- 指揮:ジョナサン・ノット(東京交響楽団 音楽監督)
- 演出監修:サー・トーマス・アレン
- 元帥夫人:ミア・パーション
- オクタヴィアン:カトリオーナ・モリソン
- ゾフィー:エルザ・ブノワ
- オックス男爵:アルベルト・ペーゼンドルファー
- ファーニナル:マルクス・アイヒェ
ジョナサン・ノットが指揮するオペラはハズレがない印象だし、ウィーンフィル+バイエルン放送響とセットで買うと割安になるので、反射的にチケットを買った。
期待したとおり、海外から招いた歌手陣の声量と表現力が素晴らしい。
まず、ミアー・パーションの
「時とは ふしぎなもの」
で始まる1幕後半の元帥夫人の独唱が心に沁みる。
彼女一人だけが高い山の頂きにいるようで、歌手のヴィジュアルとも相まって、「女神の孤独」という言葉が自然に浮かんでくるのである。
もっとも、元帥夫人は、この時点では自分が神(女神)のレベルに達していることには気付いていないようなのだが・・・。
ちょっと勿体なかったのは1幕ラストの演出である。
私見では、今まで観た中でベストの演出は、新国立劇場のジョナサン・ミラーの演出(リヒャルト・シュトラウスばらの騎士)である。
一人部屋に取り残された元帥夫人は、大きな鏡の前に立ち、煙草を吸いながら、もう若くはない自分の姿をまじまじと見つめる(この間、オーケストラは休止)。
この演出は、どうやら中高年の男性から絶大な支持を得ているらしい(伝聞)。
2幕の主役はオックス男爵となるが、アルベルト・ぺーセンドルファーの歌と演技が素晴らしい。
2メートル以上はあろうかという巨漢で腹も出ている彼は、立ち上がったクマのようである。
さて、このオペラのピークは、3幕ラストの三重唱である。
解説本ではよく「三角関係を回避すべく、若い二人のために身を引く元帥夫人」などと説明されている。
だが、台本を読む限り、そのような解釈は正しくないと思う。
”Geh' Er doch schnell und tu Er was Sein Herz Ihm sagt.”
(早く行きなさい、あなたの心のままに)
とあるとおり、元帥夫人はオクタヴィアンの自由を尊重しただけで、「身を引いた」わけではないのだ。
そして彼女は、当時の習慣にならって「愛のない結婚」を余儀なくされた自分とは違う道を、オクタヴィアンとゾフィーに歩んでほしいと願ったのである。
これこそが、「正しいやり方で」愛することなのであり、ここにおいて元帥夫人は神(女神)のレベルに達したと思う。
この三重唱は、R.シュトラウスの葬儀でも演奏されたというが、それは当然のことだろう。
彼の最高傑作なのだから。