JR内房線の館山駅から上りへ乗車して、次の駅・那古船形までの区間。
電車の右側の窓から、途中小高い丘の中腹に大瓦屋根が見えてきます。
この小高い山(那古山)と寺が、補陀落山那古寺。
この那古寺を中心に、歴史上の安房の隆起をたどることができます。
那古寺は坂東三十三観音の三十三番札所で、補陀落山那古寺(那古観音)
となっております。この寺の御詠歌というのは、
『 補陀洛は よそにはあらじ 那古の寺 岸うつ浪を 見るにつけても 』
であり、この歌にある通りに、山の下は砂浜に、波がよせていたようです。
西側の山の下の岸に波が打ち寄せていたのは、
寛文12年(1672)の那古寺境内の絵図を見ると了解できます。
( p405 「那古史」平成19年3月発行 )
これについては、君塚文雄氏の文にもありました。
「 応仁の乱から約20年後の
文明18年(1486)6月から翌年3月までの間、
北陸・関東・奥州諸国を遊歴し、『回国雑記』を著わした
聖護院門跡准后道興も訪れて、麓まで波に洗われて、
夕日に輝く有様は絵のように美しいと記した那古の観音様も・・ 」
( p119「190ふるさとの想い出写真集 館山 」国書刊行会昭和56年 )
もどって、館山駅から那古船形駅までの車窓に見える那古寺は、
いまでは、そこから700~800メートルほどの先に海岸があり、
那古寺と海岸までの間は、館山一中があり、JR内房線が走り、
海近くに海岸道路が敷かれており、これらは隆起の陸地です。
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