最近、NHKBSでは、再放送が花盛り。
うん。この機会に『街角ピアノ』をまとめて見たいと
8月15日からこまめに録画しはじめました。
私のことですから、録画し忘れることしばしば。
それでも聞き流す程度だった『街角ピアノ』に
登場する人たちの顔が見えるようになりました。
それはそうと、鴨長明『発心集』下巻の
現代語訳をひらきはじめました。
うん。下巻は音楽に関係する箇所が気になります。
そういえばと鴨長明『方丈記』(ちくま学芸文庫・浅見和彦校訂・訳)
の「仮の庵のありよう」(p162~163)から現代語訳を引用。
「いまあらたに、日野山の奥に隠れ住んでから後、
東に三尺余りのひさしをさし出して、柴を折って、焚きくべる場所とする。
南には竹のすのこを敷き、その西側に閼伽棚(あかだな)をつくり、
北の方に寄せて障子を隔てた、阿弥陀の絵像を安置し、
そばに普賢菩薩の絵像をかけ、
南には『法華経』を置いている。
東の端にはわらびのほどろを敷いて、夜の床とする。
西南に竹のつり棚をもうけ、黒い皮籠を、三つ置いてある。
すなわち、その中には和歌、管絃、『往生要集』などの書物をいれてある。
そのかたわらに、琴、琵琶、それぞれ一張ずつたてかける。
いわゆる折琴、継琵琶がこれである。
仮の庵の様子は以上のとおりである。 」
以前に、詩人の茨木のり子の二階建ての家の写真集を見てました。
方丈記の鴨長明の、方丈の家のようすは、ちくま学芸文庫には、
p157に、「河合神社内に復元された方丈の庵」の写真と、その復元図。
p159に、「方丈の庵(復元)の内部」の写真。
p160に、「方丈の庵内部の復元イラスト」が掲載されております。
そうでした。楽器でした。「発心集」下巻にこんな箇所があります。
「大弐源資通(すけみち)は琵琶の名手である。
源信明(のぶあきら)の弟子、大納言源経信(つねのぶ)の師である。
この人は、全くもって通常の修行はしないで、
ただ、毎日持仏堂に入り、琵琶の曲を弾いて回数を数えさせ、
その演奏を極楽に廻向しこれを修行に振り替えたという。
修行というものは行為と情熱とによるものなので、
必ずしもこれらを無駄と思うべきではない。
中でも数寄というのは、人との交際を好まず、
我が身が落ちぶれることも嘆かず、
花が咲いたり散ったりするのを哀れみ、
月が出たり沈んだりするのを思うにつけ、常に心を澄まして、
世間の濁りに染まらないのを専らにしているので、
自然と無常の理が理解でき、
名誉や利益への執着も尽きるのである。
したがって数寄は迷いの世界から離れる
門出となるに違いないと思います。・・・ 」(p215・現代語訳)