和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

推薦「坊っちやん」。

2007-10-28 | Weblog
「自筆で読む『坊っちやん』」(集英社新書ヴィジュアル版・1200円+税)が出たので、この機会に俄然「坊っちゃん」を推薦したくなりました。

たとえば、漱石に「私の個人主義」という学習院での講演文があります。そこに
「・・私はとうとう田舎の中学へ赴任しました。それは伊予の松山にある中学校です。貴方がたは松山の中学と聞いて御笑いなるが、大方私の書いた『坊っちゃん』でも御覧になったのでしょう。・・・」という箇所があります。著者が講演で、松山といえば、学生のなかに笑いが起こったという場面です。何か今読んでも、臨場感があり、その場の雰囲気が伝わってくるようです。

朝日新聞学芸部編「一冊の本 全」(雪華社)のなかで、お一人だけ「坊っちゃん」を取り上げているのは、大岡昇平氏でした。推薦するなら、何をおいても、まずここから引用しなければ、と私は思っているのです。

「・・・処女作『吾輩は猫である』も十遍ぐらい読んでいるので、もし『猫』と『坊っちゃん』を漱石の代表作とする意見があれば、私はそれに賛成である。・・・漱石は『猫』の好評に気をよくして希望にみちあふれていたのであろう。感興にまかせて書いていて、のびのびとしたいい文章で、ある。といって決して一本調子ではなく、漱石という複雑な人格を反映して、屈折にみちているのだが、作者の即興の潮に乗って、渋滞のかげはない。こういう多彩で流動的な文章を、その後漱石は書かなかった。また後にも先にも、日本人はだれも書かなかった。読み返すごとに、なにかこれまで気づかなかった面白さを見つけて、私は笑い直す。この文章の波間にただようのは、なんど繰返してもあきない快楽である。傑作なのである。」


ということで、あとは
半藤一利著「漱石先生ぞな、もし」(文藝春秋)
中村吉広著「チベット語になった『坊っちゃん』」(山と渓谷社)
平岡敏夫著「『坊つちやん』の世界」(塙新書)
高島俊男著「座右の名文」(文春新書)
なども引用したいところですが、
これは、読もうとすればどなたでも、探し出して読めそうなので、省略して、
つぎに俳優・池部良氏の文を引用して終わります。

「諸君!」2007年10月号に
「永久保存版・私の血となり、肉となった、この三冊」という特集がありまして、
そこに108人の顔ぶれが、ご自身の好きな本を紹介しておりました。ここで「坊っちゃん」を一人だけ紹介していたのが池部良でした。

「・・・十八歳の春・・不合格・・・浪人に成り立ての七月の暑い日、庭先の植込みの中に蜜柑箱を持ち出して腰掛け、勉強するつもりで『代数第三次方程式の解析』なんて本を手にしたら、忽ち居眠りを始めてしまった。〈良ちゃん〉と揺さぶられて目を開けたら、とても僕の方からはお近付きになりたいと思わない三歳年上の従兄晋一郎が立っていた。『僕は一発で早稲田大学に入ったから全く理解できないんだが、浪人って疲れるだろうね。僕、慰問を兼ねて受験の一助になると思って夏目漱石の〈坊っちゃん〉という小説を持ってきたんだが、是非読み給え。落語みたいな文章だから良ちゃんだって楽に読めると愚考するな』と言って漱石全集の一冊を置いていった。暇にまかせてページを捲った。晋一郎従兄が言うように、受験の一助になったとは思えないが、一時間もかけずに読み切ってしまった。十八歳の子供にしても余程面白かったに違いない。だが読み終えても深遠な教義を感じたわけではないが脳味噌の中を一陣の風が吹き抜けたのを覚えている。その風に乗って、江戸っ子のおやじが何かにつけ口にしていた〈筋を通す〉ということと、東京生れのお前には〈一途〉ってものが足りねえんだ、その言葉が胸を打った。・・・」(p215~216)


これが、私の引用からなる、推薦文であります。従兄の愚考ほどには、効果がないかもしれませんが、ご参考までにと、書き抜いておくわけです。

あっ、そうそう。それでは、ちょいと『坊っちやん』でも読んでみようかという気持ちになりましたなら、どの本で読めばよいか。それは「直筆で読む『坊っちやん』」の最初に、秋山豊氏が書いている文に、ちゃんと指摘してありました。
「・・・ちなみに、現在入手が可能な『坊っちやん』のテキストのうち、もっとも原稿に忠実なものは、この新版『漱石全集』を元に本文を確定した、岩波少年文庫版『坊っちゃん』(2002年刊)である。現代仮名遣いであったり、漢字を開いたりなどの表記替えはあるが、ことばや文章は原稿どおりになっている。」(p18)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「広辞苑の嘘」。 | トップ | ハエ叩き。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事