・・・」

ところで、美和氏の談話で興味深い箇所がもうひとつあります。

「私は『週刊新潮』の創刊準備室で、表紙に関することを担当していました。どのような表紙にするか、試行錯誤がつづきました。編集長の佐藤亮一さんから『出版社から初めての週刊誌だから作家の顔で』と言われて、作家の写真を表紙の大きさに焼いてみたりしたのですが、いくら立派な顔であっても、しょせんは『おじさん、おばさんのアップ』で、あまり面白くない。『やっぱり絵にしよう』と、そのころ若手から中堅の位置にあった高山辰雄さんや東山魁夷さんなどに描いていただこうと考えたのですが、これもなかなかうまくいかない。そんなときに齋藤が『こんな人がいるよ。研究してみる価値はるんじゃないか』と教えてくれたのが、おりしも第一回文芸春秋漫画賞を受賞したばかりの谷内六郎さんでした。」

ここで谷内六郎が登場するのでした。
安房南校の「百年史」・齋藤十一・谷内六郎と続きました。

週刊新潮の創刊号の表紙には絵の中に言葉が書き込まれておりました。
「上総の町は 貨車の列 火の見の高さに 海がある」と谷内六郎の文字が書き込まれておりました。そして「表紙の言葉」というのが雑誌についているのでした。そこも引用しておきましょう。
「乳色の夜明け、どろどろどろりん海鳴りは低音、鶏はソプラノ、雨戸のふし穴がレンズになって丸八の土蔵がさかさにうつる幻燈。兄ちゃん浜いぐべ、早よう起きねえと、地曳(じびき)におぐれるよ、上総(かずさ)の海に陽が昇ると、町には海藻の匂いがひろがって、タバコ屋の婆さまが、不景気でおいねえこったなあと言いました。房州御宿(おんじゅく)にて」 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする