後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

江戸時代の八丈島役所と玉石垣の里

2009年02月02日 | インポート

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大和朝廷のころは形式的には駿河の国へ属していた。直接的な支配は室町時代末期に北条早雲の家来が代官として大賀卿村の大里に陣屋を作ったころから始まる。それ以前は室町時代に鎌倉公方を補佐する関東管領の上杉憲顕が派遣した代官も居た。しかし、船旅の危険が大きいためほとんど独立的な孤島であったと思われている。江戸幕府は早雲の派遣した代官の陣屋跡に島役所を作り、八丈島を江戸幕府の直轄領にして直接統治し始める。

幕府は、独特の染め方をした絹織物、黄八丈を年貢として納めさせた。

江戸時代になって始めての流人は関ヶ原の合戦で敗れた秀吉の家老であった宇喜多秀家とその付き人一行である。それ以来幕末までに合計1917人の流人が八丈島へやって来た。

江戸幕府の島役所は島の中央部の南岸の八重根港のそばの高台の上にあり、その付近には大里と呼ばれるが出来た。島役人とその家族の住む家があった。その屋敷の回りには流人が営々として海岸から運び上げた玉石の石垣が出来ている。現在も石垣は大里の中にあり、その中の家には人々が住んでいる。ここに示した写真7枚はその様子を示している。特に最後の写真は江戸時代の島役所の敷地跡で、現在は大里というバス停があるのみで建物は無い。しかし回りの家々は江戸時代そのままの玉石垣で囲まれていて八丈島の昔の面影を残している。見逃せない場所であろう。

撮影日時;1月31日午前10時頃、(終わり)


さるびあ丸で八丈島へに行きましょう(3)いよいよ八丈島へ着きます

2009年02月02日 | 旅行記

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朝は明るくなったらすぐに起床しましょう。船のデッキへ出ると南方向に上の大きな写真のように左に東山(三原山)、右に八丈富士が連なる八丈島が横たわっています。その右(西方向)の海上の八丈小島が見えます。船は北から近ずいています。右が西、左が東です。島には北側に底土港と南側には八重根港の二つがあり風向きによって着岸する港を選んでいます。今日は北側の底土港に着岸します。

このさるびあ丸と同形の かめりあ丸の航行中の姿を八丈島に一泊した翌日の9時頃に南溶岩原から写真に撮りました。下の写真は朝霧にかすんだ かめりあ丸が八重根港へ向かっている姿です。

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これで八丈島までの船旅へのご案内を終わりと致します。おつかれさまでしした。

(終わり)


さるびあ丸で八丈島へに行きましょう(2)飲みながら楽しむプライベートデッキへご案内します

2009年02月02日 | 旅行記

お独りで旅をする。アルコール飲料は嫌いではない。そんな方へのご案内です。

まず芝浦客船ターミナルで予約していた乗船券を受け取ったら中にあるレストランへ入って生ビールのジョッキを一杯だけゆっくり飲みます。ようく内装をご覧ください。カンターの下が玉石垣になっています。八丈島の江戸幕府の島役所の回りのの玉石垣を摸したものです。玉石垣のを散策することを想像しながらジョッキを傾けていると乗船開始のアナウンスが流れます。でもあわててはいけません。500ccの缶ビールを1ケだけ買って乗り込みます。乗って船室に荷物を置いたら船内を一回りし緊急脱出の道筋を見て置きます。船室に戻ったら救命胴衣を出して確認します。それだけ済ませば、デッキに出ていよいよ缶ビールを飲み始めましょう。

下の4枚の写真はデッキのテーブルの上の缶ビール、レンボーブリッジ夜景、出港後その橋を下から見上げた夜景、そして羽田空港前を過ぎて川崎の扇島の夜景を示しています。肉眼では夜景が鮮明に見え美しいものです。美しい夜景を楽しみながらゆっくりビールを飲みましょう。

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ビール缶が空になるころに横浜のみなと未来の大観覧車の電飾が見えてきます。出港後約1時間です。そうしたら下の写真のように持参してきたウイスキーの小瓶とグラスを持ちだしてきます。

チビチビ飲んでいると観音埼の灯台の強烈な点滅が見えてきます。出港後約2時間後です。その頃になるといささか酔いが回って来て夜景がくるくる回り出します。

下の3枚の写真はウイスキーの小瓶のグラスの写真とくるくる回る夜景の写真2枚です。

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観音埼の灯台を過ぎても浦賀、久里浜、三浦三崎の灯が遠くにかすんで見えます。

少し酩酊しているので屋外に居ても寒くありません。幸い20ノットで走る船と同じ方向へ20ノットの風が吹いているようです。心地良い夢心地になりますが、船室へ入ってベットで眠りましょう。時計を見たら午前1時30分でした。

明朝は八丈島へ着くことを想像していたらすぐに眠ってしまいました。(続く)


さるびあ丸で八丈島へに行きましょう(1)特等船室へご案内します

2009年02月02日 | 旅行記

さるびあ丸は排水量約5000トン、1000馬力エンジン2基の貨客船です。

船の旅が好きで時々いろいろな客船に乗ります。いつも特等室に乗ります。船だけは貯金してでも絶対に良い部屋に乗ることが重要です。窓の無い船倉の部屋には乗らないようにします。そこで今日も皆様を特等船室へご案内いたします。

竹芝桟橋から夜10時20分に出航して八丈島まで約11時間です。

下の大きな写真の最上階前部にある操舵室の真下の手前に暗いデッキの窓が2つ見えます。右のデッキは特等A室2人部屋の外側についたプライベートデッキです。その左の少し大きいデッキは特等4人部屋のプライベートデッキです。

さるびあ丸で船旅をすることを空想なさって下さい。このさるびあ丸には右舷に2つ、左舷に2つ、合計4つのプライベートデッキ付きの特等客室があります。その一つに独りで、あるいはご家族と一緒に乗り込んだことを想像して下さい。

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上の3枚の写真は順に船の後半分の様子、受付カウンターの様子、そして後部のオープンデッキの様子です。

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上の写真は特等2人部屋の様子です。写真には写っていませんが左にもう一つのベットとその上には前部の窓が付いています。奥に水洗トイレとシャワー室があります。右の写真はプライベートデッキに出て、出入り口のドアの写真を撮ったものです。

さるびあ丸は豪華客船では有りません。特等船室といっても質素に出来ています。しかし部屋を海側へ出ると個人用のデッキがあるという設計には夢があります。このデッキを見て、船旅が途端に楽しくなります。

このデッキの椅子に座りながら船出を待ちましょう。この続きは楽しい夜の航海でご案内いたします。(続く)